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3.早春。ミミラキでお弁当

  がしゃん!

 

「ぐい呑みを割ってしまった……一番のお気に入りなのに……飽きたので処分しようとしたぐい呑みを手にしたら袖が引っかかって落として割れたでござる。あなくちおしや!」

『茶道に使うお茶碗みたいなデザインの、グレーのザラザラした、破格の100セスタで買った、5年前に潰れた窯元で造られたぐい呑みですか?』

「お気に入りだったのにーっ! そうだ、新しいぐい呑みを買いに行こう!」

 某、収集癖は無いのでござるが、唯一、焼き物のぐい呑みだけは集めているのでござる。

 お値段、百五十セスタまで、時々二百セスタという縛りを付けてでござる。たまに足がはみ出るのがご愛敬。

 

 次の休みの日、ミウラを伴ってミミラキへ向かう。ミミラキとは、焼き物で有名な土地でござる。

『現世で言う信楽焼に似た作風で有名な焼き物の聖地ですな』

 

 ミミラキの町とは、我らがヘラス王国が誇るぶっちぎりで最大の湖、ロークワート湖の東南方向。アッパーフィールド町との中間地点にある谷間の町でござる。

 愛馬ヴァイスリッターを操り、早春の風を切って駆けていく。

 タネラを囲む北の低い山を越え、ヘラスでも有数の大きな川を越え、東の山へと入る。

 そこそこ深い山でござるが、さして高くない。谷川沿いの道をポコポコと馬が進む。

 途中、緑の茶畑が右手に見える。綺麗に刈り揃えられており、目にも鮮やかでござる。

 して、山を幾つか越えると開けた盆地に出る。

 ちょいと地形が変わっておる。盆地ではない。さりとて、川が削ったにしては広くて平らな部分の多い平野でござる。

 

『100万年か200万年程昔、ここにロークワート湖があったんですよ。地形隆起や陥没に伴い、長い年月を掛けてロークワート湖は現在の位置に移動しました。焼き物に適した粘土質の土が豊富に取れるのも、もと湖底だったからです』

「なるほど! さもありなん!」

 何を言ってるかまったくわからんが。巨大な湖が移動する? ハッハッハッ! 某が江戸時代から来た人間だからといって、ふざけてもらっては困るでござる。

 ま、それは呑み込んでおこう。いつもの冗談でござる。某は大人でござるからのう。

 

 今日の目的地に美味い飯屋はない。しかし、家から弁当を持って行くのも無粋でござる。よって、昼飯は途中調達とする。

 ほぼ中間地点に、昼夜問わず営業を続けるよろず屋がある。一種類ごとに置いてある数は少ないが、品種が多い。それこそ筆記具から食い物まで売っておる店だ。

 

「ではまず、塩握りを一つ」

『イオタの旦那、それ好きですね。具入りおにぎりも似たような値段なんですから、そっちを選べば良いのに。なんも入ってない塩握りを選ぶなんて、勿体ない!』

「ミウラには解らぬのでござるよ! あえて塩だけという単純な中に存在する旨味と甘みを! それは置いておいて、ミウラも選ぶが良い」

『わたしはシャケおにぎりとツナマヨを。旦那、おにぎり一個じゃ足りないでしょう?』

「サンドゥイッチを頂こう。おっ! ハムカツサンドがあった!」

『安っぽいソースがかかった薄っぺらいハムカツですね。ハムはハムで一個の完成品なんですから、それを揚げて別の料理にする意味が解りません』

「ネコには解らぬッ!」

『旦那もネコです!』

 

 まったくもってミウラは無粋でござる! 食にうるさかった伝助の子孫とは思えぬわ!

 とはいえ、なんやかんや言い合い、考え悩みながら昼飯を調達する。それもまた、旅の楽しみでござる。

 食事の味の一つにござる。

 値段や高級食材云々といった者共とは、違う世界の贅沢でござる。

 

「あと、赤飯のおにぎり。それともう一個別のおにぎり」

『赤飯? え? 値段が具入りと同じで一回り小さい? 信じられません!』

「その分、美味いのでござるよ! 餅米が入っているのでござる!」

 ミウラよ、その方、いつからケチになった?

 

『スティックパンでも買いましょうか? 道中、おやつ代わりに食べられますし、数が多く入ってますし、なにより甘くて美味しい』

「うむ、隙を見せると口の中の水分を全て持って行かれたうえ、歯の裏にへばりつくという難点もあるが採用しよう。買い物篭に入れてっと。精算するでござる。袋は所持しておるので、結構でござる」

『あれ? コーヒーは買わないんですね?』

「ここのコーヒー、初期は美味かったのでござるが、最近は安っぽい味しかしないので敬遠しておるのでござるよ」

 

 して、到着でござる。

 ……何年か前に来たときに比べ、店が減っておる。

 

『あそこの巨大狸が寝転んでる店! お高いご飯屋に変わってる!』

 巨大なミミラキ焼きの狸が寝そべっておる。その中がミミラキ焼きの店でござったが……仏の胎内巡りをしてるみたいで楽しかったのでござるが……中は暗く、品揃えもショボかったのでござるが……だから潰れたのでござろうが……天ぷら饂飩が一杯二百セスタ? 馬鹿にしておるのな! 近所の亀屋饂飩の方が安くて美味い。たぶん美味い。

 

 さて、焼き物でござる。いつも利用している品揃えが豊富でお値段がこなれている店に入る。巨大なミミラキ焼きの狸が目印にござる。

 ミミラキの西入り口にあるので、客が大勢入っておる。

 探してみるも、割れたぐい呑みの代用となる物は無いのな。いつも見かける品揃えでござる。たまには変化が欲しい。

 予算の十倍近い値なら似たようなのがあったが、十倍だからと行って十倍素晴らしいかと言えばそうではない。せいぜい五割増しでござる。

 故に却下でござる。

 

『このヒヨコさんが描かれたぐい呑みが可愛い!』

 子どもが描いたようなヒヨコさんでござるな。浅い杯でござる。手持ちにない形でござるな。値段も百セスタ。

 買いでござる。

 いきなり補充完了でござる。

 

「そろそろお昼でござるな。お弁当をいつものところで頂こう」

『見晴らしの良いあの丘ですね。今日は天辺で食べましょうよ!』

「天辺か。今日は天気も良いし。それでいこう!」

 平野部の中にぽつんと起立した小さな丘でござる。裾野が広い割りに背丈が小さい。故に緩やかな登りとなり、歩きでも登れる丘でござる。

 ヴァイスリッターに跨がり、しばし走る。

 

 町を突き当たりまで駆け、北へ曲がる。間もなく、左手に件の丘への登り口が現れる。

 小高い丘でござる。半周もせず、頂上へ到着する程度の高さでござる。

 高い木が少なく、一面に芝が植えられておる。四段構成になっており、それぞれ平らな地に、小洒落た小屋がある。焼き物の学校だとか、なんやかんやの施設がござる。

 して、三段目に馬止めがござって、そこにヴァイスリッターを預ける。いつものように馬番には小遣いをはずみ、手厚く面倒を見てもらう。

 

 そしてもう一段上が、丘の頂上でござる。

 簡単に設営された丸太の階段をえっちらおっちら登っていくと、突然に視界が広がる。

 頂上でござる。

 そしてここ頂上に謎の巨大石郡。

『ストーンヘンジでしょうかね? 謎です』

 ミウラにも解らぬ物が有るのでござるな。

 崖っぷちギリギリの場所に巨大石柱が倒れておる。それを椅子にして腰掛ける。

 

 周囲に目だった高みがない故、見晴らしが良い。

 北の方には遠く、ドラゴンキング山脈が見える。あの向こうがロークワート湖でござる。

 麓に小さく人の動きが見える。

 僅かな風が心地よい。


 さっそく、塩おにぎりをいただこう。

 暖かい日差しに心地よいそよ風。

 塩おにぎりを頬張るには最適の場所でござる! うまうま!

『わたしはシャケおにぎりと、ツナマヨですな。うまうま!』

 

 さっぱりした塩おにぎりの次は、どっしりとしたハムカツサンドウィッチでござる。

 フワッとした白パン。ハムの塩気。衣の油気。安っぽいソースの美味さ。

 完璧な調和でござる。完全物質でござる!

 

 そして赤飯のお握り。

 餅米のモッチリ感。ほろっと崩れる小豆の食感。これもまた妙なる塩加減!

「絶品でござる!」

『そう言われると食べてみたくなってきた』

「半分こするか?」

『有り難うございます。ほほう、これはなかなか。うまうま!』

「うまうま!」

 あっという間に胃袋へ。一個のお握りを二人で分けて食べるのも味の一つにござるのな!

 

 して、最後の一品は、ツナマヨおにぎり。最後に買い物篭へ入れたブツにござる。

『いや、結局ツナマヨ食うんかい! ズビシ!』

 前足による突っ込みが入った。

「ツナマヨは別格でござる。うまいは正義でござる!」

 今回の選択以外に、レタスのサンドゥイッチとチャーハンお握りの組み合わせもござる。しかし、塩おにぎりは譲れぬ!

 

「さて、腹もくちた。型は違うが、ぐい呑みも手に入れた。日が落ちる前に帰ろう」

『ですね』

 ヴァイスリッターに跨がり、丘を下りる。

 街道に戻ったとき……、ふと、とある店が目に入った。

「うむ?」

『そう言えば、このお店に入ったことなかったですね』

 気にはなっていたが、街道に面していながら入り口が奥まっていて、何となく拒絶された感じがして、これまで入らなかったのだ。

『時間も早いし、ちょっくら冷やかしてみませんか?』

「であるな」

 

 ヴァイスリッターを店先に付ける。

 中を覗いてみたら……、

『品揃えがいつもの店と違いますねぇ。たぶん仕入れルートが違うんですよ』

「これは掘り出し物が見つかる予感でござる。ふんすふんす!」

 面白いのが沢山展示されておる。

 しかし、ピッと来る物は有るが、ピピッと来るのがない。

 そこそこお高い良品が安値で表示されているのだが、ちょいと趣味から外れておる。

 

『あ、わたし、この狸の女の子が欲しい! 小さくて可愛い!』

 手のひらに乗る大きさの狸の焼き物でござる。赤いリボンを付け、寝転んでいる姿が珍しい。……少々お高いでござるが?

「親爺殿、これ、少々まからぬか?」

「はー、それは作り手がたった一人になった作風でございますなー。仕入れ数が少なくてー、これ以上値を下げた前例を作ってしまいますとー、窯元が立ちゆかなくなりますんでー。限定品でございますのでー、どうかこのお値段でお買い上げ頂きたくぅー」

 限定品と聞くと、是非とも欲しくなる。

「うーむ、ではこの値で頂こうか」

「まいどありーぃ」

 親爺はいそいそと紙で狸の女の子を包む。

 

 おや? 見落としておったが、下の棚に、ぐい呑みの売れ残り品がまとめて並んでござる。

「おっ!」

 一個、某の琴線に触れるぐい呑みが! 猪口に近い大きさでござるが、小さいのがちょうど良い。値段も百二十セスタ。縛り内でござる。

「これも頂こう」

「まいどありーぃ!」

 掘り出し物を手に入れたでござる!

 

 思わず手に入った掘り出し物。

 このような巡り合わせがあるから、ミミラキ探訪はやめられぬ!

 

 さあ、明日から一所懸命働こう!

『今だけはそう思っておきましょう。明日の朝はまた別の感情が沸き上がってくるでしょう。働きたくねェーって感情が』

 

   


ほぼ実w……

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