17.夏。みに四駆。3-3
幾多のドラマを産んだレースは、残すところあと一回となった。
泣いても笑っても切腹しても、あと一回。
『切腹したらワンチャンあと2回あるかもしれません』
いよいよ決勝戦。決勝戦に出場するマシンは二台だけ。
一対一のレースにござる。
決勝に進んだのは我らネコ耳チームのエース、猫のミウラがセッティングしたダイニャホークGX。前二段ローラー命。積んだモーターはマッハダッシュ。最強のモーターではないが、コントロール下における最強のモーターである。(ネコ談)
対するは、原型がわからぬ黒っぽいマシン。
『社外品どころか、ライバル社のデクノ四駆じゃないですか! それもスーパーアスラーニャ。よくもまあ、シャーシにくっつけたな。あ、シャーシも社外品か!』
「アスラーニャなら知っておるが、あんな格好だったっけ?」
『ブースター周辺の重たそうなところ全部取っ払って、コクピットより前だけ残した姿です』
「そう言えば面影が。改造もほどほどにして欲しいものでござるな」
『むしろ清々しい』
今から思えば、最新のスタイルに極似しておる。先見の明に優れた優秀な技術者による改造だったのでござろう。
して――、
決勝戦である。雌雄を決する戦にござる!
「さあ、ミウラ、優勝を取りに行け!」
『了解です、旦那!』
ミウラのダイニャホークが大会スタッフに手渡された。
敵のアスラーニャが大会スタッフの手に渡された。
「スイッチオン!」
シャー!
シャー! ガリガリぶきゅる!
おや、アスラーニャのギアが死んだようでござるな。
「ちょっとタンマです。アスラーニャさんが不調です。規約ですとアスラーニャさんの不戦敗となりますが、さすがに決勝です。それでは面白くありません。大会委員長の権限で、10分間の仕切り直し再調整と致します!」
草レース特有の強権発動にござるな。
『こちらとしても望むところ。不戦勝する為に乗り込んできたわけではございませんよってからに! ふんすふんす!』
ミウラの鼻息が荒い。
「えー、時間が空きましたので、ちょいと余興を」
スタッフの中の人も間を持たせるのに必死だな。
「ダイニャホーク制作者のネコ耳さん!」
「え? 某でござるか?」
『まさかネコが作ったとは言えないでしょう。旦那、代わりにインタビュー受けてください』
そういうことなら仕方ない。
レーススタート地点にマイクを持ったスタッフと並び立つ。
「速いマシンですね。やっぱり虎とか龍とか使ってるんですか?」
マイクを向けられた。
「民屋製マッハダッシュモーターにござる。中は開いておらぬ」
「ベアリングは使ってますよね? 工業用ですか?」
「民屋製にござる」
「シャーシは……あれ? アルミじゃない?」
「こればかりは先日発売されたばかりのXシャシにござる」
「肉抜きは……どこ? ほとんどしてません? あれ?」
「肉抜きしてる時間が無かったのでござる。塗装も間に合わず、付属のシールを貼っただけでござる。ほら、脂の付いた手で貼ったから、端っこの方めくれかけている。電池も市販のニカドでござる」
手抜きも甚だしい『実話にございますれば』。
「フロント命、って感じにガチガチに組んでますね」
「モーターのパワーをまともに食らう場所でござるからな。FRPとアルミしか使うておらぬ。正面からコンクリに突っ込んでも壊れはせぬ作り。一試合ごとにマシ締めする必要がある」
赤い流星『彗星です』の女の子、の親御さん。マシ締めは大事にござるよ。
役員の方が、ダイニャホークを捏ねくり回し、各所を舐めるように観察しておる。
「おや、どうやらアスラーニャの調整が済んだようですね。では仕切り直します!」
レース再開にござる!
「スイッチON! レディー……Goッ!」
ガシュッと路面をタイヤが掴む音。二台は揃って飛び出した!
スタート直後のロング直線は、敵が十車長ばかりリード。
『重量とモーターのパワーで後れを取りました。でも、見ていてくださいよ!』
巨大バンクの登りも差が広がったまま。されど、その差が開くことはない。
そしてバンクの下り。
『トップスピードに乗りました!』
「スピードは空がくれた最後の魔法にござる!」
下り直後の直線で、僅かに差を詰めたダイニャホーク。複合コーナー郡へと突っ込んでいく!
コーナー減速するアスラーニャに対し、まったく減速しないダイニャホーク。複合コーナー中に差が縮まっていく!
『図らずもコーナリングマシンになってしまいました! 見たか! これがわてのサンダードリフトでげす!』
……ミウラは直線どすこい馬鹿に作ったと言っておったが?
先にレーンチェンジを越えたのはアスラーニャ。こやつも異様に長い後部ステーにブレーキを付けておったか! 危なげなくクリアしていく。
『しかし……』
「うむ!」
直線で、僅かだが離される。コーナーで距離が一気に縮まる。その差はプラスに働いておるのでござるが……、
『ゴールまでに追い越せるかどうか?』
「微妙な詰まり方でござる。周回が一回多ければミウラの勝ちは確実にござるが」
『絵に描いたような接戦! 嘘みたいな醍醐味!』
パワーと剛性で勝るアスラーニャ。軽さと異様なコーナリング速度で勝るダイニャホーク。それぞれ一長一短、敵の弱さはこちらの強さ。こちらの弱さは敵の強さにござる。
最終周回に入った! ダイニャホークはじりじりと差を一車長差にまで縮めておる! がんばれダイニャホーク! 我らの思いを乗せて!
『最後は鬼門レーンチェンジ! ここを乗り越えれば!』
複合コーナーを抜けてきたダイニャホークとアスラーニャ。半車長でダイニャホークがリード!
しかし!
ダイニャホークはレーンチェンジに飛び込む!
『くっ! ブレーキ分、スピードが遅くなった!』
レーンチェンジを越えた時点で、アスラーニャが三車長分リード。
残るはS字と最終ストレートのみ!
S字コーナーでどれだけ差を縮めるか!?
コーナー脱出速度が速いのはダイニャホーク。ストレートの伸びが強いのはアスラーニャ! どちらの特性が有利に働くか、勝負にござるッ!
『両車、最終コーナーを飛び出しましたッ!』
先に飛び出したのはアスラーニャ!
だが、我らがダイニャホークも二車長の差で飛び出した。
しかし、残るはアスラーニャ有利の直線にござる!
両車、最後の力を振り絞る!
「おや? アスラーニャの伸びが悪い?」
『モーターの差です! あいつ、電池が垂れてきたんですよ! ここに来てモーターの差が出ました! 圧倒的な高出力ながら、消費電力の激しい竜か虎のモーターと、消費電流が比較的少ないマッハの差がここで利いてきました!』
電池切れを起こしたアスラーニャに、過去のような伸びが無い。
一方、ほぼ電池垂れが見られぬダイニャホーク。
されど、差を詰めるには直線の距離が短い。
それでも、グイグイと差を縮めていくダイニャホーク! 二車長の差が、一車長の差に縮まったッ!
『「走れ! ダイニャホーークっ!」』
大気を引き裂き、二つのマシンがゴールに飛び込んだ!
「ゴール・イーン!」
役員の方が声を張り上げる! 興奮は抑えられよ!
「半車長の差で、勝ったのはアスラーニャだ-!」
負けたでござる……。
半分の差で負けたでござる!
ミ、ミウラ……
『うーん、直線の伸びさえ何とかすれば、モンスターマシンも怖くない。大きな収穫だ……次に活かせる。バシャア!』
ま、前向きでござるな、ミウラは。
こうして、我らの夏は終わりを告げた。
「あのマシン、何者だったのですか?」
後日、例のシャチョーさんからの又聞きでござるが――、
これは、大会の見学に来ていた隣の商業ギルド代表のセリフでござる。
「貧弱な民屋レギュ縛りで、ほぼ同時ゴールなんてうんぬんかんぬん」
余談でござる。
「ただの規則縛り馬鹿にござる。お褒めの言葉と受け取ろう」
『負けは負け。後から褒められようと、負けは負けでございます』
「で、ござるな。よし、来年は一回戦を突破するぞ!」
しかし、来年の大会は無かった。
ブームが去ったのでござる。
社外品相手に暴れまくった白い鷹も、シャブチュウの皮を被った黒い巨人も、いつしか押し入れの肥やしとなってしまった。
彼らを振り返ることは無かった。
……今まで。
して――
時は現在に戻る。
「某の新車種にござる。会心の出来にござる!」
シャシ三分割は難しかったので、普遍的な部品と改造、それと独自の案に基づいた部品(社外品)を付けさせていただいた。
『ほうほう! 周りを最新流行のパーツで固めたFMマシン。黒メタリックをベース塗料としたニャンブラスターでございますか。コクピットをくりぬいて薬物ボケモンのシャブチュウ人形を乗っけて。黒、FM、シャブチュウの三点セット。ぶれませんなぁー!』
ミウラの感想の中にそこはかとなく呆れ声が混じっているように思えるが、たぶん気のせいだ。
『で、旦那。質問があるのですが。ぜひ解説していただきたいパーツ。このパーツ。ほら、
マスダンパーの役割を果たしているのは理解できます。私にも目がついておりますので』
「ならば、問題無かろう。それは某が試行錯誤を重ねた末、最適解を導き出した努力の結果にござる!」
近頃のコースは上下移動、即ちジャンプ挙動が多い。ジャンプ後の着地挙動でもたつくこと即ち即死でござる!
ますだんぱーとやらは、その挙動を重りを上下させることで吸収し、ビターンと着地させることを目的としたギミックにござる。昔はこんなの無かった。
『さてさて、そのマスダンパーですが、なんですか? 横長の醤油差し? お弁当の? ピッチ幅いっぱいの醤油差し? そこに水入ってますね?』
「よくぞ気づいた!」
『お褒め預かり光栄です。一番目立ちますからね!』
「これぞ名付けて液体マスダンパー! 金属重りの代わりに液体を使った至高の逸品にござる!」
透明容器に入った水がチャプチャプ音を立てておる。
『えーっとね、うーん! 冷静に考え直すと、優れものかも知れない』
ミウラが前足をあごに当てて眉間に皺を寄せた。うむうむ、某のアイデアは賢者を唸らす事もあるのだ。
『マジレスすると、横長のボトルを使う事で、車体各所に分散して複数配置されていたマスダンパーが、一カ所で済む。そしてウエイトを液体化することにより、縦方向にも細やかに、横方向にも対応する。着地時のブレは縦だけではなく横にもぶれますからねぇ。うーむ、これは、うーむ、なんか悔しい』
魔道モーターは使い慣れたウルトラダッシュにござるッ!
「よし、走らせるぞ!」
『お相手致しましょう。私のはかっとびサイクロンマグニャムVS匠!』
『スイッチオン!』
モーターのシャー音が心地よい。異音は一切含まれぬ。ギアーとうまく噛み合っておるようだ。
『レディー・GO!』
ドッ!
前輪が僅かに浮き上がり、勢いよく飛び出す!
第1コーナーへ先に飛び込んだのは某のニャンブラスター液体ダンパースペシャル!
「飛んだー!」
縦回転していくニャンブラスター液体ダンパースペシャル!
『ローラーが甘かったようですな! こっちも飛んだーッ!』
宙に舞うサイクロンマグニャム VS匠。
仲良く壁にブチ当たってひっくり返ってシャーしておったとさ。
レース展開は、ほぼ実話w