16.夏。みに四駆。3-2
あれは、アツイ夏でござった……。
会場は元中学校だった敷地。広大でござる。芝生公園と化しておる。
流れる小川。自然の木や石を使った遊具。程よい高低差。
死合いの会場としてこれ以上のものは無い『人死にはありえませんが』。
子ども達が大勢走り回っておる。手にみに四駆を持つ子らも多い。
我らの腕前は前年の比ではない『当社比です』。
今年のコースは、超ロングコース。前年の倍は長い。
複合コースは去年の倍。ストレート長も去年の倍。ヒルクライムの高さも去年の倍。なんでも、仲のよい隣町の商業ギルド青年部の持つコースを借りて、手持ちのコースに継ぎ足したとのこと。運営も大概にされよ。
されど、こちらも長さもコーナーも、さらにはレーンチェンジの対策も完璧でござる。
ドンと来いでござる!
『マルチ対応セッティングですからね。当日、コースを見てから変更する箇所を最小限に留められる基礎セッティングで挑みました』
もちろん、民屋パーツのみのセッティング。アルミだとか竜だとか虎だとかは一切使わぬ。他車は使っていただいても一向にかまわぬ。ただし、後ろに大人が立ってる子どもも、子どもだけでも容赦はせぬ。
『今年のレギュは一切無し。なにも書かれていません。ルール無用の無制限デスマッチにございます』
「むしろ清々しいわ!」
持ち込んだマシンは二つ。某のとミウラのと。
某のは黒のマシン。ブロッケンギニャント・ブラックスモークをベースに、黄色の稲妻塗装を施した物。
モーターは禁断のウルトラダッシュ。足回りは小径ながら重いものを採用して低重心化を計る。フロントタイヤにセロテープを捲いて回頭性をよくした。
ボディの取り外し可能なパーツを全て取っ払い、フロントには重量級アルミ可変ダウンスラストを装備。シャシ下にFRP強化マウントを装備してシャシの剛性を強化。
後ろステーはアルミの二段。お手製にござる。
ローラーは全部大径アルミベアリング。前二枚、後ろ四枚。サイドに慰めのスタビポール。
摩擦が発生する各部全てにベアリングを仕込む。ここまで全部民屋製。
肉抜きは大胆に。コクピットをごっそり抜いた。
ガッチガッチの質実剛健にござる!
そしてトドメに――
『それ無かったら10グラムは軽くなりますが……』
抜いたコクピットに鎮座するのは薬物ボケモン・シャブチュウの指人形。のほほん。
「これはいいんだ!」
レーンチェンジの飛び出し防止策の重心バランス調整用にござる。
車体が重いと飛び辛くなる。反面、加速が悪く、トップスピードに乗るまで、大幅な時間が掛かる。
しかしそこは超長距離コースを見越してのこと。一度でもトップスピードに乗ってしまえば、この重量、ちょっとやそっとのコーナーじゃ減速しない。むしろ出来ない!
その重量を引っ張る為のパワーがウルトラダッシュにござる。
『初レース第2回戦敗退の意地でございますな?』
「そういうミウラもタイヤが重いではないか」
ミウラのマシンが履いているタイヤは大径にござる。マシンは白色。
『大径ローハイトにございます。現行最大径が売り。こやつも大質量体でございますから、低重心化ねらいと、旦那と同じく減速防止にございます。これだけの質量タイヤでございますから、そのフライホイール効果は絶大。コーナーでの減速率を下げる効果が期待できます。コーナー安定はローラーに任せときゃいいんだよ!』
某とは別のアプローチによるが、辿り着く先は同一にござる。前輪のセロテープ捲きによる回頭性向上機能がお揃いでござる。
モーターはマッハダッシュモーター。全て実地に組み合わせ、最適解を得たのがマッハでござった。速度と力のバランスが高いところで取れていると。
『ウルトラのパワーとスピードを捨てましたが、パワーとスピードを得ました』
何を言ってるか解らん。
シャシはXシャシ。素で剛性が高い。
『剛性シャーシです。コーナーで弛んだりしません。今レース直前の新発売でした。間に合ったのは偶然です。ボディはダイニャホークGX。好かないデザインですが、Xシャーシに乗るのがこれしかありませんでした』
ほんとギリだったので塗装はなし。付属のステッカーを貼っただけの代物。
翼を畳んで急降下している猛禽類の印象を受ける意匠。某は好みでござるがな。
『前2段です。ここを安定化しておけば、大概通ります。FRPとアルミでガッチガチに組みました。この場所が一番ダメージを受けるところですから。ここ壊れると終わりですんで』
アルミのプレートを何枚も使って規定幅いっぱいにまで広げておる。相当な前加重になるはず。
『コーナー安定性を極限まで追求しました。ローラーは前二段で2対4枚。後ろは1対2枚。全て9ミリ金属ベアリングローラー。ツルッツルでございます』
しかも、ローラーは全て上の方に寄せてある。安定狙いでござる。
して――
「用意は良いか!」
レースの始まりにござる。ネコ耳チーム第一走者はミウラのダイニャホーク。
昨年と同様、公平を期す為、大会スタッフがスタートさせる。
三レーンのコースなので、三台が競い合う。
「スイッチオン!」
心地よいギア音。掠れておる音は一つも聞こえん。
「レディー……GOッ!」
各車一斉にスタート!
ダイニャホークが遅れた。大径ローハイトの所以にござる。ここは織り込み済み。
コースの全長とほぼ同じ長さの直線は追いつけず。しかし、トップスピードに乗った!
第1コーナー出口で二台の尻に食いつく。
抜けた後の直線で一台を引き離し、複合コーナーを減速せずに抜けていく!
先頭を走るのは金属光を放つシャシ。アルミの社外品にござる。おのれ!
そして鬼門のレーンチェンジ! この速度で突っ込んで大丈夫か!
先頭車両が突入!
「飛んだー!」
派手にぶっ飛んだ!
続いてミウラのダイニャホークが、先頭車両以上の速度で突っ込む!
ダイニャホーク、レーンの頂上で腹を擦り、目に見えて減速。下りの重力を利して加速。飛び出さずにレーンチェンジを越えた。
『スポンジブレーキシステムは完璧に稼働しております』
某とミウラの車体底に、ブレーキ代わりのスポンジが張ってある。山の頂上でスポンジを擦らせ、減速するという仕掛けにござる。
『このスポンジは軸受け用ベアリングをパッケージに固定する為に使われていた緩衝材の青いスポンジです。これも「民屋製」に違いありませんから(笑)』
最後尾のマシンはダイニャホークに追いつけない。むしろ、ダイニャホークとの差はどんどん開くばかり。
「ゴーッルッルイイン!」
『やったー!』
ぶっちぎりのゴールインでござる! 二位に半周の差をつけ、圧勝にござる!
して――
レースは順調に続いていく。だいたい、三割程がレギュ違反『正式なレギュはありませんが』で、残りのうち二割が大人マシンでござる。
第1回戦、最終レース。
「ふふふ、いよいよ某のブロッケンギニャントにござる」
人数の関係で、二人でのレースとなった。
女子小学生対ネコ耳にござる。『ある意味、よい勝負にございます』
大会スタッフにマシンを預ける。
敵は、なんか凄いゴテゴテしたローラーがいっぱい付いてるマシンでござる。メタリックレッドの塗装にござる『三倍速そうだ!』。妙に後ろが長い? ブレーキか?
みなさん、玄人っぽいマシンを注視しておられる。いかにも速そうにござるからな。
して――
スタッフのアナウンスが入る。笑いながら。
「次のレース……このマシンには、もうすでにドライバーが乗ってます!」
某のブロッケンを掲げた。
「シャブチュウです!」
「「「わぁーーっ!」」」
お子様方から大歓声にござる!
大会スタッフ達から笑い声が漏れる。
失笑の類いでござろうか? 大会によい花を添えられたとでも思うておるのでござろう。
「スイッチオン!」
「む?」
耳がぴくりと動く。
シャーという綺麗な音に混じって、僅かなブレ音を拾ったのだ。それは赤いマシンから。
「レディー……GO!」
スタート!
あっ! 某のリリースがあきらかに遅れた!
スタッフのミスにござる!
スタートダッシュは赤いマシンに取られた。むっ、こやつ、異様に速いぞ!
『アルミシャーシに、モータエンドの色から推測して巻き数の多いモーターですかな。ウルトラダッシュより高性能なモーターでございます』
文字通り空気を切り裂き、赤い流星『彗星。流星は青』と化して駆け抜けていく!
ガッシャンガッシャンと派手な音を立て、複合コーナーを抜け、レーンチェンジャーを無難に飛び越す。
「あ!」
見学のお子様達からどよめきと歓声が上がる!
赤いマシンの後にピッタリとくっつき、ロケットのように加速していく黒いマシン! そいつは皆の想像より遙かに速かった!
「シャブチュウ速い!」「速い!」「シャブチュウ速い!」
なんと、シャブチュウを乗せたブロッケンギニャントが、赤い流星『彗星』の後ろにピッタリと食らいつき、同じ速度で走っておるではないか!『自画自賛』
「シャブチュウがんばれ!」「がんばれシャブチュウ!」「シャブチュウ!」
会場から割れんばかりの声援がシャブチュウに送られる! 大会の空気は「二位」を走るシャブチュウ応援に傾いた。
シャブチュウが乗ってる。「それだけ」で大会スタッフも、観客も、これをおふざけマシンのコミック部門優勝狙いと思い込んでおったのであろう。見かけが緩いものな。黒地のマシンにシャブチュウの黄色が映えるものな。
そんなおふざけマシンが、鬼改造した赤い流星『彗星』と四つ相撲をとっておるのだ。
会場全体がシャブチュウの走りに湧いた!
「シャブチュウ。お主の走りに会場中が熱狂しておる」
よいぞ。これも、みに四駆。子供らに感動を与えるおもちゃにござる。某、満足感を覚えておる。
一位を走る鬼改造マシンを応援する者は少ない。制作者の関係者『親御さん』だけであろうな。
みんなの目が、トップを走る赤いマシンではなく、二位に甘んじた黒いマシン『に、乗ってるシャブチュウ』に、集まっておる。
最後の一週に入った。差は縮まらない。むしろ、徐々にだが開いていく。『シャブチュウさえ乗っていなければ!』
「バシャン!」
赤いマシンから金属音がした。後部に出っ張ったステーの一部が分解したのだ。細かい部品が幾つかコースに飛び散った。『あの時の異音の正体です。ネジのシメが足りなかった様です』
そこへ突っ込むシャブチュウが操るブロッケンギニャント!
しかし、ご安心なされい。細かいパーツなんぞ目にもくれず、踏みつぶし蹴散らしてギニャントは走る! 超重量による安定感は伊達じゃないぜ!
「ゴーッルルイイン!」
赤いマシンがトップでゴールを切った。
「「「ああーっ!」」」
会場に響いたのは、残念を表現する感嘆詞!
続いて、シャブチュウギニャントがゴールイン。
「「「うわぁー!」」」
ここで客席が歓喜に沸いた!
ブロッケンギニャントを手に取る某。
子ども達は拍手で迎えてくれた。「シャブチュウ」「シャブチュウ!」の大合唱でござる。まるで一位を取ったような大騒ぎにござる。
『旦那に勝った女の子は、誰に言われるでも無く一人で部品を拾ってました。その姿を見ている者は少なかったでしょう。これじゃどちらが勝ったのかわかりゃしませんね』
「ちょっと可哀想な気がするが」
『可哀想? はて?』
ミウラが大会出勝者用パンフレットを開いた。
『第二回みに四駆大会。出場者資格無制限。マシン改造無制限。大会規約に明記されておりますな。子どもを辛い目に遭わせるなら、堂々と制作者である大人が出ればよい。以上!』
しかり!
大人が出ればよい。子どもも出ればよい。何故子どもを隠れ蓑にするか。我ら以外にも大人の出場者がおるではないか。
某、負けはしたが、悔しくはない。むしろ胸のワクワクが止まらない!
『試合に負けて勝負に勝つ。まさか。目の前でそれを見るとは思いませんでした』
しかり、しかり!
されど、某のみに四駆大会は終わった。女の子の大会はまだ続くのである。羨ましくないとは言えぬわ! キィーッ!
して――
レースは順調に進む。
赤いマシン操る女の子は何処かで消えていた。
ミウラはそつなく第2回戦を勝ち抜き、いよいよ決勝戦にござる!
『くっそ! 敵はボディまでレギュ違反じゃねぇか! 亜尾島製スーパーアスニャーニャ01に勝てる気がしねえ!』
間もなく決勝戦が始まる!