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14/21

14.夏・海・バンブービーチ 皿蕎麦

 翌日。

 風は強いものの、青天にござる。

 

 ミウラが海に後ろ足をつけた途端、飛び跳ねた。

『冷たい!』

 夏の盛りでござるのに、何故冷たい? これでは泳げないでござる。

『昨日の雨と風のせいで、深海の海水とかき混ぜられ、温度が下がったのでしょう。台風の後などに良くある現象です。お陰で涼しい』

 あ、涼しい!

 いやいやいや!

 海水は冷たいし、風はきっついしで、朝から海水浴は出来ぬ。せっかくデイトナ殿の水着を拝める絶好の機会でござったのに! だれも水着に着替えようとしないッ!

 死ねよエラン!

 

 時間をもてあました某は、バンブービーチの町中を散策して時間を潰した。

『スーパー・ブリゼン? スーパーマーケットにしては小さすぎるような? 焼いた板を外壁に? 砂による被害対策でしょうか? おお、地方領主が守護する神殿は暗い山の上で、地域住民が信仰する神殿は明るくて交通の便が良い平野部に!』

 興味深く散策しておるのはミウラだけにござる。

 

 海に注ぐ川に掛かったナントカ大橋より川面を見ると、銀に光る魚が泳いでおった。

『なんですかね? 太刀魚ですかね?』

「太刀魚って川に住んでおったか?」

『さて?』

「そこに雰囲気を出しておる書店がござる。漫画でも買って帰るか?」

『先々月号の「月刊フラワーとドリーム」が置いてありますね。それいただきます』

「某は最新刊の木春菊をいただこう。『ボタの初体験』のマッチパズルがたまらぬ!」

 品揃えが混沌としておる。

 

 ってなことで、何もすることがなく帰りの馬車へ。早めの出立にござる。

「誠にすまぬ」

 平謝りのエラン。それもそのはず。帰りはエランが馬車の御者になるはずでござった。されど、その怪我では無理。仕方なく某が御者を務めるのでござる。行き帰り御者を務めるのでござる!

『先生が来ないはずの当初の予定では、旦那が行き帰りの運転をする予定でしたでしょう?』

「海で泳いでで疲れているから、帰りはむっちゃ眠たくなるのでござるよ!」

『あれ? 旦那、海に片足でも浸かりましたっけ?』

「……いいや」

 よく考えれば、某、今回の海水浴で一度たりとも海水に触れておらぬ。

 触れることなくバンブービーチの思い出が終わってしもうた!

『ならお疲れではない。運転になんら差し障りはございませんな!』

「その通りでござるが、なんか釈然と致さぬ」

 馬車は白亜の旅籠を後にした。

 

 して――、

 サークルマウンテンリバーに出る。

 大橋を渡り、一路アウトストーンの町へ。

 タネラの町まで聞こえし、有名なアウトストーン蕎麦をお昼ご飯にする為でござる。

 ここまで来たら、蕎麦を楽しみにしよう。何事も前向きに考えられれば、幸せになれる。 

 アウトストーンの町は古い町。お城を中心に栄えた城下町にござる。

 町の中心部に老舗の蕎麦屋が何店かある。昔作りの店構えで、良い雰囲気の店と聞く。

 

 して――、

 町外れに新しく出来た蕎麦屋の駐馬車場に馬車を入れた。

 この店は、店の前に広い駐馬車場があり、椅子とテーブルで食すようになっておる。

 

「某としては町中の老舗蕎麦屋へ入りたかったのでござるが……」

『馬車が横付けできません。椅子はなく、座布団に足を組んで座るタイプ。どれもこれも、足を怪我した先生に辛い条件です』

 町中の老舗店だと、まぁーたエランに肩を貸して歩かねばならぬ。それは面倒くさいし、男と密着して喜ぶ性癖も無い。

 エランに文句の一つでも――

「良く気がつくわねイオタちゃん」

 勢いよく振り向いたデイトナ殿のオッパイが揺れている?

「怪我をした兄上を思ってのことでしょ? 優しいイオタちゃん大好き!」

 大好きにござるか!? 某の事を大好きにござるか!

「ついつい真の姿を出してしまったにござるかな? さ、エランよ、足は痛くないか? ささ、某の肩につかまれ。キリリッ!」

『オッパイは人を優しくする』

 

 してててて――、

「皿蕎麦、四人前お願い致す!」

「はい、ただいま!」

 デイトナ殿の手前、某のおごりでござる。キリリッ!

 

「こちら、蕎麦つゆでございます」

 先に、徳利に入ったつゆがお盆にのって出てきた。

 お盆には、つゆの他に摺り下ろした山芋、生卵、山盛りのネギ、山葵が付いておる。


「おい、ネコ耳、これどうやって食べるのだ? 普通、蕎麦と言えばワサビとネギだけだろう? 山芋? 卵?」

 エランはこんな事も知らぬのか?

「そうね、わたしも知らないわ」

 デイトナ殿の疑問もごもっとも! 知らなくて当たり前にござる!

「アウトストーンの名物皿蕎麦は、山芋と生卵が命にござる。このようにして――」

 お猪口に摺り下ろした山芋を全部入れて、中に生卵を割って入れグルグルと捏ね混ぜる。

 そこへお汁を適量入れ、よく混ぜる。

 さらに、出された山葵とネギを豪快に全部入れる。


『旦那、ここに説明書きが。最初、つゆだけをお猪口に注いで、つゆの旨みを味わう。次にそばとつゆだけで麺を味わう。三つ目に葱、わさびを入れて食べる。最後に山芋と卵を入れて違った美味しさを味わう。と、なっておりますが?』

「それは最近、流行らせようとしておる食べ方でござるな。わざと格式張って造られてござる。通は、その逆、つまり全部ぶっ込みから、薄くなっていくお猪口の中、おつゆを追加していっての味変を楽しむのでござるよ」

 本来ならば、エランが帰りの御者でござる。御神酒を一本頂きながら蕎麦を待っていたものを。

 ネコは食い物の恨みを三年は忘れぬのでござるよ!

 

 とか何とか言って、お猪口でおつゆを作ってる間に、蕎麦がやってきた。

 蕎麦が盛られた小さな皿が五つ。これで一人前にござる。小皿に分けるのは、追加注文で大食いさせる為にござる。皿を何枚も積み重ねると、沢山食べた感がするのでござる。

 それも味の一つなり!

『回転寿司理論でございますね』

 よく解らんが、そんなものであろう。

 

「いただきます!」

 箸で蕎麦をひとつかみ。

 まずは山芋と卵が主役のお猪口に、どっぷりと蕎麦をつける。

『おや? お蕎麦はさきっちょだけお汁につけて食すのが通とか言ってませんでしたっけ?』

「それは普通のざる蕎麦でござる。皿蕎麦は違う食べ方なのでズゾゾゾゾー!」

 

 山芋と生卵にまみれた蕎麦を啜る。味わうためによく咀嚼する。

「うむ! 山芋と卵の濃厚さ。おつゆの旨味。ネギの香味とワサビの強い刺激がたまらん! 啜るときに山芋が蕎麦の滑りを良くし、従来のざる蕎麦のような引っかかりが無い! 食べやすさのレベルは皿蕎麦が一枚上手でござる! 良く噛むことで蕎麦の香りが口の中いっぱいに広がる! 舌で味わう蕎麦にござる。 さらに呑み込むときにフワッと香る蕎麦の風味。これはたまらぬズゾゾゾー!」

 

 途切れることなく蕎麦を食す!

 一皿目は充分に山芋と生卵を味わえる。

 二皿目からは、相対的に蕎麦の香りが強く感じられる。

 三皿目に、徳利よりつゆを追加。ざる蕎麦に近い風味を味わえる。

 四皿、五皿と皿を重ね、本来の蕎麦の風味を味わえる。さっぱりとした味わいで終われるこの喜び!

『地元お勧めの逆張りですね』

 実のところ……

 その昔、某、ここを一度訪れたことがあるのでござる。その時、とある皿蕎麦店のお年寄りに教えてもらった食べ方にござる。

 

「お蕎麦三皿追加を所望致す! あと、山芋と卵も追加!」

「まいどありー!」

 追加で頼んだ山芋と生卵で、前もってお汁を作っておく。

 

「はい、追加三皿お待ち!」

 来た来た来た!

 蕎麦をどっぷりとおつゆに付ける。引き上げると蕎麦に山芋と卵の黄身が纏わり付いておる!

 山芋の純白と、黄身の黄金が浅黒い蕎麦に絡みつく(さま)! 至高にござる!

 旨い旨いと蕎麦を食する。

 

「うむ、腹がくちた。満足にござる。蕎麦湯を頼む!」

 とろろ分の入った蕎麦湯も、なかなかいける!

 蕎麦湯の代わりに酒を入れて飲むという酒豪もおるらしいが、出合ったことはない。

『都市伝説の類いでございましょう』

 

「フッ、なかなか旨い蕎麦だな。栄養的な観点で蕎麦は食べないようにしていたが、この蕎麦なら充分三食の内の一食として通用する」

「そうね。お蕎麦の繊維質はお通じをよくするし、ルチンは酸化防止だし、山芋ってもともと薬膳だし、ビタミンが豊富だしで美容にとっても良いわ!」

 ルチン? ビタミン? 繊維質? 

『魔法の呪文です。旦那が気にする必要は有りません。世界観的に』

 ミウラが言うならそうなのだろう。気にするのはやめ、記憶から消した。

 

「さて、昼も食べたし、早めに行くとしようか。痛たたたっ!」

 エランの馬鹿が足の怪我を忘れて立ち上がりおった。そりゃ痛いわ。

「じっとしておれば痛みが無いところまで回復しておる事でもある。どれ、肩を貸そう」

「うっ、すまぬネコ耳」

「気にするな。腐れ縁の宿命でござるよ」

 

 エランの脇の下をくぐり、腕を某の首に回す。反対側の脇に手を持って行き、よっこらせっと立ち上がる。

『エラン先生の顔が赤くなりました。旦那と顔が近い! 旦那の旋毛をかぶり付きの席で見られる。旦那の体と密着することで、旦那の柔らかさ、体温が伝わる。それより何より、旦那の片オッパオが先生の脇腹にッ!』

「いや、そうはいっても、この体勢じゃないと大の大人を担げぬでござるよ」

 右に左によろめきながらエランを支えて歩く。息が上がった。ハァハァ。

「体を硬直させるなエラン! 担ぎ辛いだろうが!」

「それはネコ耳が……いや、その、なんだ、うん!」

『エラン先生、人生の絶頂期でございます』

 それとばかりにエランを助手席に放り込む。

 

「みんな乗ったでござるな? 忘れ物無いでござるな?」

 馬車はアウトストーンの町を離れ、帰路へつく。

 夏の午後の日差しが暑苦しい。

 某の夏の思い出も終了でござる。

 

『今回、先生の一人勝ちですね。片足ぐらい安い代償だったでしょ?』

 

 

  

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