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13.夏・海・バンブービーチ 転

『そんな事より! エラン先生が足を怪我して、動けなくなりました!』

「良い機会だ。捨て置け」

『先生に肩を貸したデイトナ嬢が動けないことを良いことに、男共が寄ってきて――』

「なんだと! 案内致せ!」

 

 刀を引っ掴んで飛び出し、ミウラの後を追う。雨は桶をひっくり返したというか、雨粒がパチンコ玉大といか、もはや水中でござる。

 視界が悪い。景色が歪んで見える。果たしてデイトナ殿、もとい、エランは!

 

 して――、

 どうにか、エランを見つけた。デイトナ殿に肩を借りて歩いておったのをミウラが見つけた。魔法探知を掛けていたらしいが、デイトナ殿の色気が目だっていて、見知らぬ男共が樹液に群がるカブトムシみたいな団子状態となっており、すぐにそれと解った。

 

「ネコ耳か? 面目ない」

「大丈夫かエラン? 某の肩につかまれ!」

「腰まで海に浸かっていたのだが、天気の急変に驚いて走ろうとしたらこれだ。足にナニカがぶつかったと思ったらブチッという音が聞こえた」

 右足を少しでも動かすと激しい痛みが走るらしい。まったく歩けなくなっている。

 か弱い女性であるデイトナ殿に『旦那も見た目か弱き女性です』エランを任せるわけにはいかず、仕方なしに某が肩を貸す。

 心なしか、デイトナ殿も喜んで代わってくれたような?

「兄上、がんばれ!」

 デイトナ殿、頑張るのは某にござるよ?

 

 して――、

 嵐の中、エランをプライベートビーチに転がして置いた荷物のところまで、荷物のように運んだ。

 右のふくらはぎが患部らしい。

「フッ、これがこむら返りというものか? 私は初めての経験だ」

 こむら返りにかっこつけて、どうしようとしておる?

「こむら返りならば筋を伸ばすに限る。よし、某が伸ばしてやろう」

 お互い水着のまま、向き合って座り、エランの足を某の太股に当てて固定する。

「お、おい、ネコ耳!」

『先生、真っ赤です』

 足の裏を伸ばす!

「いたたたた! 痛い! 斬られたみたいに痛い!」

「筋を伸ばさねば、こむら返りは治らぬぞ! それ!」

 初期治療は大事でござる。それこそ親の敵のように力を込め、筋を伸ばす。

「痛っ! いたたたた!」

「後は温めておけば良い」

 

 その後すぐに判明したが、エランの怪我は、こむら返りではなく、肉離れでござった!

『肉離れの患部を伸ばしてはいけません。なにせ筋が切れてるんですから』

 むっちゃ伸ばしたでござる。

『それから、温めてはいけません。熱を持ちますから』

 海水に浸かって足を冷やしたから攣ったのだと思い、熱く蒸した手拭いでしっかり温めてしまった。

 すまんかった!

 

 して――、

 現在、エランの足はサラシでグルグル巻きにして固定してある。当然歩けない。宿から借りた車椅子に座らせておる。

 エランはどうにかこうにか一人で海パンを脱ぎ、普段着に着替えておる。手伝おうといったのだが、一人で着替えるとガンとしていう事を聞かなかった。

 男同士、何を恥ずかしがる?

『旦那は女です』

「……そうであったッ!」

 

 一連の手当を終えてから、シャワーを浴びた。海に一回も浸かっておらぬが、びしょ濡れでござった。主に雨で。雨のみで。

 水着に着替えていて良かった。……良かったと言って良いのだろうか?

『海水浴に来て水着が濡れる。それのどこが不思議なのでしょう?』

 それもそうでござる!

 

 して――、

 ロビーに全員集合。お茶を飲んで一休みにござる。

 雨は窓を激しく打ち付け、外の景色はこれ赤紫一色。稲光がこれでもかと降り注いでおる。微妙に旅籠が揺れてござる。

『この世の終わりが来るとすれば、このような光景でございましょうね』

 某のバンブービーチの思い出は、世紀末の風景で終了にござる。

 

 して――、

 昼飯をどうしたかの記憶もあやふやなうちに、お部屋入りの時間となった。

 お楽しみの二人部屋にござる!

 部屋割りは、某とミウラ。デイトナ殿は、エランの馬鹿と同室となった。

 

「は、話が違う!」

『さすがに先生一人で部屋に放り込むわけにいきません。ネコである私じゃ介添えは無理ですし』

 その時、デイトナ殿が「あっ!」と、可愛く声を上げられた。

「なんだったら、イオタちゃんが添い寝して――」

「お断り申し上げる! さ、行くぞミウラ!」

『ちょっ! 旦那! ちょっ、待っ!』

 ミウラの首根っこをつまみ上げ、急いで部屋に入った。

 

 して――、

 いよいよ嵐も本番とばかりに荒れ狂う中、晩ご飯のお時間でござる。

 最上階、三階の大広間に全客が集合してお食事を頂くのでござる。

 

「すまぬネコ耳」

『それは言わない約束でしょ』

 エランは車椅子。それを女子やネコが押していくわけにはいかぬ。ここは男子たる『ネコ耳女子です』某の出番にござる。腕力の見せ所にござる!

『車椅子を押すのにさして力は……』

 

 廊下を押して移動し、人力昇降機『人力です』で三階へ。

 そして大広間……大広間の前に三段の階段が!

 たった三段の階段が、車椅子だと登れないのでござる!

 

『バリアフリーが如何に大事か。実際に車椅子を使ってみないと、一般ピープルには解らないのです』

 困った困った。力自慢で頼りがいのあるイオタさんといえど、大の中年男を車椅子ごと抱えて階段を上ることは出来ぬ。

 

「フッ、私が降りて歩こう。なに、たった3段だ。肉離れしてようがこれくらい、ギャース!」

 一歩目で転がったでござる!

「ええい! 面倒を掛ける! お前、この国の宰相だという事を忘れるな!」

 筋肉質の大人を起こすだけでも大変なのでござるよ!

『と言いつつ、先生を甲斐甲斐しく起こすんですから、誤解が高まります。むしろウエルカム!』

 

 もとの車椅子におっチョンさせて、さて困った。振り出しに戻るでござる。

「ならばネコ耳よ――」

「お手伝い致しましょう」

 困っていると旅籠の者が三人ばかりやってきた。

「ふんむッ!」

 屈強の男達がエランの乗った車椅子を持ち上げ、階段を上がっていく。御神輿か!

 解決でござる!

『解決にございますが、なんとなく先生の表情が微妙です。イオタの旦那の肩を借りつつ、体を密着させて、旦那の髪の匂いなどをクンカクンカしつつ階段を上がりたかったのでしょう』

 

 して――、

 何事もなかったかのように、エランを乗せた車椅子を押して広間へ入る。

『結局、旦那が車椅子を押すんだ』

 某らは、エランのせいで遅れて入ったらしい。広間は既に満席にござる。

『わたし達の席は……、奥の方ですね』

「申し訳ござらぬ。通るでござる」

 着座した椅子の間を遠慮しながら抜けていく。皆さん、エランの哀れな姿を見て、椅子を引いて通りやすくしてくださる。人の情けは有り難いものでござる。

 

 おっと! パンチパーマに細い口ひげ。茶色いサングラスのそれっぽいお兄さんが、通路に椅子をはみ出させて、お仲間とオラオラ座談会を繰り広げてござる。こちらにはまったく気づかぬ模様。

 お兄さんの椅子に当たらないようにそっと「ガチャン!」当たったでござる!

 因縁付けられるでござる!

 

「おぅ! なんだテメェ……あ、車椅子? すんません、すんません!」

 お兄さんが椅子を引いて行儀良く腰掛けた。親御さんの躾が行き届いていたお兄さんでござる。

『優しい社会に乾杯。車椅子を悪用しないよう心がけましょう』

 しかり!

 

 さて、一瞬も休むことなく鳴り響く雷鳴の中、晩ご飯を頂いた。

 雷光により時たま紫色に見える烏賊のお造りとか、冷凍技術で保存した水揚げ時冬の蟹だとか、美味しく頂いた。

 

 ……たぶん美味しかったと思う。

 風でバッタンバッタン音を立てる窓とか、窓よ割れろとばかりにダダダッと散弾のように吹き付ける大粒の雨だとか、それこそ旅館を震わせる雷だとかが気になって味が入ってこなかった。






『いやー、波瀾万丈、最高に盛り上がる海水浴ですね!』

「某の知ってる海水浴の盛り上がり方とちょっと違う」

『でも、男の子って、こういうのが好きなんでしょ?』

「しかり!」

 

  

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