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11.夏・海・バンブービーチ 夜食のラーメン

 夏。

 夏と来れば海。

 泊まりがけの海水浴でござる!

 行き先は西海に面したバンブービーチ! 

 

『我らが住まうタネラは海の町なんですが?』

「西の海と東の海は同じ海にしてまた違う海にござる!」

 客の少ない隠里のような、名物と言えば冬の蟹鍋しかない田舎の白浜でござったが、ここ数年、地元自治体が観光に力を入れた結果、世俗にまみれた有名海水浴場に変貌しつつある。

 遠浅で長い海岸線を保有しているくせに消波人工岩礁が言い訳程度にしか置かれておらず、土用ともなれば情け容赦ない波が浜にまで打ち付けてくる。海の家も数える程。初期は監視人もおらず。といった牧歌的海水浴場でござったが、このていたらく。

 昔の面影がどんどんなくなっていく。保養地から観光地へと変化しつつある。

 

『一応、わたしと旦那が運営するネコ耳プロジェクツ(株)は、地元海岸タネラの観光開発をベースにのし上がってきた会社なんですがね』

「それはそれ、これはこれ。お隣はお隣、ウチはウチ」

『設定が……まあいいでしょう』

 昔の印象を残したまま遊びに行くなら今のうち。

 ってか、今回が最後のバンブービーチ行きとなろう。なんだか悲しゅうござる。

 

 して――、

 ここよりバンブービーチまで二時半『約5時間ですね』かかる。

 午前の内から遊びたいので、バンブービーチへの到着予定時刻は卯の正刻『午前8時ですな』としたい。

 ならば、ここタネラ出立は寅の初刻『午前3時です』でござる。不確定な要素を飲んで丑の終刻『午前2時』出発と致す。この刻限なら到着後、一眠りできる。

 前日の内に用意を済ませて『浮き輪いります? 日焼け止めとサングラス入れて、あ、夜食いりますよね? 途中のコンビ……深夜営業店でお握りとか買い込みましょう。そうそう、水筒に麦茶一杯入れて、氷魔法で半分だけきっちり凍らせてってっと! 冷凍ミカンは必須でございます』おけば用意万端にござる。

 

 馬車の整備も朝から行い、馬にも飼い葉を沢山与え、毛並みを藁束で整えておく。いそいそ。

 今回最後のバンブービーチ行きという事で、デイトナ殿を誘っておいた。二つ返事で「良いよ」をもらったでござる!

 デイトナ殿との一泊旅行にござる! ふんすふんす!

『デイトナ嬢とは……さる一件でお知り合いになった、お色気系全スキル及びお妾さんスキル完ストの美女でございます。イオタの旦那と同い年ですが、青さの残る旦那に比べ、どうみても成熟した童貞殺しの女性。ヘラス動乱の際、主持たずの旦那が、人生唯一、デイトナ殿を主として使えておりました。色気にやられたとも言います』

 うるさいぞミウラ!

 

 ちなみに、ミウラの言葉を聞き取れるのは某だけでござる。某とミウラの会話は一般人には、さいれんとにゃーとやらに見えるらしい。

 

「イオタちゃん来たよ-!」

 銀髪を靡かせたデイトナ殿でござるッ! 

「ネコ耳、来てやったぞ」

 銀の長髪を後ろに撫でつけた――

『あ、先生だ!』

「なんでエランまで!」

 抜刀! 正面唐竹割!

 ガキン!

「なぜ剣を受けた?」

「なんで出会い頭に斬り殺されねばならぬ?」

 エランめ! ここまで速く剣を抜けるとは!

「あ、イオタちゃん、顔が赤いよ!」

「頭に血が上った結果にござる!」

『周りの人はそうは思いません』

「フッ、そうカッカするな」

 エランのこの、口の端っこだけ尖らせた笑い方が気に喰わぬ! 口角で目を突いて死ね!

 

「何しにやって来たエラン!」

「結婚前の妹が一泊旅行へ出かけるのだ。兄として保護者としてつきそうのは当然の事!」

 おのれエラン! 兄という立場を最大限利用しおってからに!

 デイトナ殿の当世水着を心ゆくまで堪能し、一緒にお風呂に入り、一緒のお部屋で枕を並べて寝て、クンクンしてあわよくば! という某の大計画が台無しにござる!

 

『えー、ちなみに。エランとはヘラス王国の王族であり、デイトナ嬢の年の離れた兄でもございます。見た目は現世の大剣豪にして世界一の斬られ役「先生」そっくりです。旦那とは、旅の初期に最悪の状態で知り合い、後、ヘラス王国革命を主導し、……デイトナ嬢も加わっていた為、必然的に旦那も加わり、革命を成功させ、現在ヘラス王国の宰相となった立身伝の人です。ちなみにイオタの旦那に懸想しておられます。……中身も知らず』

 

 ミウラはエランに甘い! 憧れの剣豪にそっくりであるとして懐いているのが気に喰わぬ! 中年のくせに!

「海辺の男は信用ならぬ!」

『旦那もね!』

「まあまあ、イオタちゃん抑えて抑えて!」

 間に入ってきたのはデイトナ殿。勢いよく割って入られたので、お胸もぶるんと揺れる。

 人殺しの意欲がスーっと消えた。

『いつの時代、どこの世界でもオッパイは平和の象徴なのです』

 したり!

 

「心配しないで! お部屋は2つとったから。兄上は別の部屋だから!」

『あ、わたしも先生の部屋に泊まりますよ!』

 ……ってことはなにか? 某とデイトナ殿が同じ部屋?

 計画通りにござる。しかもミウラまで別の部屋。計画の上位互換でござる。

「しかたないでござるなー」

『棒読みです。旦那』

 そこまで段取りされていてはしかたない。しかたないったらしかたない。

 

「エランよ、くっついてくるのは許可するが、それなりに働いてもらうでござるよ!」

「それくらい当たり前だ。このメンバーで男は私だけだからな! 頼ってくれて良いぞ!」

 ドンと胸を叩くエラン。男が一人だとぉ! 某も男としてデイトナ殿に格好いいところ……

 ……某、女でござった! ならば徹底的にエランを使わねば損というもの! こき使ってくれる!

 

「では、荷物の運搬はエランに頼もう。それと馬車の御者でござるが、帰りを任せる。行き帰り両方はさすがに辛かろうし、道も知らぬであろうし、行きは夜目が利く某が御者になろう。帰りは明るい昼間だし」

 馬車が事故を起こし、デイトナ嬢になにかあっては腹を切るだけでは済まぬ! 安全に安全を重ねねば!

『ツンデレでございますよ、旦那』

「フッ、それくらい平気だ。安心しろ!」

 くくくッ! 海行きの帰りをなめるなよ。あれはむっちゃ眠くなるのでござるよ。

 行きは夜と言ってもよい早朝。道は混まぬ。空いておる。涼しい。

 だが、帰りは昼の日中。もっと混む時間帯。疲れも溜まっておる。しかも季節は夏。御者台は暑いぞー!

 

「よーし、先に荷物を馬車に運んでおこう。そうしておけば仮眠が終わった後、すぐに出発できる。荷物はどこだ」

 いきなりエランが仕切りだした。

「案内しよう。こちらにござる。某は手伝わぬよ!」

「フフッ、力仕事は男の独壇場だ」

『旦那に良いところを見せようとしている先生。でも旦那が振り返ることはけっしてない。だって旦那はTS体。しかも侍の意思の力は強く、どこぞのTS物のように精神が体に引っ張られることがないし、意識が記憶に成り代わる事もない。しかも、無所属自由人なので政略結婚の縛りもない。うう、涙無しでは語れません!』

 

 して――、

 みんなして仮眠の後、丑の終刻『午前2時です』。時刻通りの出発となった。

 空き空きの下道を走る。あえて下道でござる。

 御者席で手綱を握るのは某。後部座席にデイトナ殿とミウラ。

 助手席にはエラン。

 

「なんで某の横にエラン? しかも当然の様に? 綺麗な夜景が見えるその席は女子であるデイトナ殿の指定席にござるよ。エランは後ろでミウラとでも戯れておれ」

「フッ! 馬鹿なことを。私は帰りに馬車を運転せねばならぬ。だが、バンブービーチの道を知らん。道を覚えねばならんので横に乗ったまで、下心は全くない」

「そうね! 兄上には道を覚えてもらわないと。イオタちゃんのお隣が良いと思うの」

 デイトナ殿が腕を寄せてモジモジしている。腕に挟まれたお胸が盛り上がる。

『ほら、旦那!』

 ミウラが室内鏡を動かした。鏡が映し出したのはデイトナ殿のお胸の谷間。この座席配置は、良い子にしていた某への神のご褒美でござったか!

「デイトナ殿がそう仰るのなら!」

 お胸はいつも正しいことしか言わない! お胸が世界を征服すれば良いのに!

『旦那にも装備されております』

 

 して――、

 混雑する都の中を避け、外周をぐるりと周り、帝都縦貫道に入り、城を構えた町を二つ抜けると大きな川に出る。川に沿って進んでから峠を一つ越えるとバンブービーチにござる。

 まず目指すのは都にござる。

 いざ、出発!

 馬車を走らせること半時『1時間ですね』。

 馬車を止めた。

 

「休憩には早くないか、ネコ耳よ?」

 エランが何やら失礼な目で某を見ている。

 真っ暗な中に、ぽつんと一軒。明かりの灯った店。そこの駐馬車場。

 チェーン店では天下一美味いラーメン店にござる。

 

『深夜ラーメンですか? しかし悪くない。悪くないですよフフフ』

「さ、降りるでござるよ。馬車に乗った以上、命は御者に預けねばならぬ。その御者が食事を所望するなら叶えねばならぬ!」

「むぅ、私はかまわぬが……」

 だれもエランには聞いとらん!

「深夜にラーメンはちょっと……」

「デイトナ殿。ここのラーメンはコラーゲンとやらがたっぷりにござる」

「お付き合いするわ!」

 

 して――、

「皆、何を食すかな? ここは某のおごりでござるよ。遠慮するな」

 エランらはこの店を知らぬらしい。

 もと王女のデイトナ殿は下賤な食べ物など口にしないから知らないだろう。

 もと王子のエランはラーメンなど下賤な食い物は口にしたことないってか? はぁ?

「ならば、コッテリの大を二つ。小を二つ」

「まいどあり!」

 小はデイトナ殿とミウラだ。

 普段なら半チャーハンセットを頼むのだが、さすがに深夜は避ける。

 

「ハイお待ち!」

『来た来た!』

 ミウラは舌なめずりをしておる。   

「の、濃厚ね……」

 デイトナ殿手が止まる。

 ここの汁は濃厚なので有名。見た目ドロッとしておる。

「箸が立つんじゃないか?」

 エランは実際に立てようとした。

「おや?」

 されど、箸が立つわけでなし。……実際、箸が立つラーメン屋は一軒しか知らぬ。あれは罰ゲームで食す、味が濃いだけのラーメンでござる。

「見た目、ドロドロでござるが、その実、案外あっさりとしておる。ほれ」

 言いつつレンゲでスープをすくう。肌色の汁。ドロドロではない。モロモロっとしておるのだ。そのモロモロは、汁の材料がペースト状になってるのであって、動物性油脂所以じゃない。


 口に汁を含む。油気はまったく感じない。

 デイトナ嬢とエランのバカも汁を飲む。

「あ、美味しい!」

『熱ッ! 死ねよネコ舌!』

「どれどれ? むっ、これはラーメンか? いや、まさしくラーメンだ。まさか、ひょっとして、このスープを使ってこそ本当のラーメンになるのでは? これを味わうと、他のラーメンがラーメン以外の食べ物に見えてしまう予感がする!」

 うるさいぞエラン! いっぱしの食通ぶるな!

 だが、エランのいう事も解る。一理ある。

 この汁、透明度の悪さで言えば最悪級。されど、しつこくない。

 

 さて、冷めぬうちにもう一口。

「うーむ……」

 このラーメンを食べる度に思う。この味、このコク、この……鼻に抜ける時の、裏に隠れた風味。何でござろうか? 

 出汁は、おそらく豚骨……そこに鶏ガラ……野菜……、自信ない。

 香草を含めた野菜も入っておる。たぶん、相当なまでに煮込んで。

 問題が、表と裏で主張しておる見た目のモロミ。そしてそのお味。何者でござろうか?

 鶏の手羽かモモのよいところを何らかの方法で液体化し、こう……上手いやりようで溶かし込んでおる……はず。

 

「だが、それだけでは舌触りの……特異感というか心地よさが説明できぬ」

『この、ザラッとした舌触り。ミクロ単位ですり込んだジャガイモを混ぜてませんか?』

 ピチャピチャと舌を鳴らすミウラ。お下品でござるが、舌の上で空気と汁を混ぜ、香りを舌で分析しておる。

 ……見た目、普通にネコが汁物を舐めている姿でござるから、不自然さも行儀悪さも一切感じない。羨ましいでござる。

『これがネコに転生した者の種族的チート能力です』

 ちーと能力とやらは、斯様にやっすい能力でござったか! また一つ新たな知識が増えた。

  

「ジャガイモは如何でござろうか? ジャガイモ特有のザラッと感と青臭さにほど遠いような?」

 すむすむ、くむくむとネコ耳族の超感覚を最大限発揮させるも、これだという正体が判明しない。

『謎は謎のままで良いのです。ご家庭で再現されるようなラーメンは金を取るに値せず! ちゅるちゅる』

 器用に麺を啜るネコでござる。

「であるな。頭を空にして奇跡の味を楽しもう」

 

 いざ! 

 箸で麺をすくう。真っ直ぐで角が立った細麺でござる。濃いめの汁にぴったりの麺でござる。

 某、麺は太すぎず細すぎずが好みにござる。小麦粉の香りを感じさせるラーメンを愛しておる。

 いや、けして、現世において超細麺の博多ラーメンを否定はしておらぬ。博多勢を敵に回す気はござらぬ!

『あいつら、武闘派ですからね』

「人の良い笑みを浮かべながら拳を硬く握りしめおるからのう」

 バリカタ豚骨大好き! チョイ醤油垂らし派でござるが。

『博多モンがアップを始めました』

 

 して――、

 通常より少なめに麺を取り、汁にたっぷり漬けて一気に啜る。この方法が一番スープを味わえるのでござる。

「ずぞぞぞっぞー!」

 ムグムグ、うまうま。

 前半戦の早めにチャーシューを食べ尽くす。これもたっぷり汁に浸して。

 そして、面積が広くなった水面に胡椒を少々。これは好みの量でかまわぬ。

 さらに、少量の麺をズゾゾゾーッ!

 ムグムグ。うむうむ、胡椒を掛けることにより、気づかなかった臭みが消える。この臭み、気にはならぬ程度であり、必要な臭みでござるが、ネコ耳族の某は、人の何倍も鼻が利く。よって、美味しいとは思いながらの味変にござる。

 

 して――、レンゲで汁をすくって口の中で転がす。美味いなー。

 ネギをたっぷりスープに搦めて頬張る。ネギのシャキシャキ感と風味。そしてフワッと広がる汁のコク。何とも言えぬわ!

 麺、汁、麺、汁と交互に食べていく。最後、麺と汁が同量になるよう量を合わせていく。

 ふとエランの丼を覗く。汁だけ残しておるわ、このド素人め!


「うーんうーん、このスープはいったい何を使えば……」

 この店初心者が陥るあるあるでござる。汁の材料当てにござる。素人は得てして、材料を一つに求める。

 複数の材料による調和を知らぬ素人でござる。

 最後の麺をずぞぞぞっ! 残った汁をレンゲですくって味わう。

 味わい足らぬので、丼に口を付け直接啜る。

 うーむ、それでも物足りぬ!

 

『おやおや、最後まで啜ってしまいましたね。お店の思ツボでございますね』

「よいのだ。喜んで壺にはまろう。これが客として最大の礼儀でござる」

 

 して、エランは?

「うーん、この辺でやめておこう。夏だし喉が渇くし」

 未だ汁は残っておるが、レンゲを置いてコップに手を伸ばす。中の水を一口。

 そしてレンゲに手を伸ばし、また汁を一口。

「エランよ、それではいつまで経っても終わらぬぞ」

「いや、解ってるんだ。これが最後」

 と、いいつつ、水を飲んでは唸って汁を一口。水を飲んでは汁を一口。無限の円環に嵌まりおったわ!

 ふふふ、エランよ、水を飲むことで口は味を忘れる。忘れれば思い出そうとしてもう一口を求めるのでござる。水を飲むのは悪手にござる。

「うーんうーん……」

 とエランは唸りつつ、結局、最後まで飲み干してしまった。

 

『御馳走様でした』

 ミウラ、丼の底を嘗め回すのは控えておくれ。

「未練だけど、スープ残すわ」

 さすがデイトナ殿。唯一、精神的規制を効かせられる人は汁を残した。

 これで皆食い終わった。腹もくちた。

「ごちそうさまでござる。お勘定を!」

「まいどありー!」

 

 そして再び馬車に乗り込んだ某らは、暗い夜の闇の中、仄かに灯る未来へと向かって進むのであった。

 某、ネコ耳族故、夜目が利くので夕方程度には明るく見通しが利くのでござるが。

 

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