天音二奈の体験談「予知夢サービス 後編」
その日の夜は、眠れなかった。
絶対に眠らないといけないのに、どうしても眠くならない。
あまりにも大きな、死への恐怖で。
(怖い……怖い……!)
全身が震えて、止まらなかった。
歯がガチガチと鳴り続けて、ただその音だけがあたしの部屋にこだましていた。
「だ、誰か……助けて……!」
眠れないあたしは、助けを求めてスマートフォンを手に取る。
誰か、あたしの話を笑わずに聞いて、助けてくれる人ーー
「……ぁ」
ーー目に止まったのは、『常夜 零』の文字だった。
震える手を鞭打って動かし、電話をかける。
数回のコール音の後、スマホから寝ぼけたレイの声が聞こえてきた。
『もしもぉし? こんな夜中にどうした、ジナ』
「い、いや……その」
『……? 声が震えてるな……あ、さてはとびきり怖い怪談見つけて、寝られなくなったな! だから寝る前の怪談はやめとけって、いつもーー』
「そうじゃなくてね!」
『違うのか? じゃあ何だよ』
あたしは話した。
ここまでにあったこと、その全て。
最初はからかっていたレイも、途中からは黙って真剣に聞いてくれた。
あの怖がりなレイが、こんな不気味な話を。
「ーーそれで、怖くて。あたし、寝られない」
『……そっか。そりゃ怖くてあたりまえだよな。俺も途中からチビりそうになって、トイレで話聞いてたし』
「トイっ……本当に真面目に聞いてる!?」
『聞いてるよ! だから怖いんだろ!!』
「そ、そっか……」
『こんな真夜中にガチホラー聞かせてくれちゃってよぉ! 寝られないのは俺の方だよ!』
「ぅ……ごめん」
『ったく。大と小、両方漏らしたっての』
「え。うわ、汚っ」
『んだとぉっ!?』
「あはは!」
いつもと変わらないレイの反応に、思わず笑いが漏れる。
そして、ハッとした。
いつの間にか、恐怖が薄れている。
『……電話越しじゃあ、子守り歌くらいしか出来ることないけどーー明日になったら、いつもの皆で集まろう。俺と、ジナと、ユウイチ、ミライ……それで、ジナを助ける方法を考えようぜ』
「うん……うん……」
涙が溢れてくる。
それを拭いながら、あたしは何度も、何度も頷いた。
『それで、子守り歌はーー』
「いらない。レイ、音痴じゃん」
『何だと!? これでも、音楽の成績は悪くないんだぞ!』
「えぇ〜?」
それから少しの間、他愛もない話をしているうちに、あたしの中の恐怖はすっかりと薄れ、代わりに暖かな気持ちで満たされた。
そしてーー
『明日の朝は、俺が迎えに行くよ』
「お願い」
『四人ならきっと、大丈夫だ……おやすみ、ジナ』
「おやすみーーレイ」
ーー電話を切ったあたしは、布団を被る。
電話をする前までとは比べ物にならない、穏やかな気持ちだった。
もう目を閉じるだけで、意識はすぐに眠りの中へと引き摺り込まれていく。
(あぁ、あたしレイのことーー)
【「死なないで! レイ、死なないで!!」】
「ーーッ!!?」
ベッドから起き上がる。
カーテンの隙間から入る朝日が、あたしの目を焦がした。
でも、そんなことは気にせずに部屋を飛び出る。
「ジナ、おはよう。今日は早いーーちょっと? そんな格好でどこに行くつもり!?」
驚く母親を無視してサンダルをひっかけ、パジャマ姿のままに家を飛び出す。
母の悲鳴が聞こえるが、仕方ないのだ。
だって……見てしまった。
血みどろの車と、その近くに倒れるレイ。
それを見つめる野次馬たち。
そして、倒れるレイに泣きつく自分を。
昨日、レイは言っていた。
『明日の朝は、俺が迎えに行くよ』ーーと。
朝に来るというのが、具体的にどれぐらいの時間かは分からない。
だけど……もし、あたしを心配して早朝に家を出ているのなら、もうーー
思考が最悪の方向へ転がり出していたその時、予知夢にて事故が起こっていた十字路へと辿り着く。
(お願い! 何も起こっていないで!)
そんな、あたしの願いはーー
「……ほっ」
ーー無事に叶えられた。
十字路では、何も起こっていなかったのだ。
「よ、よかっーー」
「あれ、ジナ? 何でここに?」
と、ここで十字路の向こう側からレイが歩いてくるのが見えた。
ーーいや、正確には……
「天音……なんでパジャマ姿なんだ」
ミライもいる。
レイの家からここまでの間にミライの家があることを考えると、おそらく通りがかりに誘ったのだろう。
「おーい、ジナー!」
レイが、小走りにこちらに向かってくる。
ーーその時、あたしは気付いた。
左手の坂から、見覚えのある車が走ってきていることに。
どういうわけか音が立っていないので、レイが気付く様子はない。
このままいくと、ちょうどレイが道路に出るタイミングで、十字路を通ることになるーー
「ダメえぇ! 止まってーーッ!!」
気付いた瞬間、あたしは全力で叫んでいた。
困惑して足を止めるレイ、目を見開いてこちらを見つめるミライ。
二人とあたしの間を、すごい速さで車が通り過ぎた。
「うわっ!?」
目の前を通りすぎた車に驚いて、尻餅をつくレイ。
怪我は……していない。
ほっとして、二人の元へと駆け寄った。
「レイ、大丈夫?」
「あ、あぁ……ありがとう」
驚きながらも、何とか立ち上がるレイ。
立ち上がった後、あたしに礼を言ってくれた。
「どういたしまして……ふぅ」
これで、レイは助かった。
あたしは大きく息をついて、その場にしゃがみこむ。
一方、ミライは過ぎ去った車を険しい目で見つめていた。
「今の車、誰も乗っていなかった。きっと、坂の途中でサイドブレーキを忘れたんだろう。警察に電話した方がいいな」
「そ、そう……」
「……それで、ジナ。聞きたいことがーー」
その時、目の前が暗くなった。
同時に、あの声が聞こえてくる。
【違反だ。違反をしたな】
(えっ……?)
【アマネジナ。予知夢を見なかったな】
混乱する。
確かに、あたしは予知夢を見た。
実際、予知夢通りレイには車が襲いかかった。
(そんなはずはーー)
【夢を見て、それがそのまま現実で起こらないのなら、それは予知夢ではない。だから、お前が見たのは予知夢ではない】
衝撃が走る。
そんな、では、友人が死ぬ予知夢を見て、それが分かっていながら受け入れろというのか。
そんなこと、できるわけがない。
(予知夢は、こうするためにあるものだろ!?)
【知らない。人間の価値観で我らの能力に下らない不服を垂れるな】
何も言えないあたしに、声は、冷酷に告げた。
【……さあ、違反の代償だ。命を、没収する】
◆
「はい、おしまい!」
「いやいや! 『はい、おしまい!』……じゃねーですけど!?」
「へ?」
「ジナ、死んでんじゃねーか!!」
俺の渾身のツッコミに、ジナは「あー」と言う。
「ここで、目ぇ覚めたんだよねー」
「夢オチっ!?」
「うん」
頷くジナに、総身の力が抜ける。
ここまで、怖がって損した。
「何だよジナ、嘘の話かぁ?」
「ユウイチ、失礼なこと言わないでよ。夢は夢でも本当に見たんだから、体験談ではあるでしょ?」
「……まあ、一理あるか」
ユウイチは微妙な顔で唸るが、俺としては「夢でよかった」以外に感想はない。
「ま、今回は『本物の霊かどうか』なんて言い争うまでもなく俺の勝ちだな。なにせ、これはジナの夢でしかない!」
「んー、実はこの話、続きがあるんだよね」
話は終わりとばかりに頷く俺に、ジナが水をさしてくる。
やめろ、そういうのは言わんでいい。
「続き?」
俺の願いも虚しく、ミライが首を傾げてジナの言葉を促してしまった。
「起きたあと学校に行ったら、当然と言うか何と言うか、ヨツキもリッカも他のみんなも、元気にしてたんだけどさ」
「当たり前だ」
そうじゃなかったら、夢じゃないだろ。
「でもさ……みんな、なぁんか余所余所しかったんだよねー」
「……それで?」
「でさ……あたし、話したんだ。見た夢のこと」
「えっ」
「マジで?」
「それはなかなか……」
言葉に詰まる。
ユウイチとミライも、驚いていた。
それも当然で、自分が見た悪夢のことを特に理由もなく他人に話すなんて、普通はしない。
「今思うと、あたしも何で話したんだろって感じ。だけど……ビックリしたよ」
「……な、なんで?」
「だってーーみんなも、同じ夢を見たって言うんだもん」
は?
「ヨツキは、怪しげなサイト見つけて面白半分で契約して、違反して殺される夢。他の皆はヨツキの家に行って契約させられて、違反して殺される夢。みんな、同じ夢を見てたんだ」
ブルブルと、体が震えてくる。
そんな俺を見てニマリと笑いながら、ジナは言った。
「ねぇ……あれ、本当に単なる夢だったのかなぁ?」
「夢だよ、夢夢! 夢に決まってんだルォお!?」
「何か発音へーん! レイ、ビビってるっしょ?」
「うるしゃいっ! そもそも俺が登場してるけど、俺にそんな記憶は存在しないんだが!?」
「夢のことって、よっぽど強く記憶に残らないと大体すぐに忘れるでしょ? レイも忘れてるんじゃない?」
「ぐっ……! 夢だよ、ただの夢! 絶対に譲らねぇからなーっ!」
助けを求めるように、ユウイチとミライに視線を向ける。
「んんー、でも、夢なんだろ?」
「不思議な話ではあるけど……夢、だからな」
幸い、今回の二人は俺派のようだ。
「ちぇっ! ま、今回はレイの勝ちでいーよ」
流石に不利と悟ったのか、ジナも負けを認めてくれた。
これで一勝一敗、次で決着だ。
「最後は……ミライの番だな。妹の体験談を話すんだっけ?」
「あぁ」
「確かミラっちの妹のクオンちゃん、霊感があるんだよね! そんな子の話だなんて、楽しみ!」
「霊感……本人は、あるって言ってるな」
「ミライは信じてないのか?」
「ーーさあな。じゃあ、始めるぞ」
そして……本日、最後の話が始まった。
「ところで、話の最中でさりげなくレイに好意あること伝えてたのに、全く言及されなかったな」
「あー、あんたって自分のことは全然分かってないのに、人のことにばっかよく気付くよねー」
「何だよ、それ」
「別に」