天音二奈の体験談「予知夢サービス 前編」
あれは、2年ほど前。
中学3年生になって、少し経った頃だった。
「アマネ。明日の小テストで七割取れなかったら、放課後に居残り補習だぞー」
「うげっ」
少々ーーほんとに少々、成績が芳しくなかったあたしは、補習を受けることになりそうなほど、追い詰められていた。
(なんか手っ取り早く点数上げられるよーな、いい方法がないものかねぇ)
もはや確定している補習に、重いため息を吐く。
ーーと、そんなあたしの耳に信じられない言葉が聞こえてきた。
「一週間前の小テストで最も点が高かったのは、アカバだった。赤点候補はアカバを見習えよー」
(えぇっ!?)
信じられなかった。
何せアカバーー『赤羽四月』は、二年生まではクラスで一番を争う、赤点候補な女子生徒だったから。
それが急に点数大幅アップなんてーー何かあるに違いないと、あたしは思ったんだ。
だから放課後、あたしはヨツキに話しかけた。
「ヨツキさん! 一体、どんな勉強したらそんな急に点数が上がるの!?」
「あ、えっと……」
同じように思った人は、あたし以外にも居たみたいで、みんなヨツキの言葉に耳を澄ましていた。
「……気になる?」
「すっごい気になる!」
「うぅん……教室じゃ言いにくいから、ウチに来てくれる?」
「うん! 全然いいよ!」
「あの〜……」
「うん?」
ーーと、ヨツキの言葉に耳を澄ませていた人たちの半分ほどが、「自分たちも知りたい」と名乗り出てきた。
「……じ、じゃあ皆んなウチに来てくれる?」
「うん!」
「暇だから、大丈夫だよ」
「じゃあ、みんなでアカバさんの家に行こっか!」
そうして、女子三人男子二人ーーあたしを含めて五人の子たちが、ヨツキの家に行くことになったんだ。
◇
「ここがウチ。入って」
学校から見て、あたしの家とは反対方向にあるヨツキの家は、一戸建ての古い家だった。
案内されたヨツキの部屋は、怪しげな本や雑誌が積まれていて、机の上のパソコンが怪しげな光を放っている。
(なんというか……あたしの部屋に似てるかも)
怪しげな雑誌の山なら我が家にもあるし、しょっちゅうパソコンを使って都市伝説を探している。
「それで、アカバさんはどんな勉強をしてるの?」
皆んなが部屋の雰囲気に押されているなか、最も早く再起動した女子がヨツキに問いかける。
だが当のヨツキは、パソコンをイジっていた。
「あの……アカバさん?」
「ちょっと待って。準備中」
準備中と言われれば、黙らざるをえない。
五人全員が黙って、ヨツキがパソコンをイジり終えるのを待っていた。
30秒ほどで、ヨツキはパソコンから顔を上げる。
パソコンには、赤と黒で装飾された怪しげな画面が映っていた。
「それで勉強だけど……えっと、みんな名前を教えてくれる?」
「え、ええ。わたーー」
「あ、字も知りたいから……パソコンに打ち込んでくれる?」
「わ、分かりました」
ヨツキのことを変わった人物だとは思いつつも、五人全員がヨツキのパソコンに名前を打ち込んでいった。
『朝日五郎』
『佐藤六花』
『草葉七雄』
『江都八白』
『天音二奈』
全員が打ち込み終わったところで、ヨツキが間を開けずにEnterキーを押す。
すると、パソコンの画面に『登録しました』の文字が浮かび上がった。
一体何のことかと顔を見合わせる五人。
ヨツキは、あたしたちを安心させるようにニコリと微笑を浮かべた。
「これで終わりだよ」
「「え?」」
「これで、勉強は終わり」
「どういうこと?」
全員の意思を代弁するように問いかけるのは、先ほどから率先して話をする女子ーー打ち込んだ名前を見るに、リッカという生徒だ。
リッカの問いに対し、ヨツキはしばらく黙っていたが、やがてそっと口を開いた。
「あのね、今のサイトに名前を打ち込んで寝るとーー予知夢が見られるの」
「え?」
「テストの問題を望んで寝れば、それが夢に出てくるよ。その問題の答えを調べて、テストを受けるの」
正気とは思えないヨツキの発言に、あたしたち五人は唖然とした顔になる。
だけどそこから復活した時、みんなはすごく不機嫌になっていた。
「なんだよそれ、馬鹿馬鹿しい! 俺ぁ帰るからな!」
「僕も帰るよ」
「わたしも……」
三人が帰ってしまい、残ったのはリッカとあたしだけ。
困った顔をしているリッカは、縋るようにヨツキに言う。
「アカバさん。わたしは成績が伸び悩んでいて……親にも、睨まれてるんです。本当の勉強法を、教えてくれませんか?」
「予知夢は本当。嘘じゃない」
「……そうですか。失礼します」
リッカは少し俯いたかと思うと、バッと部屋から出て行った。
いよいよ、残ったのはあたしだけだ。
「み、みんな帰っちゃったね」
「そうだね」
「……あ、あたしは、そういうオカルトな話、嫌いじゃないよ?」
「それなら良かった」
「…………」
「…………」
(すごい気不味いよー!)
「えっ……と、夢のことは今日の夜に試してみるから! じゃあね!」
「うん。バイバイ」
二人きりの空気に耐えきれなくなったあたしは、適当な言葉を残してヨツキの家を去った。
◇
その日の夜。
「はー……だるぅい」
ヨツキの家まで歩いたせいか、お風呂を上がった後はどっと疲れた。それはもう、目を開けていられないほど。
(もう寝よ……あ、でもテスト勉強しなきゃ……)
ベッドに倒れ込んで、そんなことを考えながら朦朧としているうちに……あたしは寝た。
【問1 ーー、ーーーー 問2 ーーー、ーー…………】
目が覚めた。
頭に、謎の問題が刻みついていた。
夢で出てきたその問題は、一言一句違わず鮮明に思い出せる。
普通の夢にしては、明らかにおかしかった。
あたしは夢中で問題について調べ、その答えを導きだした。
ーーそして、翌日の昼。
出された小テストは、まさに夢に出たものだった。
あたしの見た夢は、予知夢だったんだ。
◇
望んだ夢を見たのは、あたしだけじゃなかった。
あたし以外の三人も、望んだ夢を見ていたんだ。
別のことを考えていたせいで、見た夢はテストの内容ではなかったようだけど、それでも予知夢だったらしい。
「美味いもの食いたいって思って昼寝したら、夕飯の夢見たんだよ。やばくねぇ!?」
「僕も、そんな感じ」
「彼氏できないかなと思って寝たら、一人だけのわたしが見えて、まだ彼氏いない……これ、予知夢?」
すごい能力を手に入れてしまった。
これからはテストで赤点をとる心配をしなくていいと思うと、ものすごく気分がいい。
ーーけれど一つ、気になる事があった。
リッカが、学校に来ていないのだ。
教師に聞いたところ、なんと無断欠席らしい。
「リッカちゃん……なにかあったのかな」
「徹夜で勉強でもしたんじゃない?」
不安になって呟いたあたしに、ヨツキが声をかけてくる。
ヨツキの言葉に、あたしは首を傾げた。
「徹夜で勉強?」
「あの子、追い詰められてたから」
確かに、リッカは少し思い詰めていたかもしれない。
でもーー
「それで、何でリッカちゃんが学校に来ないことになるの?」
「『予知夢サービス』と契約したら、一日に少しは寝ないといけないの。じゃないと……」
「じゃないと……?」
「死ぬ」
「え」
「うふ、うふふ……」
ヨツキが何を言ってるのか理解できず、あたしが言葉を詰まらせていると、ヨツキは怪しげな笑みを浮かべながら去っていった。
残されたあたしは、しばらくの間そのまま呆けていたが、やがてヨツキが冗談を言ったのだと思い直して動き出した。
「ま、全くもう……ヨツキさん、冗談が下手くそだなぁ……もぅ……」
その日は、それでヨツキの言ったことを忘れたふりをし、適当に授業を受けて帰った。
そして、その夜。
(……リッカちゃん、明日は学校……来る、よね)
そんな微かな心配を胸に、あたしは目を閉じたーー
【「昨日の夜、仕事から帰った両親によりサトウの遺体がーー」】
「ーーッ!!?」
目が覚めた。
夢の記憶は、鮮明に記憶に残っている。
リッカが亡くなったことを、担任の教師が……
「ーーない! そんな、あり得ない……あり得ない。これは夢、夢、夢夢夢……!!」
いくらそう思い込もうとしても、すでに直感はそれと反した答えを選んでいる。
でも、そんなことはあるはずがない。
いや、あってはならない。
「夢だよ、夢、夢、夢……」
結局、その日はそれから眠る事ができずーー
ーー翌日、学校にてリッカの死が知らされた。
◇
「アカバヨツキ!! どういうこと!?」
「なにが?」
トイレで、ヨツキに詰め寄る。
ヨツキは怪しい笑みを浮かべて、あたしを見ていた。
「リッカちゃんは、何でーー」
「だから、ルールを違反したから。『予知夢サービス』にはね、ルールがあるんだよ」
「何それっ! ふざけてんの!?」
「ふざけてない。力には代償があるんだよ」
ヘラヘラとした態度を崩さないヨツキに、怒りが募る。
今のあたしには、『予知夢サービス』なるものがリッカが死んだ原因である確信があった。
なぜなら……
「リッカちゃん以外にも……あたし以外に『予知夢サービス』と契約した人、誰も学校に来てないっ!! 一体、何でなの!」
「だからぁ……みんな、ルール違反したの」
「ーーっ! じ、じゃあ、み、みんなは……」
「うん。死んだよ」
軽い調子でそういうヨツキに対し、怒りより恐怖が湧いてくる。
あたしは、掴んでいたヨツキの襟を思わず離した。
「ん、もう怒んないの?」
「な、なんで……」
「え?」
首を傾げるヨツキに対し、必死で言葉を紡ぐ。
「なんで、そんな危険なもの、あたしたちの許可も得ずに勝手に契約したの?」
「だってアカバヨツキが得点を伸ばした方法、知りたいって言ったでしょ?」
「それがなんだっていうの!?」
「? それだけだよ。だから契約してあげたんだよ」
「だから、それが勝手だっ……て……」
先ほどから、ヨツキの言動がおかしい。
まるで、ヨツキじゃない誰かが、ヨツキのふりをしているようなーー
「あんた……誰?」
あたしの言葉に対し、『ヨツキ』は……裂けるような、笑みを浮かべた。
【口が、滑ったかな?】
「……ぇ?」
【アカバヨツキも、とっくに違反している。君も気を付けることだね。じゃあ……サヨウナラ】
このまま行かせてはいけない。
そんな直感に従ってヨツキの姿をした何かに手を伸ばすが、何とあたしの手は何かの身体をすり抜けてしまう。
見れば、何かの身体はどんどんと透けていた。
「ま、待って! あたし、ルール知らないーー」
【ちゃんと寝て、予知夢を見ること。それ以外にルールなんて無いよ】
そう言い残しーー何かは、消えた。
あたしは腰を抜かして、放課後になるまでその場から動くことができなかった。