廻堂悠一の体験談「秋の夜に潜むモノ」
あれは、日の早く落ちるようになった秋の日。
部活を終えて、帰っている途中のことだった。
「じゃあなー!」
「おう!」
一人だけ家の方が違う俺は、家からかなり離れた場所で部活仲間と別れ、そこから一人で帰る。
退屈が苦手な俺にとって、一人で帰るという状況はなかなかに苦痛だ。
だから帰る時にはいつも、ちょっとしたゲームをしながら帰る。
ーーその日も、あるゲームをしていた。
「……っと、ダメだダメだ」
街灯の光を避けて、暗闇に足をつける。
「こっちは……大丈夫だな」
光の隙間にある影を通って、その先にある暗闇へと足を踏み入れる。
……俺の考えたゲームというのは、『光に足を踏み入れない』というものだ。
これを成功させるために、わざわざ街灯や建物の少ない道を選んで帰っていた。
「結構むずかしいな……」
そんなことを言いながらも、ゲームをやっている内にどんどんと慣れてきた。
なんというか、光を見ると身体が勝手に反応して、影の方に進むようになってきたんだ。
今思うと、その時から少しおかしかった。
だけど、ゲームに対して純粋に興を覚えていたあの時の俺は、全くそうは思えなかったんだ。
「よっ、ほっ!」
あの時の俺がようやく違和感を覚えたのは、家までの道を半分ほど進んだ頃。
うっかり躓いて光を避け損ねてしまった時ーー
「えっ?」
ーー俺の影が、できなかった。
瞬きして、もう一度見た時には影があった。
だから気のせいか、もしくは見間違えただけとは思ったけど、どうにも気持ち悪かった。
だから、ゲームはやめてもう普通に帰ろうと思ったんだ。
だけど。
「え、なんだこれ?」
……身体が、勝手に光を避けた。
まるで、自分の身体じゃなくなったみたいに。
いよいよ怖くなってきた俺は、全力で家へと走った。
とにかく、安心できる場所にいきたかったんだ。
俺が本気で走ってしまえば、10分たらずで家にたどり着く。
光の溢れる我が家の玄関を見つけた俺は、必死の思いで駆け込もうとしてーー
「……!?」
足が、止まった。
俺は止まろうだなんて考えてない。
ただ、玄関から溢れる光を前にして、勝手に足が止まったんだ。
「な、なんで……っ」
俺は、ただただ困惑していた。
その時ーー聞こえたんだ。
【光は嫌いだ。入るな】
まるで、耳元で囁かれたみたいな声だった。
それを聞いた瞬間、帰るはずの家を前にしているのに、足がそこから離れようとする。
どんなに家に向かおうとしても、どうしても身体が言うことを聞かないんだ。
もうダメだ。
あの時の俺は、直感でそう思った。
けどーー
「廻堂? どこに行く」
何故か、俺の家からミライが出てきた。
「お前が学校にプリント置き忘れたから、わざわざ届けにきてやったんだ。秋はすぐ暗くなるんだから、遊んでないで帰れ」
そう言ったミライに引っ張られた俺の体は、あっさりと家の中に入ってーー
【光に入ルなあぁあアァアァァーーッ!!!】
まるで、俺を死ぬほど怨んでいる誰かが、その命と引き換えに絞り出したと思えるほどの、憎悪と憤怒、悍ましさが込められた叫び。
それを聞いた俺は、頭の中を直接掻き乱されていると思えるほどの激しい頭痛に襲われ……その苦痛に耐えきれず、気絶した。
その後、目覚めた時には家のベッドで寝かせられていて、身体が勝手に光を避けるようなこともなくなっていた。
あれから、あの声が聞こえたことはない。
◆
「どうだ?」
「そんなことあったの!?」
友人の話した衝撃体験に、思わず声が裏返る。
「あぁ。ミライが居なかったらヤバかったかもな」
「『ヤバかったかもな』じゃないって! なんでそんなことあったのに平然としてられんの?」
「いや、無事だった訳だし。結果オーライだろ」
他人事の俺は全身がブルブルと震えているというのに、張本人であるユウイチはカラカラと笑っている。
ユウイチーー図太いにもほどがある。
「ミラっち、そんなことあったの?」
「あー……そういえばあったような」
「『ような』じゃないって! ユウイチの話によれば目の前で気絶してるんだろ? なんで忘れてんの!」
「てへっ」
「『てへっ』じゃないですけど!?」
何というか……
……俺の友人たち、精神が図太すぎないか?
もはや、畏敬の念さえ感じるんだけど。
異常な友人たちにガクブルしていると、お望みのホラー話を聞けて満足げなジナが「うーん」と唸り始める。
「でも実際、声の正体って何なんだろね? 途中『影ができなかった』みたいなこと言ってたけど、やっぱそれが関係してるのかな?」
「あの声を出してたのが影なら、影ってのは光が嫌いなんだろうな」
ユウイチの言葉に、俺は違和感を覚える。
「それはおかしくないか?」
「ん? なんでだ?」
「だってさ、光がないと影はできないだろ? なのに光を嫌うっておかしくないか?」
「それは確かに……」
と、ミライが俺の言葉を否定するように首を張る。
「それ、逆なんじゃないか?」
「逆?」
俺がミライの言葉に首を傾げていると、ジナが「あっ」と、納得したように手を打つ。
「実は、影自体はずっとあって、光があるところじゃ自由に動けないから、本体を闇に置いておきたいーーみたいな?」
「身体が自由に動かないということは、乗っ取ろうとしてたってこともあるんじゃないか?」
「なるほど……ありそう!」
影、本体を乗っ取り説が進んでいくが、俺は絶対に納得しない。納得したくない。
「そ、そんな物理法則を無視したこと……あるわけなぃ……」
「レイーー最後の方、聞こえなかったけど?」
「ぅ、うるさい!」
天敵ジナが、必死に反論する俺を虐めてくる。
怪談の類を、何とか『霊なんか関係ないものだ』と判断しようとする俺の前には、いつもコイツが立ちはだかるのだ。
現在の勝率は、五分五分。
友人から直接聞いた話だという点を考えると、今回の俺は非常に不利だーーと。
「んー、でもなー」
ここで、話の中心人物から思わぬ援護射撃が入った。
「アレから声が聞こえてこないし、影が本体ってのは流石にないんじゃないか?」
「だ、だよな! やっぱユウイチは俺の味方だ!」
「カイドウ。私は影の仕業だと思う。カイドウもそう思わないか?」
「やっぱ、俺も影の仕業だと思うわ。ていうか、それ以外に考えらんねぇ」
「ユウイチーーッ!!」
この、裏切り者めが……っ!
「お、おいこら! やめろレイっ!」
思わぬ裏切りを見せたユウイチに、制裁のヘッドロックを仕掛けていると、ジナが「まあまあ」と宥めてくる。
「影が本体じゃないなら、影に『何か』が取り憑いたってことなら……どう?」
「え」
「影に取り憑いた『何か』は、光に弱かった。だからユウイチを乗っ取って闇の中にーー」
「やめろやめろぉーーっ!」
「なるほど。そういうことなら……」
俺の抵抗も虚しく、今のジナの言葉でユウイチは完全にあっち側だ。
というか俺も一瞬、納得しかけてしまった。
「これで三対一……もう、諦めよ?」
「ぅ……うわぁぁ! みんな嫌いだーっ!」
無様に負けを喫した俺は、ベッドの中に逃げ込んで布団を被った。
負け犬の俺にできる抵抗は、これぐらいである。
「さて! じゃあ次は、あたしの番だね! 少し休憩した後、始めるから」
「うるさい。俺はもう聞かないからな」
「そんな拗ねないで。ていうか、このまま終わったら、今日は寝れないでしょ?」
ビクッと身体が震える。
確かに、論破に失敗したまま終わってしまえば、今夜が眠れない夜になることは間違いない。
それを避けるには、勝たなければーー
「……くそぅ」
俺は、布団から顔を出した。
「ふ、チョロいチョロい。レイの扱いなんて慣れたもんよ」
……見ていろ、このホラー大好き星人が。
次は勝つ! 必ずだ!!