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人生かくれんぼ  作者: なおのぼる
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プロローグ「人生かくれんぼ」

 

 人生かくれんぼ。


 それは、ある小さな山村で細々と語り継がれていた伝承が、インターネットの普及と共に国中で囁かれるようになった噂話。


 世界には一定数の『鬼』が潜んでいて、生きている人間を見つけると捕まえ、食べてしまう。


『鬼』はどのような姿にも変わり、どこにでも現れ、どこまでも追ってくる。


 一度『鬼』に見つかってしまえば、逃げることはできないのだ。


『鬼』は今この瞬間にも、貴方を探している。



 ほらーー振り返ってごらん?



 ◆



「ーーって、いう話」


「やめろよ! 俺が怪談苦手なの知ってんだろ!?」


 思わず後ろを振り向いた後、見慣れた自分の部屋しか目に写らないのを確認した俺は、幼馴染の少女に猛然と抗議する。


 だが、少女はそんな俺の抗議もどこ吹く風だ。


「いやぁ、夏だしさ。偶にはいいでしょ?」


「いいくねーよ!」


 俺、『常夜(トコヨ) (レイ)』は、その真夜中に生きるような名前に反して、怪談やホラーが大の苦手である。


 リビングのテレビで夏のホラー特集番組が始まった途端に、自分の部屋に逃げ込むのは当たり前。

 怪談を聞けば耳を塞ぎ、怖いものを見れば目を瞑る人生。


 もう高校2年生だというのに、ホラー作品を最初から最後まで通して見た経験は一度も無い。


「レイは、ほんと怖がりだよねー」


 そんな俺に反し、幼馴染の少女『天音(アマネ) 二奈(ジナ)』は、大のホラー好きだ。


 明るく活発そうな見た目とは裏腹に、その趣味はダークサイド一辺倒。


 ホラー番組は逃さず録画、暇があれば怪談を読み耽り、新作のホラー映画を見つければ躊躇なくチケットを購入する。


 ホラーの見過ぎで耐性がつき、最近は怖いと思えなくなったのが悩みの種という、まさに俺とは正反対の人生。


 自分が怖がれなくなった反動か、ちょくちょく俺に怪談を届けてくる、厄介な天敵である。


「ね、この話ってさーー」


「ジナ、お前いい加減にしろって! 大体、もうすぐホラー大丈夫なヤツが来るのに、なんで俺に話すんだよ?」


「だって、レイの反応が一番面白いんだもん」


「だあぁっ!」


 自分の机を【バン!】と叩き、真剣な目でジナを見つめる。


「いいか? 俺はマジで怖い話が苦手なんだよ!」


「そこまで大真面目に言えるとカッコいいよ」


 ケラケラと笑うジナからは、これからも俺にホラーを届けようという、強い意思が感じられる。


 マジで誰か助けてくれ。


【ピンポーン】


 と、俺の願いが天に届いたのか、来客を告げるチャイムが家に鳴り響いた。


「あっ、来たんじゃない?」


「そうだな。怖い話は全てヤツに聞かせてくれ」


 逃げるように部屋を出て、玄関へ向かう。


 鍵を開けて押し戸を開くと、果たしてそこには俺の求めていた人物の姿があった。


「よっ! 大丈夫か? なんか疲れた顔してんぞ」


 軽く手を挙げてそう言うのは、大柄な体躯と日に焼けた肌をもつ、中学以来の俺の男友達だ。


 彼の名前は『廻堂(カイドウ) 悠一(ユウイチ)』、運動神経バツグンで、俺とは比べものにならないくらいに図太い神経をした奴である。


 その図太い神経が幸いしてか、怪談やホラーにはめっぽう強いので、彼には生け贄になって俺を助けてもらおう。


「ん? なんか、ひどいこと考えてねぇか?」


「考えてないよ」


「なんだ、気のせいか!」


 ついでに、勘も鋭い。

 そのことに本人が気付いてないので、全く活かせてはいないけど。


「さあ、入って入って」


 そして今すぐにジナの相手をしてやってくれ。


「あぁ、待ってくれ。俺だけじゃないんだ」


「え?」


「私もいる」


 ユウイチの横から顔を出したのは、色白で眼鏡をかけた少女ーー


「ミライも来てたのか!」


「……あぁ」


 どこか不本意そうに頷く彼女は、『虚世(ウツセ) 三来(ミライ)』。


 彼女もまた俺たちの友人で、ユウイチと同時期からよく共に行動するようになった仲だ。


 しかし、今日彼女が来る予定は無かったはず。


「ミライ、今日来るって言ってたっけ?」


「言ってない。たまたま通りかかったところを、カイドウに強引に引っ張られた」


「なるほどね」


 ため息を吐きながらされた説明に、俺は簡単に納得した。


 確かにユウイチは強引な時があるし、ミライはそういう時にもあまり抵抗しない。


「ユウイチ。ミライが抵抗しないからって、無理に誘うのはダメだろ?」


「いや、だって予定聞いたら無いって言うからさ。だったら別に一緒にいてもいいだろ?」


 ユウイチの反論を聞いて、思わず俺もミライのようにため息を吐きそうになってしまった。


 そりゃ、休日に予定が無い時もあるだろうが、だからといってそれが暇な時間とは限らない。


 貴重な自由時間の可能性だってあるのだ。


「お前がずっとミライに惚れてるのは分かるけど、やっぱりーー」


「バッ!? ちげーし! 何言ってんだレイ!!」


 最後まで言う前に、俺の声は顔を真っ赤にするユウイチの大声に遮られた。


 ユウイチは、かなり前からミライに惚れている。

 それこそ、会って三日目くらいから今この時まで、ずっとだ。


 そのことは周りにもミライ本人にもバレバレだというのに、ユウイチ自身は隠せていると思っているらしい。


「まあ、あれだ。応援はしてるぞ」


 ミライは顔色一つ変えたことがないので、ユウイチの恋が実るかは微妙だけど。


「な、何をだよ! ミライ、嫌だったのか?」


「別に構わない。暇だったのは本当だ」


「ほらな!」


 ドヤ顔してるとこ悪いけど、どう見ても気を使われてるぞ、ユウイチさんよ。



 ◆



「ーーっていうのが、『人生かくれんぼ』の話。どう? 怖かった?」


「違和感しか感じなかったな!」


 俺が耳を塞ぎたくなったジナの話を、平然とした様子のまま聞き終えたユウイチは、開口一番にそう言った。


「え? どっかおかしかった?」


「人間なんて、世界のどこにでもいる。見つけたそばから捕まえてるなら、今頃世界の人口はもっと減ってるだろ!」


「あー、それは確かに?」


「ユウイチ! よくぞそこに気付いた! やっぱ『人生かくれんぼ』なんて作り話だな!」


 ホラー嫌いは、えてしてホラーが作り話でしかない証拠を探そうとするもの。

 現実と怪談の間にある矛盾点を見つけ出したユウイチに、俺は盛大な拍手を贈りたい気分だった。


 と、ここでユウイチと同じく全く怖がる様子を見せないままに話を聞き終えたミライが、無表情で言葉を発する。


「分からないぞ。よほど『鬼』の数が少ないか、人里離れた場所から出てこないか、一度捕まえると次に捕まえるまで時間を置かないといけない、という場合なら作り話とも限らない」


「なるほど! さすがミラっち! 頭いい!」


「かぁっ! ミライは天才だな!」


「これぐらい誰でも分かる」


 ふざけて大袈裟にミライを称賛する二人を、ミライがため息を吐きながら眺めている。


 だが、俺はミライの言葉に納得いかなかった。


 というか、せっかく見つけ出した矛盾を、捕まえて離したくなかった。


「いやいやいや! それは無いだろ!」


「なぜ?」


 首を傾げるミライに、俺は必死に言い募る。


「だって、話では『鬼は一定数』ってなってたから、ある程度の数ではあるはずだし! そんだけいれば全部が全部、人のいないところに住んでるってことはないだろうし! ある程度の数がいれば、時間を置いて捕まえてもそこそこ人の数は減るだろうし! やっぱ作り話だって!!」


「うわ、レイってば超必死」


「そんなに作り話にしたいのか……」


 慌てる姿がよほど滑稽だったのか、ジナとユウイチの二人には、呆れた顔をされてしまった。


 が、一方のミライは、なんだか面白いものでも見ているような顔をしている。


 ミライがこんな表情をするなんて、珍しい。


「他に矛盾を解消する何かがあるとすれば……『鬼』が人を捕まえるには条件があるーーとか」


 面白いものを見る表情から変えないままに発されたミライの言葉に、今度は俺が首を傾げる。


「条件?」


この手のゲーム(かくれんぼ)が成立するには、幾つか条件があるんだ」


 そこからミライが挙げた条件は、


 ・ゲームが行われていることを知っていること

 ・ゲームに参加していること

 ・ゲームにおける互いの役割を知っていること


 ーーの、三つだった。


 かくれんぼが行われていることを知らないと、そもそも参加の有無も選べない。

 そこでゲームに参加しないのなら論外。

 そして自分が隠れる役割だとして、鬼が誰かを知っていないとゲームが成立しない。


「『鬼』がどんな姿にでも変わるなら、見たところで『これが鬼だ』なんて滅多に気付けない。隠れる方が見つかったことに気付かなければ、かくれんぼにならないだろう?」


「じゃあ気付いてないだけで、これまで鬼とすれ違ってたこともあるかもしれないってこと!?」


「あるかもしれないぞ」


「すごい! そういう話、わくわくする!」


 仮にその話が本当なら、かくれんぼに参加しながら『鬼』に気付いた者しか捕まらないことになる。


 だったら捕まる者など、ほとんどいない。


「ひ、ひええぇ……」


 矛盾を潰された俺には、もはや毛布に包まってガタガタと震えることしかできなかった。


「レイ……震えすぎじゃね?」


「怖がらせすぎたか? すまない」


 ちっとも悪そうな顔を見せずにそう言うミライを、恨みがましく睨む。


 矛盾を見つけて気持ちよく終われそうだったのに、なんてことしてくれるんだ。


「まあまあ、落ち着けよレイ。そもそも参加しなけりゃいいんだから、何も怖くないだろ?」


「……そ、それもそうか」


 ほっと一息ついたところで、ホラー大好き星人のジナが口を開く。


「どうだろうね。いつの間にか参加してるとか、怖い話でありがちじゃない?」


「ひいいぃ〜っ!!」


「あはははっ! やっぱ、怖がるレイおもしろすぎーっ!」


 ジナ、貴様は許さん。

 そして、矛盾を潰すミライも許さん。


 今日はやけにミライがジナ派なのは、ユウイチが無理やり引っ張ってきたせいで反ユウイチ派になってるからだろう。


 よってユウイチ、貴様も許さん。



「あー、もっと怖がるレイ見たーい。ねぇ二人とも、なんか怖い体験談とかない? あたしも聞きたいし」


「うぅ〜ん……あ、一つあったわ」


「妹の話でいいなら、私もある」


「聞かせて聞かせて! 何ならあたしもするし!」


 俺が心底震える横で、何故か俺を怖がらせるための話がされることが決まった。


「じゃあ、ユウイチからおねがい!」


「おう!」


 俺は確信した。


 こいつらこそが、鬼だと。

 鬼なんて、割と身近にいるものなのだ。



 きっと皆さんの近くにも、鬼はいるだろう……

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