1-7 勇者の杞憂
「なあ、赤沢」
「なんだ?」
「これ、この事態ってなんとかなるもんなのか?」
ここへ来た目的である、情報収集を始めるイーグル倉田。
「さあなあ。
何故かギルド職員のNPCなんかもギルドにいないんだよなあ」
「ああ、そうか。
確か、非常時にはギルド経由で運営に連絡するルートもあったんだよな。
あれって時々、中の人が運営の社員になっていないか?」
なんというか、SNSサイトの企業アカウントを運営している中の人のような感じであろうか。
あるいは自らもログインして、プレイヤー目線でゲーム内を見回る運営社員とか。
「そうだ。
今、他のギルドにも、うちのメンバーに手分けをして見に行かせているんだが。
一応は情報の収集も兼ねて、自分達の拠点ではなく、ここ冒険者ギルドをうちのクランの集合場所に指定している」
「そういや、街でもNPCの連中も見ないんだが。
ふらふらと歩いている連中は、皆素顔のプレイヤーなんだろうしな」
「ああ、気がついていたか。
商店なども軒並みシャッターが下りている。
あれはシステム的に強制的に中へ入るわけにいかないしな。
各種ギルドの中には入れるが、肝心のNPCのギルマスがいてくれない事には、なんともしてもらいようがない」
「盗賊のスキル持ちも進入は駄目なのか?」
「ああいうのは、それが許可されたイベント限定の能力だろうな。
すでに試させたが駄目だった。
そもそも、うちも強制ジョブチェンジで本来の能力を発揮できる人間が少ないのさ。
盗賊も他のクランに頼んで試してもらっていた」
そこでイーグルは気がついた。
「あれ、するとお前って、今日は勇者以外のジョブになっていたって事?
珍しいな。
他の格好をしているのを見かけた事がないんだけど」
「ああ、俺は勇者のジョブ以外はデフォルトの普段着アバターしか持っていない。
今日はクランの活動を全休にしてあったので、クランの拠点でそれに着替えてのんびりしていたのさ。
いつもなら、リーダーで勇者の俺がだれていたりは出来んのだが。
お蔭で自動的に勇者アバターに切り替わっていた。
まあそれが不幸中の幸いだったけどな」
思わず、ぷふっと小さく噴いたイーグル。
「いや、一歩間違えると普段着アバターの勇者が誕生していたのかー。
そいつはヤベエな」
そして、レッドアントの赤沢がイーグルの倉田に囁いた。
「冗談事じゃないぞ。
万が一、これがただのシステムダウンじゃなくて、なんらかの原因で俺達の意識がここへ閉じ込められているのだとしたら、魔王戦なんか実際の戦闘のような体感になってしまいかねないのだからな。
そんな危ないかもしれんような状況で、勇者抜きで魔王とやる破目になっていたかもしれんのだぞ」
イーグル倉田も同じく囁き返した
「おいおい、聞き捨てならんな。
まるでイベントの魔王戦に負けたら俺達がどうなるのかわからんみたいな言い方じゃないか」
「この異様な状況では予想もつかん事が起きても不思議はないという事だ。
今、例の強制的ジョブチェンジの影響で強力な戦力が貴重でなあ。
うちも戦闘職が殆ど消えた。
お前と二階堂とミミは、結構いい戦力なんだ。
場合によってはうちに来てほしい」
「俺は別に構わないけど、他の連中がなんて言うかなあ」
「まあ心しておくだけ、しておいてくれ。
あいつらってマイペースだから、お前にだけ先に言っておく」
「このゲームって、そういう奴ばっかりだと思うけどな。
まあいい、了解。
なんかあったらフレンド登録画面から俺を呼んでくれ」
「ああ、頼んだ」
それから、何故かウサギが一匹ピョンピョンと跳んで足元へやってきた。
「あれ? なんだ、この可愛いウサギ。
NPCはもういないんじゃなかったのか」
「ああ、その格好。
お前ってイーグル、倉田なのか。
なんか実物は凄い違和感があるぞ。
ほらあたしよ、ショウ。
相模晶だってば」
「うわ、ショウだったのか。
なんで、お前だけウサギ!?
他の連中はみんな本人になっているというのに。
ハッ、もしやお前の本体って!」
思わずズサーっと後ずさるイーグル。
こういう感じに真面目な顔でボケるのが癖なのであった。
「この馬鹿鷹、アホな事を言わないように~。
一応、本体は女子大生です。
これ、イベントで貰ったウサギアバターだったんだけど、動物アバターに強制フラグが立った場合は声だけ本人で姿はその動物になるみたい。
他に犬と猫とハムスターがいたわよ。
あろうことか、全部うちのクランの面子だわ」
「なんてこった……もう滅茶苦茶だな」
「これ、戦闘力とか全然ないのよね。
装備も何もないし」
「そりゃあ、ただの可愛いだけの周年記念ペット風アバター・プレゼント企画の景品なんだからなあ……」
「よりによって、これが換装不可能な固定アバターとして当たるとはー」
彼女はソルジャーアント・クランのサブマスであり、三種の戦闘キャラをとことん極めていた。
それがなんとただのウサギに大当たりとは。
もっとも本人も、このウサギがアバターとして当選した時にクランの拠点中を小躍りして回ってログイン中のメンバー全員に見せびらかしていたくらい、かなりお気に入りなのだったが。
ある意味で美紅並みに本望なのであった。
「マスター・レッドアント、やっぱり駄目ね。
商業ギルドも無人よ。商人プレイヤー達も集まって騒いでいたわ」
「うちも駄目っス。
薬師ギルドも無人なんで、もうポーション類もプレイヤーが自力で製作するしかないっすね。
だが果たして、今の状況下でそれをやれる人材がいるのかどうか。
原料が入手できるのかもわからないし」
そう報告してくれたのは、これまた可愛らしいチワワだ。
なかなか綺麗な毛並みをしている。
「あ、可愛いー」
それをヒョイっと抱き上げたのは美美だ。
「うわ、あんた誰っすか」
「ああ、大橋。
そいつはガンスリンガーのミミだ」
「あれっ、そうなんすか。
爆乳ガンスリンガーも良かったですけど、実物の普段着ミミもなかなか可愛いっすね。
ちわっす。
俺は大橋渡、ああ登録名はブリッジマンっすよ」
「チワワっす。
ああ、勇者さんとこのクランの突撃隊長の人かあ。
あの目を吊り上げた凄く気合の入ったアバターの本体さんがこんなに可愛かっただなんてー。
もう胸の谷間に埋めちゃうぞー」
ふざけっこをして、知り合いのプレイヤー(犬)を弄る美美。
「あうっ。
この抱き上げられながら背中越しに感じる素敵な感触が、ちょっと嬉しいのが逆に物悲しいっす。
出来れば、また今度人間の時にお願いしまっす。
ちなみにこれは俺の本体じゃないっすから」
だが、美紅が小首を傾げながらチワワに訊ねた。
「そのアバターって、どういう感じに動かしているの?
あたしらの体って、なんか普通にいつものように自然に動かせているんだけど」
すると、チワワとウサギは目に涙を溜めてウルウルさせながら答えてくれた。
「そりゃもう練習したっすよー、必死で。
この四本足で歩けるようになるまで、しばらくかかったっす。
というか、もう無理やり動かしてる感じっすかね。
二人三脚とムカデ競争を合わせたような感覚?」
「あたしなんか、デカパン競争っぽい感じかなあ。
マジで泣けるわ。
人間としての尊厳があ」
リアルさを追及し過ぎたあまり、このような悲壮なメンバーを作り出してしまった罪作りなゲーム。
「あっちゃあ。
あたし、人間アバターでよかったなあ」
だが、それを聞いてマジで悔しがっている奴が一名いた。
「なんと、そんな美味しいアバターがあったとはー。
あたし、あれの景品は抽選に外れちゃったのよねー!
悔しい~」
「美紅、あんたもう黙っていなさい」
後には、そのあまりな感想を聞いてただプルプルしている白ウサギとチワワがおり、それにいつの間にか合流してきた、同じくプルプルしているアメショーとシャンガリアン・ハムスターが混じっていたのであった。




