1-44 静けさのファーム
あちこちを回って、案の定内側に設置されていたスリットを用いてゲートを開放した。
それらはまた意地の悪い事に、スリットの前にご丁寧に雑草が生やしてあったという念の入れようだ。
まあ、美美A地区から入って一番近くのゲートからスタートなので、そういうゲートに当たる事はまずないのだが、まかり間違うとスリットが見つからないケースもあった訳で。
美美も「まったくもって憤慨しちゃうわ」などと言っていて、狩猟ギルドの人から笑って宥められていた。
とにもかくも、ようやく御土産をたくさん持って、農場へ向かう事が出来るようになった。
「C地区まで送りますよ」
「ありがとう、助かります」
A地区にも自動車はあるのだが、煩雑な都会の煩わしさを排除するために自家用車はない。
古風なタクシーや乗り合い馬車などが、いかにもゲームらしく雑多に入り混じっているのだ。
自動車関係ははまた違うゾーンがある。
自動車好きなユーザーもかなり多く、それを満足させるため現実では手に入らないような高価で凄い車に乗れる地区は必須なのだ。
そこには各種のサーキットまである。
大概の人は徒歩で移動するのだが、中には自転車を乗り回す人もいる。だが、みんなさほどスピードは出さない。
ここは、そうガツガツするような場所ではないのだ。
日常のそういう空気を離れて、息抜きをしに来る空間なので。
スポーツ系をガリガリやる人は、様々なスポーツの各種大会が催される別のゲームにいる。
B地区までのオープンエアドライブをチワワが堪能しまくっていた。
美美の膝に乗って、低めの窓を下げたドアの側面に前足をかけ、気持ちよさそうに顔を風にそよがせている。
「そうしていると、あんたも本当にただの可愛い犬みたいよ」
「あはは、車に乗った犬がこうしたがる気持ちが今はよくわかるっす。
いや、こんな体験が出来るなんて、まるで犬に転生したみたいで、ちょっと楽しいす」
「そうかー。
美紅が悔しがる理由が少しわかるかな。
あたしも持ってないんだよね、そういうアバター」
「ミミさんがそれを持っていて、万が一動物になっていたら、えらい事じゃないですか。
一ヶ月でプレイヤー全員飢え死にっすよ。
マジのデスペナってあるんですかね」
「日本で目覚めて生き返る保証もないしね。
今度は全員でゴーストプレイ?」
「それは微妙っす。
それだと俺なんか、ただの動物霊じゃないすか」
「でも、チワワは高いと思うから低級霊じゃないんじゃない?」
「ああ、値段で動物霊の低級高級が決まるもんなんすかねえ……」
そんなとりとめのない会話をしているうちに、車はB地区へと着いた。
「ここから、どこへ行きます?
ついでだから送りますよ」
「ああ、じゃあ野菜農場のビタミンファームへお願いします。
仲間がそこへ行っているそうなんで」
「わかりました。
農場開放、楽しみにしていますよ。
ジビエや野草は用意しておきますので」
「任せてください。
今度は要領も掴めたと思いますし」
「いや、狩猟場の方はまた難解なクエストでしたな」
「まったくですう」
だが、先方でトラブルが発生しているという内容が気になるのだ。
行けばわかると美紅は言っていたのだが。
「ほら、着きましたよ。
ん? なんか様子が変だな」
「え、どんな風に?」
「なんかねえ、いつもより活気がないというか」
「それはNPCがいないせいなのでは」
「いえね。
ここは、プレイヤーが圧倒的に多いので、そういう事はないと思うのですが。
うちもそうなんで、貴女が来た時も人はそれなりにいたでしょう?
農場は狩猟場とは違って、もっとたくさん人がいるはずなんですが」
美美も改めて周囲を見回したのだが、確かにまるでゴーストタウンのようだ。
「あら、本当」
そしてチワワも鼻をくんくんと鳴らして言った。
「あまり人の匂いがしないっすよ。
うちの連中の匂いはするけど。
なんていうか、街全体がそういう雰囲気っす。
ほら、狩猟場の中なんかも手掛かりに乏しい感じだったでしょ。
あれに近い空気かな。
一体どうなってるっすかねえ」
「マジで?」
そして美紅からコールが入った。
「おっす、美美。
もう着いたかな」
「ああ、うん。
今来たとこよ。
なんか人気がないけど、一体どうなってるの?」
「まさにそれよ。
今、皆でバラけてここの住人プレイヤーを捜索中なのよ。
美美、今どこ?」
「野菜農場のビタミンファームだよ。
みんな、ここにいるって言ってたから」
「一応、そこを集合場所と塒にしてるよ。
門前の野宿だけどね。
もうシェルターまで戻っている余裕もないし。
いやC地区は広いわ」
「そりゃあ、牧場なんかも含む農場地区だもんね。
畑に田んぼに牛馬豚鳥と。
ああ、涎がでちゃうなあ」
「取らぬ狸ミミの和牛算用だね。
ああ、あたしも美味い物が食いてえ!
もう災害食みたいな携帯食料は飽きたあ」
「じゃあ、合流しよ。
みんなも呼んでちょうだい。
こっちでお昼ご飯の準備をしてるわ」
「わあ、待ってました。
腹が減っては捜索は出来ぬ、とね。
じゃあ、早めに行くよん」
狩猟ギルドの人も首を捻り、こう申し入れてきた。
「それはまた面妖な話だ。
せっかく、うちの狩場が開放されたというのに。
わしも話を聞かせてもらっていいかね」
「どうぞ、どうぞ。
どうせなら、各地区みんなで連係しましょ」
というわけで、期せずしてA地区の自治会とB地区の重鎮っぽい感じの人間で会合を開く形となった。