1-40 なんてこった
「ねえ、あたし達ってさあ。
何か根本的な間違いをしているような気がしない?」
「あー、どうっすかねー……」
半ば死んでいる、ブリッジマン大橋が虚ろな目で答えた。
丁度いいので水道施設を用いて体を簡易に拭かれ、別のリュックに放り込まれているチワワは、ほぼ思考放棄状態であった。
当然、そこにてスリットは発見されなかった。
「なんかね、こうさ。
決定的に方向違いの考え方をしているっていうかさ。
このゲームのクエストって、こういう感じじゃないと思うの」
「ああ、そうかもっすねー」
「うん、なんていうか、こうもっとパズル的って言うかクイズ的っていうか、理知的な要素があるもんじゃない?
それで解いた時に『やられたーっ、こう来たかー』って感じの何かがあるみたいな。
まあ、さすがクエストはやっつけ甲斐はあったぜ的な要素が」
「確かにそうかもしんないすね。
少なくとも、こう闇雲に歩き回って目を回したって見つかる性質の物じゃなかったような」
「そうなのよねー。
なんかこう違和感があってさ。
絶対になんか見落としている気がするのよね」
「しかし、ヒントが少なすぎるっすね」
「そうなのよねー」
あれから、かなりの量の野草やキノコ類などを採集し、あれだけの虎の縄張りにも関わらず、何故か一頭突っ込んできた大きめの猪を真正面から十五ミリ口径ライフルで撃ち倒して土産を増やして、ゲートへの帰途についていた。
四十分ほど、まだ半分虚ろなチワワ相手に、ああでもないこうでもないとブツブツ言いながら、ゲートまで帰ってきた。
そして、ようやく美美は背中からチワワを開放してやった。
しかし、まだよろよろしていたワンコはひょろひょろっと、ゲートの左側の支柱の前にへたりこんでしまった。
「あらまあ。
ま、帰って来たからいいんだけどね」
だが、チワワは何故か起き上がって来ず、そのまま震えだした。
「あれ、まだ具合が悪かった?」
それから、美美は慌てて銃を取り出し構えた。
まさかと思うが、森から何かの獣が後をつけてきていたとか。
あのアムール虎が番の設定だったとか。
だが、チワワがシクシク泣きながら説明してくれた。
「ミミさん、ちょっとしゃがんでくれますか?
ああ、銃は下ろしても大丈夫っす。
このオーディは、こんな出入り口にトラップ的に猛獣が現れるような鬼畜なゲームじゃないっすから」
「へ?」
確かに見渡しても、この見晴らしのいい整地されたゲート付近に猛獣どころか草食獣さえいない。
そもそも、獲物は捜しに行くものなのであって、ゲートの内側で待ってくれているわけではない。
猛獣と呼ばれるような肉食獣だって、ここでは立派な獲物の一つなのだから。
現実世界で彼らは保護動物扱いになっており、もう決して猛獣狩りなど楽しむ事など出来ないので、ハンターに憧れる人達がゲームの中で遊んでいるだけなのだ。
「じゃ、じゃあ何⁇」
「これを見て欲しいっす……」
「え、どれどれ。
って、あーーーーっ‼」
そこにあった物は。
「ス、スリット……こ、こんなところに」
「自分も、偶然ここにへたり込まなかったら見つけられなかったすよ。
本当に目の前にあったんで」
そして、美美は自分の頭をポカポカと両手で叩きたくなるのを必死で堪えていた。
あまりの馬鹿さ加減に。
「そうよねー……そのゲートを潜って、真っ先にある人工物はそいつの裏側だわね。
でも一歩中に入った瞬間に、それはもう後ろ側にあって、プレイヤーは前しか見ていないから絶対に見つからないという……」
もう美美は半泣きであった。
スリット発見の喜びなど、どこにもない。
「そして、散々苦労しても見つからなくて毎回項垂れて帰ってくると自然に目線が下にいくし、あるいはゲートに手をついて俯いていると、しまいにはこれが見つかるという事ですな。
うちは俺が小型犬だから、まだ早めに見つかった方じゃないんでしょうかねえ……」
確かに、これがまた厭らしい事に、地面スレスレのところに見にくい感じで設置されている。
散々探し回って帰ってくるのは大概夕方だろうから、光の加減もあって、まず見つからないという阿漕さだった。
まだ左側にあるだけ良心的だ。
実は右側にあると発見の確率は更に下がり、十%以下に落ちるのではないかと推測される。
「うぎゃあああああ」
夕日が照らすゲートに、運営の無情に泣き叫ぶ美美の雄叫びが木霊した。




