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1-4 お隣さん

「メンタルもバイタルも特に異常なしっと」


 美紅は、ゲーム中に現実の自分の心身の体調を監視できるパラメータを引っ張り出していた。


 これは問題があれば警告のアラームがなるし、一定の数値に達すると更に自動で強制退場となる。


 よくあるのが、ゲーム世界に興奮し過ぎて「てんかん」を起こす子供とか、ダイエット中の女性が貧血を起こして意識を失うようなケースだ。


 あと何かのイベントなんかの最中に居眠りをしていると、警告アラームで叩き起こされる。


 ゲーム内で乗物に乗っている時とかは無条件でそうなる。


 安全に寝落ちする場合は、そのままスルーされて、リアルでも朝の時間まで寝かされてしまうので注意だ。


 ゲームに熱中していて会社に遅れてしまっても自己責任なのだから。


「同じく正常~っと。

 まあなんていうか、ただ寝ているだけっぽいよね。


 あんた、今どこでゲームをやってるの?」


「いつもの如くベッドの上よん。

 そういう、あんたは?」


「こっちも、いつもの椅子の上だよ。


 しまったあ、あたしもベッドの上にしておけばなあ」


「後悔先に立たず」


 だが、そこで背後から声をかけてきた人がいた。


 やけに野太い声だったので、思わず振り返る二人組。


「ねえ、そこの黒髪美人のガンスリンガー。


 その背中の可愛らしい、トレードマークのウサギマークは、あんたはもしかしてミミちゃんなの?


 そっちの限定遊び人大会優勝賞品の『遊び人の聖衣』を着た遊び人は、もしかしてミックンなのかしら?


 あんたって、実物は案外と童顔で可愛い系なのねえ」



 遊び人の聖衣、それは即ち『禿げズラ&鼻眼鏡』を装着し、腹話術士っぽい感じの、派手派手でやや妙ちきりんなデザインの、真っ赤なスーツを着込んだパフォーマーのようなスタイルの事である。


 胸元の、スーツとアンマッチな感じにわざと装着されている四角っぽい形の蝶ネクタイが特徴的だ。


 美女設定のアバターでそれをやると、結構ウケたりするので美紅のお気に入りの衣装なのだ。


 この禿げズラは装着すると、長髪でも見事にズラの下に収まる設定なのだ。


 所詮はゲームの中のアイテムなので。


 こんな時にも、そんなボケた格好をして楽しんでいる美紅。


 肝は結構太いようだった。


 それでも不思議と十分に可愛く見えるのであったが。


「そ、そういうあんたは誰っ!?


 何故、あたし達の事を知っているの?」


 何しろ、相手は超本格的な感じの『オカマさん』だったので。


 しかも、かなりのガタイの良さで長身の上に幅も異様に広い。


 なんというか、プロレスラーとしてマントを着てリングへ入場してもいいくらいのいい体をしていたのだ。


 それを見事にオカマ風にクネクネさせていたけれど。


 非常にケバイ感じの濃いお化粧が目を引く。

 特に目の周りの。


 ただし、スタイルは完全にバトル系の黒い革服なので違和感がありまくりだ。


 なんというか、見事なまでのオカマ戦士だ。


 いや、格闘家スタイルなのか。



「んまーっ。

 あらん、いやねえ。


 あんた達ったらあたしの事を忘れちゃったのー。

 この薄情者ー。


 ミミのお隣のビルに入居している、おかまバー『紫パンダ』のママ、爛々よー。


 よく二人で一緒に店へ遊びに来てくれているでしょ」


 どちらかというと、化粧の濃い目元が爛々といった感じの方なのだが。


「きゃー、あんた爛ママだったの⁉

 何、その変わり果てた姿は。


 っていうか、リアルでも立派なオカマさんだったのね。

 迫力あるう」


「声も凄く野太いよ!?」


「そらそうよ。

 前に言わなかったっけ?


 お店が休みの時でないと夜はなかなかゲームに来られないけどね。


 今日はお客さんが少なくて、リアルの方のお店を早めに閉めたんで、寝る前にちょっとと思ったら、見事にこのザマよ」


 そのメインジョブである『おかまバーのママ』のアバターは、素敵な男性アバターと組んずほぐれつしたいがために、お店用のキャラよりはグッと濃さは抑えてカスタマイズされた「いい男風」のキャラだったはずなのだ。


 だが、今はもう完全にどっぷりと濃すぎるほどオカマ丸出しの肉弾格闘系キャラだった。


 ちなみに、最初に選んだはずのジョブもオカマであった。


 というか、オカマ戦士・オカマ剣士・オカマ魔道士など、すべてのジョブがネタ枠であるオカマジョブで統一されていた。


 今の『彼女』は、やはりオカマ戦士であると思われる。


「いつもは、お店の方でも猫を被っていたのね」


「いやん。

 だって素のあたしがママなんじゃ、普通にゲームをやるようなノーマルな層はお店に誰も寄ってこないじゃないの」


「そりゃあ、ごもっともな話で」


 ゲームのお店ではもっと普通の、よくスナックなんかにいるような感じのオカマさんのアバターで、口調も適度に抑えた感じなのだが、今のこれはもう完全にアカン奴だった。


「ねえママ。

 これ、一体どうなっちゃってるの?」


「そんなの、こっちが訊きたいわよ。


 それにしても、オカマバーのママ設定のあたしが何故戦闘スタイルに。


 ログアウトできないと、他のジョブに換装できそうもないから、こっちのお店はこれで営業するしかないのかしらねー。


 もうハードゲイにでも転向するしかないのかしら」


 そう言いながらもクネクネと身体をくねらせ、オカマアピールは忘れない爛ママ。



「うん、落ち着いたらまたお店に遊びに行くよ。


 あたしらはママの本当の姿も特に気にならないかな。


 もうこの数瞬で、すでに見慣れた感じ?」



「あんた、本当に順応性が高いわねえ。


 さすがは遊び人大会の優勝者だけはあるわね。

 それでこそミックンよ」


「それはどうでもいいけど、ママって凄い体をしてるね。


 あたしの脳内に住んでいる、見慣れたいつものママのゲームアバターの方が思いっきり霞んで見えるくらいだよ」


「あら、これくらい鍛えていないと、新宿あたりでオカマバーなんてやっていられないわよ」


「なんでさ……」


「ねえ、そういや他の子達はどうなのかしら?」


「まだ連絡してなーい」


「この広場にいたら、なんとなく知り合いが多数ふらふらとクラゲのように漂ってきそうよねー」


 爛ママも、なんとなく体をくねらせて品を作りながら、そのような感慨を述べた。


 しばらく知り合いを求めてキョロキョロしていた美美も会話に混ざる。


「そだね。


 ところで美紅、いやここではミックンなのか。


 その鼻眼鏡と禿げズラは付けたままなの?」



「ふ、今のこの私からこれを取ったら何が残ると」


 確かに、そういうアイデンティティを失ってしまったら、ほとんど只のお荷物にしかならないのが遊び人というジョブの宿命なのであったが。


「装備の強制解除を使おうよ。

 デフォのアバタースタイルに戻るだけだからさ。


 さすがにずっとその格好でいられるのは、ちょっとなー。


 あたしも半ば服が脱げそうな按排だし、いい加減に調整したいわ」



「いやまあ、別にいいんだけれども」


 そして二人とも、その場で装備強制解除のコマンドを使って普通の格好に戻った。


 美紅はブルージーンズのツナギにチェックのボタン止め長袖シャツ、美美は草色の膝丈ワンピースと象牙色のカーディガンに、真っ白な鍔付き帽子だ。


「でも、この格好だと知り合いに見分けてもらえない事ない?」


「まあフレンド通信で連絡を取ればいいんじゃないかな。


 あ、あれって、もしかしてイーグルなんじゃない?

 やっぱり見慣れない顔だけどさ」


 本来の彼のアバターは、いかにもゲームに登場しそうな西洋風の顔立ちの屈強な剣士なのである。


 だがその少々拘った変わらぬスタイルと背中に刻まれたイーグルの派手な絵柄は、ゲーム内での知己から見て、明らかに見間違えようもない。


 トレードマークの特徴的なピアスも。


「あ、本当だ。

 おーい、イーグル」


 すると、イーグルと呼ばれたひょろっとした感じで背の高い醤油顔の男がくるっとこちらを向いて近寄ってきた。


 彼は腰にやや大きめの剣を差した剣士のスタイルをしているが、やはり少々貫禄の足りない雰囲気だ。


 超リアルなアバターを突然日本人にした段階で、いかなるゲームキャラも貧相に映ってしまうのはフィジカルな面から見て、致し方ない。


「この状態の俺を知っているという、お前らって一体誰?」


「ミックンと」

「ミミだよ」


「なんだ、お前らだったのか。

 いつもの装備を外しているし、顔とか体付きとかがまるで違うんでわからなかったぜ。


 へえ、二人とも実物は割と可愛い顔をしているんじゃないか。


 す、するとまさか、そっちのどっぷりと濃そうなプロレスラー系のオカマは、もしかして爛ママなのか⁉」



「あたーりー。

 正解者のイーグルちゃんには、あたしの素敵な頬ずりをプレゼントよー。


 いつもと姿形が違っていても、あんたもなかなかいい男じゃないの。


 そーれ、じょーりじょり。

 んーっ、チュっ!」


「うぎゃああああ」


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