1-39 森の王者
しばらく探しまくっていたが、肝心の目標はさっぱり見つからない。
チワワも犬の能力を駆使して頑張ってくれていたが、さすがに駄目だったようだ。
「次、行くー?」
「そうしますかー……」
お次は監視塔だ。
ここまで来れば、もう美美にもはっきりわかる。
数百メートルほど歩いて、近くまで寄ってみると、高さ三十メートルほどか。
なんていうか、櫓というか、西部劇に出てくる水タンクあるいは大樽を載せる台みたいな感じだった。
仕方がないので、この大きな建造物を隅々まで二時間かけて調べ尽くしたが、それらしき物はどこにもない。
諦めて、見晴らしのいい櫓の上で昼御飯にする事にした。
美美は、携帯コンロや小さな折り畳み椅子を取り出して、チワワ用の肉を調理しだす。
自分の分は面倒になったので、作り置きのバッファローバーガーと試作品のタンポポコーヒーで済ました。
「うむ、タンポポコーヒーの風味はイマイチか。
ま、しゃあないわね」
「いやー、見つからないっすね。
こういう立体物の探索は、足の短いチワワには向いてないっす」
「無期限のクエストだもん。
こんなもんよー」
「そういや、そうすねー。
次、どこ行きます?」
「やっぱ、新しい森ね。
何か採集したいから。
今日はそこで終いかなあ」
そして、森へ行きがけに羊の群れを発見し、美美は容赦なくライフルで撃ち撒くった。
あまり大口径の銃では肉が傷むので、今度は普通の三十口径のライフルだった。
ここでは日本の銃砲の基準ではないので、弾倉には二発までだなんて言われないから助かる。
「ふう、羊肉大量。
マトンだから、ジンギスカンがいいかな」
「あのう、鹿の親子は可愛いから撃たなくて、可愛くメエメエ鳴く羊は大量虐殺OKなんすか?」
「あのね、こいつらの顔をよく見なよ」
そう言われてみれば、改めて顔を拝んで、大橋も羊が結構醜悪な感じなのに気がついた。
血を吐いて目を見開いている感じが怖い。
「羊の頭を持つ悪魔とかもいるくらいだからねー」
「それ、山羊じゃないっすか?」
「似たようなもんよ」
「羊より鹿肉の方が美味しくないすか?
柔らかくて癖のないラム肉じゃなくって匂いのきついマトンが殆どだし」
「シャラップ。
犬の分際で贅沢言うなあっ」
「いや、俺なんて精々肉を焼いてもらうしか出来ないもんで」
「そういや、そうだったね。
あ、栄養が偏りそうだからドッグフードも食べようか。
犬のご飯の栄養素は今一つわかんないのよね。
それに犬猫って食べちゃ駄目な物が多すぎ」
「仕方がないっすよ。
元々、料理したものを食べる生き物じゃないっすからね」
都合三十分ほどで森へと着き、捜索は犬の鼻に任された。
「じゃ、クエストは少しの間お願い。
ちょっと採集に入るから。
後でミス処理施設を見てみよう。
ここも、なんか普通の森っぽい感じねー」
「まあ期待薄ですけど、捜索残しをやるのもまた辛いっすね」
そして、美美は目を輝かせた。
ここはキノコの宝庫だったようだ。
他の野草もある。
「おー、ベニテングダケを発見!」
「俺は食わないっすよ。
この小さな体じゃ、一口で致命傷じゃないっすか⁉」
「凄く美味しいらしいよ。
覚悟を決めてわざわざ食べる人もいるくらいだし。
まあ、あたしは試さないけどね。
このリアルな世界で、おトイレに閉じ込められるのは御免よ」
「トイレットペーパーも貴重ですしねー」
「犬や猫のお尻が羨ましい昨今の事情」
「それ、ただの畜生扱いって事じゃないっすか。
まさにチクショーっす」
そこまで言って彼は固まった。
まるで猫のように毛を逆立て、そしてギギギギという感じに振り向いた。
叩きつけてくる圧倒的な王者の貫禄。
「どないしたん?」
「シっ。何かいます。
こ、こいつは!」
美美は、大橋のその様子を見て、邪魔にならないように彼をリュックサックに詰め込んで背負い、すかさず『二十四ミリライフル』を取り出した。
リアルな世界では最大口径と思われる、この単発式ライフルに貫通力の高い弾頭をチョイスした。
こういう専用弾のマガジンがついていない単発式のライフルは、このゲームでは最初に込める一発をそのままリロード出来る設定なのだ。
やがて、下生えや灌木を踏み分けて現れたのは、なんと巨大なアムール虎であった。
「こいつは大物だなあ。
体長四メートルくらい?」
おそらくは確認されている個体では世界最大クラスではないだろうか。
そういうメモリアルクラスの生物を平然と森に置くゲーム運営。
そして背中のリュックの中で漏らしている気配が伝わってきた。
素晴しい芳香もその後を追って香しく立ち上ってくる。
「あ、ブリちゃん、なんてことを~。
お気に入りのリュックなのにー」
背中で洩らしながらガタガタ震えている犬は放っておいて、美美はそいつに向かって啖呵を切った。
「ちょっと、そこの猫。
その足をさっさとどけなさいよ。
そこらへんの野草、後で採集しようと思っていたんだから」
だが、そいつは意にも介さずに獲物を真っ直ぐに瞳で縫い留めていた。
だが、生憎と縫い留めておけるのは背中側で震えているチワワまでであったようだ。
手練れのガンスリンガーは、そいつの頭にピタリと銃口を向けていた。
美美の手にジワリと汗がにじむ。
絶対に外してはいけないシーンなのだ。
だが、予想外に瞬発力のある予兆のない跳躍に少々慌てたものか、あっさりと初弾を外した。
即座にリロード。
こいつは単発式なので、残数など気にする必要はない。
「ええい、溜めも無しにいきなり飛ぶなあ。
非常識な奴だな」
そいつは一瞬にして体を沈め、間髪入れずに跳躍したのだ。
まさに見事なまでに静から動を表した生ける芸術だった。
躱しざま、そいつの側頭部に弾を撃ち込んだ。
強烈な反動も、高レベルガンスリンガーのステータスとスキルが抑え込んだ。
象をも倒す、必中の大口径ライフルが、そいつの脳天をぶち抜いた。
「ふう、よかったー。
的を外さなくって。
胴体に穴をあけると、せっかくの素敵な毛皮が台無しだもの。
キッチンの二階にあるリビングの床に敷く敷物にどうかなと思ったのよ。
ねえ、ブリちゃん、これイカスと思わない」
だが、リュックからはシクシクと鳴く、か細いお漏らしワンコの泣き声が聞こえるだけなのであった。




