1-34 行軍の合間のお楽しみ
それから、しばらくは他の野獣の姿は見なかった。
熊の縄張りだったからだろう。
なんてリアルに作ってあるゲームなのか。
いやもう、ゲームなのかなんなのかもよくわからないのだが。
「ふう、これは一筋縄ではいかないな。
広いし、見当もつかない。
レンジャーみたいなジョブの人間を連れてきたいところよ。
タイムアップ(全員餓死)になるのが怖いわー」
「特に人工物のような、おかしな匂いは嗅ぎつけられませんねー」
チワワは鼻をくんくんさせながら、周囲を見回した。
「やっぱり、そういうのはわかるの」
「はあ、ダンジョンや街の壁とか、またオブジェクトなんかは駄目っすけど、人間が設置した(という設定の)ものなら。
その解除ボックスとやらを、はたしてどこのどいつが設置したものなのか。
データとして、いきなり湧いた物なら臭いで探すのは難しいかもです、はい」
そもそも、このゲームあるいはゲーム的な世界の中で、犬の鼻なんかを当てにするのが間違っているのだが、結構当てに出来てしまうのだから仕方がない。
というかプレイヤーがリアルな犬になってしまっている段階で、もはやカオスである。
「そうかあ、他の物は匂いがわかるのよね」
「そりゃもう。
動物類はわかりますし、植物や風に混じる匂いなんかもバッチリっす」
「ま、やれるだけ頑張ってみましょ」
「ミミさん、ノリ軽いっすねえ」
「それだけが取り柄よー。
とりあえず御飯にしましょ」
美美は、元々クレイジーなほどゲームにのめり込むようなタイプではないし、このサイト自体がそういう性質なのだ。
トッププレイヤーの他所で廃プレイヤーだった者達も、他のサイトでのそういう殺伐としたムードなどに疲れて、まったりとしたオーディで小休止という人達も多い。
だから、余計に料理などに傾倒するわけであるが、美美はプレミアムコースのプレイヤーなので、インベントリには制限がない。
それをいいことに、ガンスリンガーの身体能力に任せて採集なども大量に行ってきた。
あるいは、それらの収穫物を売り払って料理の材料を買い込みまくったりしたので、その方面ではちょっとした商会の在庫ほどに料理の素材は持っている。
ケチってスタンダードコースの安い契約にしていた人なんかは今頃大いに嘆いている事だろう。
そっちは収納にも制限があり、プレミアムコースとは雲泥の差なのだ。
まあ、今のところは困っていない訳なのであるが、いずれは材料も枯渇するのだ。
いざとなったら、他のクッキングマスター達にもお願いして、食糧を供出してもらうしかない。
ただ、それだとジリ貧になってしまうので、なるべくそれは避けたいと考えているのだが。
「じゃあ、さっそく野草の天ぷらね。
さすがに熊の解体は無理だから、君の分は他のお肉にしましょうか。
インベントリに仕舞ってあった残り物だけどね~」
「く~ん」
思わず鼻を鳴らすチワワ。
彼も最近は諦めて、もうすっかり完全なワンコモードに入っている。
ウサギその他の御同輩も似たようなものなのではないだろうか。
そして屋外調理セットを持ち出す美美。
別にキャンプ用品ではない、携帯式だが本格的な調理器具なのだ。
そして、調理台に材料や道具をさっと並べていく。
とりあえず、犬御飯である。
玉ねぎやネギなどは当然使えないし塩分も駄目、料理酒も使わない。
とりあえず、肉をほんのりと焼いて出しておく事にする。
これは農場から市外へ回って来た特上の牛肉だ。
これも、今では在庫がなくなってしまったら、当分入ってこないだろう。
チワワは御飯を食べる量が少なくて助かる。
先に農場へ向かった連中が何らかの成果でも上げてくれていればいいのだが、それは望み薄であった。
ミミのご飯は、当然採れ立ての野草類の天ぷらであった。
御飯は貴重なパックライスで。
何しろ、羆が出るような森を行軍の途中なのだ。
さすがに、ここで炊飯をする気にはならない。
次回は必ずオニギリを用意してこようと固く誓った美美なのだった。
ここは逆に羆を倒したばかりなので、その元縄張りの中では限りなく安全であるといえる。
これも時間が経つと復活するキャラなのかもしれない。
「いっただきまーす」
「キャウーン」
何故か「いただきます」も犬語になる大橋。
「んーっ、美味しい~」
ジョブをカンストしている料理人マスターが使うてんぷら粉は、購入品ではなく自ら独自に配合している物も多い。
自分のお気に入りの産地や特製の小麦粉を大量にストックしてあり、小麦粉を使った料理はそれを使う。
単体で選ぶ時もあれば、ブレンドする事もある。
美美が使ったてんぷら粉は、すべて国産品でゲーム内通貨によって購入するが、それでもやはり高い。
現実世界でも、高級天ぷら店の職人などはネタごとに最適な天ぷらの衣を作り、すべて揚げ分けるという。
油も昔ながらの江戸前天ぷらのようにに胡麻油を使い、その油の製法自体も昔ながらでやっている店から目の玉が飛び出るような値段の物を仕入れる。
上げ方も、本当の天ぷらは空気で揚げると言われるが、そういう高級テクも高ランク料理人ジョブのスキルで可能なのだ。
しかし、そういう部分に拘る事が料理人マスターとしての遊び方だ。
そのためのお金が足りなければ、ガンスリンガーの仕事で稼ぐのだ。
美紅と一緒にバウンティハンターの仕事を請け負う時もあった。
ただ、美紅は遊んでいるだけなので、むしろ食材や調理器具の購入費用を稼ぐために、美美の方が真剣になって賞金首を追っている事もあったくらいだ。
そこまでして集めた食材がマズイわけもなし、副菜のブランド和牛とも相まって、すばらしい野外ランチとなった。




