1-32 クエスト開始
「クエストか。その内容は?」
「あー、クエスト自体はそうたいした事はないんだけどなあ。
内容は捜索なの。
『狩猟エリア内にて、カードキーを差し込める解除ボックスを捜せ』
これだけよー。
時間制限もなければ、特に手掛かりもないし。
虱潰しに探すしかないんじゃないの、これ。
せめてヒントくらい欲しいものなんだけどな」
どうやら、カードキーを持つ美美にだけ、具体的な解除方法が示されるものらしい。
「そ、そうか。
それで俺達はどうする?」
「そこにいてくれても仕方がないから、先にBCウォークを通って、そこも調査がてらC地区まで行っててくれない。
向こうの様子を教えてちょうだい。
その間、こっちはもう腰を据えて狩りでもしながら捜索するから。
最悪でも狩猟成果で、ある程度の食料は確保できそうだし。
農業ゾーンへの手土産にもなりそう。
あ、解体は狩猟ギルドでお願いしますね~」
「そうだな、それではそうしよう。
解体は頼んでおく」
「あ、ちょっと待って試してみたい事があるの」
「なんだ?」
それから外に一回出て来た美美が、さっきは連れていなかったチワワを抱えた。
「あれ、どうするっすか」
「知れたこと。それっ」
美美は犬を抱いたまま、壁に飛び込んだ。
「キャンキャンキャン!」
壁への強制激突を予期したチワワが泣き叫んだ。
もうすっかり悲鳴も犬の吠え方になってしまっているブリッジマン大橋。
だが、見事に一人と一匹は壁を潜り抜けた。
「あれっ、俺は通れたっすか」
「おお、やっぱりー」
他の連中も呆れた様子で感慨を述べた。
「こりゃまた、あれだな。
さては大橋の奴、プレイヤー扱いされていないな」
「え、どういう事っすか」
「ああ……なんていうかな」
「それはズバリ、「「愛玩動物」」って事ね。
あるいは動くヌイグルミとかマスコット的な扱いなのか」
愛玩動物の部分だけ美美と美紅がハモった。
「えー、そうなんすかー。
でも俺を連れていって何の意味があると……」
「狩猟には猟犬が付き物よ」
「ひえー、勘弁してください。
ここは半ばサファリパークとして設計されている区画じゃないですかあ。
狩猟しない一般人は車で観光に来るゾーンですよね⁉」
「うるさいっ。
いいから来るの。
あんたは、その鼻でクエスト捜索の御手伝いをするのよ。
他の人は来たくても来られないんだからね。
それにチワワは勇敢で、主人を守るためによく吠えるのよ。
ヤバイ動物とかが忍び寄ってきていたら教えてね。
今の状況だと、猛獣に齧られたらどうなるかわかったもんじゃないのよ」
「うわあ、頑張ります……とほほ」
それを壁の向こうの見えない場所から同情の眼差しを送っている他のメンバー。
「わかった。
お前らはクエストを頑張ってくれ。
もしそこを開放できたら、戦闘メンバーを送って狩りをさせるからな」
「あいよっ」
「キャン!」
そして、一人と一匹の冒険が始まった。
だだっ広い草原を歩くが、行けども行けども何もない。
マップ機能はあるのだが、単に地形を表しているだけなので、捜索の役には立たない。
ここには正規の道さえも存在しない区画なのだ。
「やれやれ、とりあえず草原は何もなさそうだから、森の方へ行ってみる?
木の蔭とかに野獣なんかが潜んでいそうで嫌だな。
あたし、狩猟スキルなんて持っていないんだからね」
「俺っちも今はスキルなんか何も持っちゃいませんがね」
「何を言うの。
頼りになる犬の鼻と耳があるじゃないの。
当てにしているわよー。
こっちはドンパチ専門スキルしかないんだから。
ああ、イルマが一緒に来てくれていたらなあ。
せめて用心棒の爛ママがいてくれたら。
あの人なら例のヌンチャクで猛獣が襲ってきても一発よ」
「俺も見せてもらいましたけど、あのヌンチャクはマジでヤバかったっすね。
つうか爛ママなら、おかま戦士のステータスによる強化もあるから、素手のパンチでも軽くいけそうじゃないっすか」
「まあねえ」
多少の愚痴をこぼしながら森へと向かった二人であったが、突然チワワが耳をピクっとさせた。
「ミミさん、後方に何かいるっす。
風下からついてきているみたい。
匂いも音もしないけど、なんていうか気配を感じるっす。
向こうは殺気すら抑えている感じ?」
「ほお、凄いじゃない。
もう立派な猟犬ねー」
「自力で狩るのは無理っすけどね~」
まあチワワが狩れるのは、せいぜい鼠か怪我をした小鳥くらいのものだ。
あと鳩くらいはなんとかいけても、カラスが相手では逆に狩られてしまうだろう。
美美はチラっとガンスリンガーの超視覚で素早く辺りを見渡したが、特に何も見当たらない。
もう一度、今度は『サーモビジョン』のスキルで確認したら、いたいた。
赤外線映像でバッチリとみえた。
ヤバイ奴が伏せた姿勢で深めの草地に身を隠していた。
ピクリとも動かないから、パッと見では人間の視覚で捉えきれない。
「おっと、可愛い猫ちゃんだね。
やだ、ライオンちゃんじゃないの。
あれ、あたしが走って逃げたら簡単に振り切れるんじゃない。
あいつらって図体こそでかいけど、足が遅くて持久力もないから狩りの成功率って十%くらいじゃなかったっけ」
「うわ、いいけど俺も抱いて走ってくださいよ。
チワワじゃとても逃げきれないし、おやつにもならなくて一飲みにされてしまいますわー!」
「あっはっは。
ライオンも、雄なら首の剥製をうちのキッチンに飾ってやってもいいんだけどね。
では猫ちゃんよ、これでも食らえ」
そして美美は三十ミリライフルを持ち出して、そいつの右二メートルほどの位置に一発通常弾を撃ち込んだ。
凄まじい量の土が草ごとに爆散し、ライオンがまるで後ろから蛇でも投げ込まれたかのように物凄く驚いた顔をして、爆散の勢いにも乗って滑稽なスタイルで飛び退った。
そしてゴロゴロと転がって、何が起きたのかもわからずに、しばらくブルブルと伏せて縮こまりながら震えていた。
だが、やがてジリジリと猫っぽく尻高に後ずさって、突如としてくるっと後ろを向くと一目散に逃げだしていった。
「うわあ、所詮はライオンなんか魔王殺しのお姉さんにかかったら形無しっすね」
「えっへん。
食わない生き物は殺さねえ、ってね。
そういや、ライオンってNPC扱いになるのかしら。
狩り尽くしても、また湧いてくるのかな」
「そういや、ああいうのもプレイヤーじゃないんだから、そういう扱いになるわけっすかね」
「あんたはプレイヤーだけどね」
「判定は愛玩動物扱いっすけどね……」
「あたしが『持ち込んだ』扱いになっているかもよ」
「う、愛玩動物どころか、ただの荷物扱いっすかー。
せめて『お荷物』って言われないように頑張りまっす」
「大丈夫。
さっきもいいとこ見せたじゃない。
さ、行こうか」
「キャン!」