1-30 スリット
「ふあーあ。
まだ寝足りないなあ」
「お前は、どれだけ寝れば気が済むんだよ」
「さあ、一生?」
美美は、クスクスと笑ってイーグルの肩をポンポンした。
「そんな事を美紅に言うだけ無駄だって。
まあ、肩肘張らずに行こうよ。
とりあえずは話を聞くくらいしか出来ないんでしょ」
「ま、まあな。
そうすぐに何か進展があるとは思えん。
ここまでの連絡街路も、そう代わり映えはしなかったしな」
見ると、前方に何か人だかりのようなものが出来ていた。数十人はいるようだった。
「あれって……」
「ああ、狩場の入り口だな」
「何か進展があったのかしらねえ」
爛ママもやや投げやりに呟いたが、あっさりとチワワが否定した。
「そういう風には見えないっすねー。
なんかこう、所在投げに集まってるだけなんじゃないですか。
うちのクランに来た報告でも、こんな感じだったみたいっすよ」
「そうか、まあいい。
行ってみよう」
そこにたむろしていたのは、狩りに来たというよりも、何か様子を見に集まって来たといった趣の普通の格好をした人ばかりだった。
男性ばかり全部で三十人あまりいた。
ここの住人は、狩場に入らない時は、こういう普通の格好をしている者が多いのだ。
あるいは、例のジョブチェンジにやられてしまって、狩人のジョブを持ったアバターが使えないのかもしれない。
狩場の様子を見に来るのなら、狩人の格好をしてくるのが当たり前だ。
あるいは、もう諦めてしまっているものか。
「あんたらは?」
その中の一人、少し気難しい顔をした眼鏡の青年が不機嫌そうに尋ねてきた。
「俺達はA地区の代表さ。
他地区がどうなっているのか様子を見にきたんだ。
相変わらず狩場には入れないのかい」
それには構わず、柔らかい感じに挨拶をするイーグル。
「御覧の通りだ」
そこはなんというか、元はアーチのような入場ゲートがあっただろう場所が、なんと『壁』になってしまっていた。
高さは三メートルほどか。
その両側を塀が囲っていた。
例の連絡街路にあった物と同じだ。
向こうの店なんかは通路の壁の絵と成り果てていたが、こちらはご丁寧な事にゲートの開いていた空間に壁が出現し、そこにゲートが描かれていた。
周囲は広大な『システム上決して乗り越えられない塀』で囲まれており、その入り口部分が壁で塞がれてしまっているのだ。
もちろん、それはシステムブロックなのであって、美紅の砲撃でも破壊出来はしない。
塀も、別にどこまでも高い壁のようになっているわけではなく、高さ四メートルほどなのだが、システムブロックが働いているのだ。
よしんばよじ登ったとしても、プレイヤーはどう足掻いても塀の上を抜けられないのだ。
「入り口って、ここだけなんですか?」
「いや、ゲートは十か所あるが、全部こうなっているよ。
今、全部の入場ゲートを見回っているところだ。
毎日ね」
「そうですか、これは手に負えないな。
念のために訊いてみますが、これを壊せないか試しましたか」
だが、そこにいた全員がせせら笑った。
それは無理もないのだが、少しむっとした顔になる美美。
「お前さん、馬鹿かね。
不破壊オブジェクトの壁をどうやって壊すんだ」
「いやね、こいつで壊せないかと思っただけなんですが」
そう言って、インベントリから取り出して相手に見せる四十ミリ機関砲。
相手の顔が引き攣っているのが若干愉快な美美。
単に、笑われたのでムカついたから、すかさずプチ仕返しに出ただけだ。
「いやいや、いくらそんな大砲でも壊せやしないよ。
しかし、困ったもんだ。
こいつは、どうやって解除したものか」
「解除?」
「ああ、これは解除できる物のはずなんだ。
運営から『解除クエスト』が出ていたからな」
「なんだって。
その話、俺は聞いていないのですが」
イーグルは目を見開いた。
やはり脳筋気味な戦闘チームを派遣したのが仇になったのかと。
自分達もそうなのを棚に上げて。
まあ、このチームは戦力が高いだけで別に脳筋ではないのだが。
「そうかい。
じゃあ、こっちの人間にだけ出ているクエストなんだね。
だが、俺達には見つけられなかった。
見つけた物といえば、そこにある謎のスリットくらいのものさ」
それにはイーグル以下、全員が沈黙した。
そして、全員が首を曲げて美美に注目した。
「えーと、あれ? もしかして、こういう絵になっちゃったものって、そういう物が付属しているとか?」
「さあ。
少なくとも、ここにはあったのだが。
すべてのゲートにあったぞ。
我々にはどうしようもないがな」
「どれ?」
「ほら、そこの隅っこさ」
言われるままに確認したら、なんと下の方の隅の目立たないところにちょこんとそれは存在した。
「うわあ、えげつないな」
「カードの存在を知らない人だと、なかなか見つけられないよね。
クエストがあったから捜したんだろうけど」
「今までの通路にもあったのかしらね」
「さ、さあ、気がつかなかったなあ」
「あたしは目線的にまず目が届かないわね」
「あっしも背は低いんですが、ちょっと気がつかなかったっす。
そこまで気を付けて見てないですからね。
どっちかっていうと、今は匂いの方が気になりますからねえ」
「仕方がない。
帰りがけに見て回るかあ。
まあ、ここまで来ただけの甲斐はあったっていう事だな」
とりあえず、壁を機関砲で破壊しようとしなくてよかったなと思う美美なのであった。




