1-23 美美さん、立つ
「美美、お前のとこはそんなもんでいいか?」
「あと一人、うちの管轄で書記を一名」
「ん? 自治会の中で独立した役職の書記を、お前の下につけるのか?」
「イルマさん。
あの人って腕が立つから。
これで、魔王討伐部隊の精鋭四天王が自治体の執行部に揃ったなー」
「え、あたし?」
「食料問題はきっと荒れるから精鋭でチームを組みたいです。
場合によっては戦闘プレイヤーを中心にして起きるような、ヤバそうな暴動の鎮圧さえ必要かも。
そういう時こそ有能な魔道士様の出番よ~」
何より、さすがに四十ミリ機関砲を振り回すわけにもいかない。
非殺傷で相手を無効化するのなら彼女が適任なのだ。
本来、PVP禁止のこのゲーム内で殺し合いが成立するかどうかはわからないのだが。
もっかのところ、そんな事が発生したら、どうしたらいいのかすらわからない。
「そう来ましたか……」
「ついでに、きびきびした元自衛官を中枢に一人置いておくのもいいかと思って。
ここにいるのは全員ただの民間人だからね」
「いやいや、あたし正規隊員である三曹以上のWACではなかったし、期間契約の時代に退官しましたけどね。
まあいいか。
よーしてめえら、まずは冒険者用ブーツの磨き方から指導だあ~」
またしても爆笑が渦巻いた。
みんな、もうノリだけでこの危機を乗り切ろうとしている。
役職に指名された人もそうだ。
特に食料関係に強者が集結しているのは頼もしく見えるのだろう。
この会合も、住人のすべての代表が来ているわけでもなく、また群れるのを嫌がる向きもある。
本日、あれこれと決めた内容も、あくまで今日集まってきた人間の間だけで便宜上決めた、暫定の決定に過ぎないのである。
止むを得ず、強引に腕っぷしで乗り切ろうとしている美美の思惑はあながち間違ってはいない。
それほどまでに食料問題は深刻なのだ。
水面下でもう何か問題が勃発していないとは言えない状況なのであった。
赤沢が楽天家の美美を重要なポジションに起用した背景には、そういう事もある。
問題はすぐに解決しそうもないし、へたをすれば今ゲーム内にいるプレイヤー全滅の危機も孕んでいるのだ。
本来なら、『ゲーム内で腹が減る』という事など有り得ない異常事態なのだから。
ここでの『餓死』がプレイヤーの実体にどういう影響を与えるのか。
あるいは、今ここにいるプレイヤーはもしかしたら本人そのものなのか。
前回、戦死した人間がいないので、死亡した時の状況はすべて推測の域を出ない。
お試しで誰かを殺すわけにもいかない。
そして、イベント以外でのPVPなどのシステムも存在しない。
ただ、対人同士での喧嘩は……可能なようだった。
それがまた問題なのだ。
「それじゃあ、ここから食料調達委員会が少し場を借りたいのですが」
「構わん、やってくれ」
「ああ、頼んだ」
颯爽と演台の前に陣取り、何故かチワワを台の上に載せながら、美美は演説を始めた。
「それではまず、お水の問題から。
あ、お水といってもオカマバーとかの仕事じゃないからね~」
聴衆は笑いながらも、聡い人は盲点に気がついた。
「水か。
生活用水、飲料水だけじゃなくて『農業用水』としてもだな」
「そう、ゲームのシステムが農業を停止しているのなら、へたすると自分達で食料を生産しないといけないの。
あたしってメインジョブに料理人を選んだくらいだから、食事の材料に関しては、しょっちゅう考えているのよ。
いざとなったら水耕栽培で野菜とか作るからねー!」
笑いながらとはいえ、前向きな提案は出た。
生活用水も確保したい。
トイレは一応水が出ているが、腹が減る事態になったと共に、見事にトイレットペーパーが必要になってしまったのだ。
まるで生身の肉体であるかのような有様だ。
そして風呂やシャワーなども必要とした。
もはや単なるアバターではなく、まるで生身の人間になったかのような有様だ。
今のところ都市部では水道は出ているようだが、断水したら確実にパニックが起きる。
もう完全にリアル災害状態であり、ここには自衛隊も来てくれない。
「そうか、大なり小なり食料生産プラントを作るつもりなら生産系ギルドの協力が欲しいな。
スキル無しで素人がやるより遙かに効率的だ。
あいつら、引き籠っているからこの場にもいない。
何か食い物を調達して連中を釣るという手もあるが、まずそれが出来ないからみんな困っている」
「苗とか種とかはどうするんだ?
肥料は錬金術師のジョブになっている奴がいるならやってもらえばいのだが」
「各ジョブ別の人口を調査した方がいいんじゃないのか」
「とりあえず、すべてがまず調査からね。
たぶん、そういう農業用の物も使用不能になっているかもだけど、とにかく今は手分けしていろいろ調べたいの。
あたし達、魔王を討伐した精鋭部隊でB・C地区へ調査に行きます」
「賛成。
じゃあ、こっちの方で調べられる事はやってみるわ。
ねえ、みんな」
魔道士っぽい感じのお姉さんが賛同してくれた。
「ああ、各クランやギルドでも声をかけよう」
「まず食料問題を解決しようぜ」
とりあえず、プレイヤー同士で険悪な方向へ行く事は避けられたようだ。
食という、あまりにも切実で共通の問題があるせいだろう。
ただ、問題解決に対しては一切の目途がついていないため、現在の住人達の前途は多難であった。