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1-21 暫定自治会

 冒険者ギルドの若干広いホールに設置された演台で、勇者レッドアントこと赤沢が挨拶をしていた。


 ホールの中でびっしりと犇めきあう、他の千名近く集まったのではないかと思われる会合参加者などは用意されていた椅子や、自前のキャンプ用椅子などに座って寛いでいた。


 美美と美紅は、キッチンに置いてあった椅子を持ってきていた。


「諸君、我々の呼びかけに対して大勢集まっていただいて感謝する。


 一応、前回の戦闘イベントに参加した戦闘ジョブの持ち主、正確には現在戦闘ジョブをアバターとして使用できる者を中心に、またあちこちのギルドからも来てもらった。


 議題はあれこれとあるのだが、本日は緊急性の高い議題に絞る事にした」



 少し聴講する側が騒がしくなった。

 たぶん、あの話題に関してかなあと美美と美紅は検討をつけた。


 おそらく、今現在ここにいるプレイヤーが一番関心の高いネタだ。


 だからこそ、これだけの人間が集まったのだから。


 場合によっては、美美にも重要な影響が出かねないような話題なのだ。


「という事で、ミミ」


「え、あたしい?」


 さっそく、お呼びがかかって困惑する美美。


 特にそういう話は聞いていなかったので。


「そうだ。

 ちょっと前へ来てくれ」


「なんじゃらほい……」


 もちろん、美美は普段着モードだ。


 本日はわざわざ着替えて、ミニスカートとブラウス、それにちょっと活動的な感じでマッシュルームみたいな形の暖色系お洒落帽子を被っている。


 デフォの普段着アバターは、装着してから着替えるとコーディネートできるのだが、そういう裏技をよく知らない人もいるらしい。


 変えた服装を、美美ならガンスリンガーのスタイルとチェンジさせれば、次回はその変更したアバターのファッションに変更できる。


 みんな、ファッションはイベントプレなんかで貰って、結構な量をインベントリの肥やしにしているはずなのだが。


 皆、物々しい格好をしている人が殆どだ。


 まあ、最初の時にあんな事になったので警戒しているみたいだが、あれはアバターやその衣装が問題なのではなく、あくまでログインし直しが出来ない事に由来するジョブの問題なのだ。


「なんです、赤沢さん」


「ああ、お前さんって確かメインジョブは料理人だよな」


「ええ、今はあれのスキルが使えなくて困っていますけど、カンストしているクッキングマスターの称号持ちですよ。

 

 本来なら回復の効果もある料理や飲料を大量生産できるんですがね。


 もちろん、普通の食料も」


 その発言の内容から、俄然皆の注目を集めていく美美。



「今の我々の『食料事情』については?」



「そりゃあ、わかってますよ。


 だってあのイベ以来、何故か知らないけど『お腹が減る』んですもの。


 まあ今はまだ『例の食料』もありますし、一応は女の子ですので普通の料理は作れますから多少は作れない事もないですが、インベントリの材料がすぐに尽きるでしょうね。


 商業ギルドはまだ再開してないんですか」


 赤沢は頷き、集まった人々から失望の溜息が漏れた。


「本当に不思議です。

 あの魔王を倒したイベントをクリヤしてすぐに、お腹がぐうぐう鳴っているんですから。


 あの、他に食料入手の方法は?」


 彼はやや表情に苦汁を滲ませてからはっきりと言った。


「今のところはない」


 だが、そこで立ち上がった者達がいた。


「赤沢」

「なんだ、加藤」


 彼は上位クランの有力な戦闘メンバーだ。


「このままだと、皆すぐに飢えるだけだ。

 俺達、戦闘メンバーで狩りは出来ないか」


「ああ、そいつも考えたのだが、肝心の狩りのゾーンがない。


 皆も知っての通り、この我々が拠点を構えている市街のA地区は、居住区や商業区に工業区から成り立ち、そういった区画はない」


「ないだと? そんな馬鹿な。


 B地区では狩猟ギルドがあったし、そこで活動していたクランもいくつかあったはずだ。


 またC地区では畜産を含む農業もやっていたはずだ。

 そっちから食料を融通させられないのか」


 そして、赤沢は力なく首を振った。


「この異常な事態を憂い、ワンチームをそれらの地区へ派遣したんだが、実質閉鎖状態になっていた。


 要するに、こっちのギルドや商店のような状態みたいになっていたんだ。


 向こうの非戦闘系プレイヤー連中も困っていて、うちのメンバーが逆にあれこれ相談されたそうだ」


 この会場のホールを次第にざわめきが満たしていく。


「倉庫とかはどうなんだ?」



「ああ、どこもかしこも入れない。


 シーフにも頼んでみて回ってもらったのだが、やはり駄目だ。


 通常入れるゾーンの入り口も壁同様になっている。


 ただの不破壊オブジェクトのようになってしまっていて、攻撃もまったく受け付けない。


 農場や牧場にもプレイヤーは入れない。


 もちろん向こうの一般商店にも入れないし、同じく狩場にも入れない」


「おい、どうするんだ」

「それじゃあ、皆飢えてしまうぞ」

「治安の悪化が心配だ」

「あっちこっちで暴走する奴が出そうだな」



「そういう話もあって、本日は戦闘メンバーには極力集まってもらったのだ。


 そして、もう一つの話題は自治会の創設だな。


 これからは食糧問題も含めて、かなりの混乱が発生する事が見込まれる。


 そのあたりの混乱を減らしたいという意向だ。

 まあ混乱そのものを失くす事は難しいだろうがな……」



「自治会メンバーは、どうやって選出する?」


 やや、鋭い感じで質問が即座に飛んできた。



「とりあえずは暫定の物だから、今回は勇者の俺が議長をやろう。


 出来れば、俺も早急に外れたい。


 危急の要件ではないが、やらないといけない仕事があってな。


 あと、うちは現存する戦闘メンバーも多いから、うちのクランは何かに備える形で自治体とは別にしておきたいのだ」


 しばしのざわめきの後に賛同する意見が出された。


「ああ、それでいいんじゃないか?」


「唯一の勇者である、あんたがやってくれ」


 勇者は実力者であると共に、人格査定を経て運営に選出された人間なので、そういう意味ではそうする事が暫定では相応しいのだ。


 敢えて反対する理由が見当たらない。


 また冒険者ギルドにおいてはナンバーワンのクラン、ソルジャーアントのリーダーでもあるのだから。



「とりあえず、一旦まとまっておかんと、食い物の動向次第でいつ激しい闘争が発生してもおかしくない。


 ここは一般の日本人社会とは異なる。

 特に救援も来ないのを皆も知っているしな」


 話し合いは案外とスムーズに進んでいた。

 赤沢が、最初に早めに役職を降りたいと言ったのも大きいのだろう。


 ソルジャーアントは武の力の強い勇者クランだ。


 中には、彼らに力であれこれと牛耳られるのではないかと危惧する向きもあるからだ。



「俺も出来れば、早急に食料問題に目途をつけてから議長を降りたい。


 俺が議長を下りるのはそれからだ。


 そのあたりをしっかりしておかんと、治安が悪化し過ぎて自治会とて手が回らなくなるだろう」


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