1-20 帰宅
「ただいまー」
美美は、シェルターを出て街に戻ってきた美紅と自分のキッチンで再開した。
今は衣装も普段着に換装してある。
「おっかえりー、おお無事だったかー。
ねえ、御土産とかないのー」
「えー、じゃあこんなのはどう?」
当然の事ながら、美美がインベントリから取り出して見せたのは四十ミリ機関砲だった。
「きゃー、あんた今度はそんな化け物みたいな機関砲で何と戦うつもりー!?」
「さあ、あと運営からこんなの貰ったよー。
なんかのパスなんだってさ。
二年連続で凄いイベント武器を貰ったから褒賞だって」
「どれどれ、うーん解析も通りませんなあ」
「ねー!
勇者の赤沢さんは、何かの強者イベの招待状か何かじゃないかってさ。
なんか呼び出しベルっぽくない?
表面に集合場所と日時だけが浮かび上がるとか」
「大昔のポケベルみたいなもん?」
「あー、そうかもしれないねー。
4050とか」
「4050?」
「しおごお、集合~」
「そ、それはさすがに苦し過ぎる~」
自分が生まれる前に、とっくに使われなくなったポケベルに何故か詳しい二人。
「ねえ、美紅。
運営は、ちゃんと今も動いているのかなあ。
お報せとかは寄越すし、イベントもやっているくせに、日頃は呼べども叫べども、まったく音沙汰がないんだもんな」
「どうだろ、相変わらず運営にも家族にも連絡も取れないし、今向こうでどれくらいの時間が経っているものなのか」
それから美美は、美紅に芥の話をする事に決めた。
どうにも気にかかるのだ。
その話をすると、戦闘メンバーは皆難しい顔をするので、芥について詳しそうな彼らとあまり話せていないのだ。
「なんかさあ。
プレイヤーの、しかも勇者だった人で、日本でリアルに死んだっていう人が現れたんだよ」
「へえ?」
「何かよくわからないんだけど、赤沢さんやイーグルや爛ママなんかは、リアルで彼の事を知っているんだって」
「それで?」
「イーグルはその人の葬式にも出たって言ってたからAIかもって言っていたけど、あたしは彼を実際に見たし、それはちょっと違うと思う。
彼は魔王みたいなNPCじゃない」
「じゃ、何と思うのさ」
「あれは人間だ。
強いて言うなら死人かな。
目が生きている人のそれじゃない、虚無みたいな物を映していた気がする。
幽霊とかじゃなくて、自分が死んだ事をはっきりと認識しているのに、なんかこう生きているように人間臭く活動しているっていうか。
台詞回しがそうだった。
あれは絶対にAIなんかじゃない」
「それ、ゾンビじゃん!」
「だからそういうリビングデッドみたいなんじゃなくて、あたしらと一緒で、この世界で確固たる意思を持って活動しているみたいなんだけど、それはもうやはり死後の話っていうか。
あたし達はトラブルが解決したら前の生活に戻れるかもだけど、おそらく彼はここでしか活動出来ないみたいな」
「わからんなあ」
「うん、あたしにもわかんないよ。
でもこの世界でなら、そう言う事もあるのかもって思った。
それに、その人は何かを知っているみたい。
イーグルにそう言ってた。
でも詳しい事は教えてくれないっていうか、彼からあたしらに教えたら駄目って思っているみたいっていうのか、あるいはそれは自分達で見つけないといけないらしいっていうか。
お前らが何故今こんなところにいるのか、それを探せってさ」
「ふむ。
今こうなっている原因が、この世界の中を捜せばわかると?」
「彼の話ではそうらしいんだけど、どこにあんのよ。
そんな手掛かりが」
「まあ、またみんなで会議かなあ」
「そういや、イベントの時に狙撃隊以外の別動隊がいたんだよね。
あの人達はどうなったのかな。
すっかり忘れてた。
あのカラシナさんのインパクトが大きくて」
「カラシナさん?」
「ああ、例の芥って人の登録名らしい。
芥って塵という意味の他にカラシナっていう意味があるでしょ。
昔、カラシナだかセイヨウカラシナの学名、ブラシカユンキアから取った『ブラシカユンキーア』っていうクランのリーダーだったらしいよ。
イーグルがその副長だったみたい」
「ふうん。
あの人、昔はそんな事をやっていたんだね。
それよりもさあ……」
その時、美美のフレンドリストが起動し、イーグルの名前が点滅していた。
「おや、噂をすれば。
それ、ポチっとなあ」
「ミミか?」
「あ、うん。
美紅もいるよー」
「ちょっと話し合いがあるから、来ないか」
「あ、いーよ。
じゃあ美紅も一緒に連れてくよ」
「ああ」
「あ、そうそう。
あの人って、あれから見た?」
「芥か……」
「そう、あのカラシナさん。
なんか事情を知っていそうな感じだったけど」
「さあな。
俺もあれから見ていない。
あいつ、本当にあそこにいたんだろうか。
幻か、単なる俺の願望だったんじゃないかとかな。
そのあたり、俺はまったく自信がない……」
どうやら、交通事故で無くなったらしい彼との唐突の別れに納得できていない様子のイーグル倉田。
それは彼ほどの人が今もクランには属さず、単独でプレーしている事からも伺われる。
ゲームを止めてしまう事もなく、リアルの友人でもあった戻らぬ彼を、ただボンヤリとゲームの中で虚しく待ち続けていたのかもしれない。
「あのねっ。
こっちは魔王との戦いに水を差されるわ、なんかヤバイ戦闘っぽくなってたとかで、大変だったんだから。
いた、いた、いた、いた。
もう何回でも言っちゃうからね~。
あいつは絶対にいたー‼」
「はっはっは。
そうだな。
ああ、確かにいたよな」
「まあ生者か死者かは、よくわかんないけどね。
イーグル、今どこ?」
「冒険者ギルドだ。
あちこちのギルドの連中がいるし、この街の住人全員が集まるとあまりにも多すぎて場所も大変だし、混乱するだろう。
代表のメンバーだけが来てるのさ。
それでも凄い数だ」
ステータスでチェックできたログイン総数は五万人を超えていた。
それでも登録者数が五百万人を数えるこのゲームで、常時百万人はプレーしていると言われる中では微々たる数字なのであった。
「はーい、じゃあ行くよ」
そして通信を切ってから、美紅に訊いた。
「美紅も一緒に行くよね」
「あ、うん。
あれも議題に乗るのかなあ」
「あれ?」
美紅は自分のお腹を両手で擦ってみせた。
「あ、ああ。
それかあ。それの話ね……」
「大事な事よー」
「ま、まあ確かにね」
そう、この世界は今少しばかり困った事になっていたのだった。




