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1-2 ログアウト不能

「ありゃ?」


 ログインした途端に、美美は違和感を覚えた。


 それもそのはず、ゲームにログインした時のデフォルト設定を通常は料理人ジョブのモードに指定してあるはずなのに、何故か『ガンスリンガー(ガンマン)モード』で参上してしまったようなので。


 防弾防刃耐衝撃性を備えた防護服となっている、グラマーな体にピッタリ(だったはず)の黒いコンバットスーツのガンベルトには二挺拳銃、肩には定番のカービン銃がスリングでかけられている。


 美美は料理人以外では、イベント参加用に設定したこのガンスリンガーしかキャラを持っていない。


 お蔭でそっちの方の強さや装備もそれなりになったのだが。


 しかし、何かこうスーツがしっくりとこない感じだ。


 なんというか、『弛んでいる』というのが一番適当な表現か。


 いや、あるいはスースーすると言い換えてもいいのかもしれない。


 何かこう体形に合わない感じで、うっかりすると胸元や、ともすれば先っぽまでも露わになってしまいそうなので、顔を顰めながら前を押さえていた。


「あれ、おっかしいなあ。


 ちょっとビールが入っていたから設定を何かミスったかな。


 いやー、ゲーム前の二本目はやっぱり駄目だねっ!

 ちょっとログアウトして部屋へ戻るか」


 そして彼女は音声モードでこう言った。


「ミミ、ログアウト」


 だが、何も起きない。


「あれっ、何かの不具合なのかな。

 しょうがないなあ。

 コマンドオン」


 コマンド画面を呼び出して、目線コントロールでログアウトを『眼で』押したが何も起きない。


「あれれ、変だなあ」


 仕方がないので、ゲームアバターの指で見慣れたログアウトの表示をタップしたのだが何も起きない。


「もしかして、何かのバグでフリーズしちゃった!?

 もう。


 やりたくないけど、仕方がないからこれで行くか」


 そう言って彼女は、必殺の『ヘッドギア外し』を敢行した。


 いわゆる強制接続オフという奴だ。


 PCなどでもそうなのだが、あまりよくない代物だ。


 これは変にやると、いきなり脳波接続が切れて、リアル過ぎる向こうの世界の情景と置いてきたはずの現実世界がごっちゃになって脳の認識が混乱する。


 完全に、現実と何一つ感覚が変わらない向こうの世界にいる状態に、突如として脳内で現実世界が混ざる、いわば一種の『現実酔い』のような症状を引き起こすのだ。


 MMORPGを運営する各社も、いよいよという時の最後の手段以外には推奨していない方法なのだった。


 これは体質によっては酷いと目を回して倒れてしまう事もあるので、そういう時はなるべくそれをやらずに運営に連絡するようにマニュアルには書かれているが、実際にはかなり対応は待たされる。


 そういう事なので、過去に痛い目にあった人以外の大概のプレイヤーは、自分でヘッドギアを引っぺがす事を選択する。


 ゲーム内で強引に、現実世界で装着しているヘッドギア外しの動作を上手にやるのは少し難しい。


 その姿はどうしても少し滑稽な物になりがちで、通称『アワアワ踊り』と呼ばれていて失笑の対象となるのが通常だ。


 油断すると『阿波踊りの殿堂』などのゲーム内の専門ストレージファイルに、その雄姿がスクープされてアップされてしまう悲劇も少なくない。


 特に、日頃は格好をつけているトップクラスの戦闘プレイヤーなどがスクショの餌食になると、皆のいいつまみになってしまう。


 だがそれは皆のお楽しみのための暗黙の了解という事で、そういう物は運営に削除要請してはならないという決まりがある。


 大概は悶々と屈辱を友としながら、渋々といえども守られる鉄板のルールなのだ。


「よかったなー、外にいる時じゃなくってさー。


 そんなところをスクープされたりしたら、えらい事だもの」



 彼女はトップクラスの戦闘プレイヤーなどではないが、そのアバターの派手さや重武装なども相まって、このガンスリンガーのジョブの場合は多少なりとも目立つプレイヤーなのだ。


 だが、外せない。

 当然、思いっきり見事な阿波踊りをしてしまった。


「う、無様な。

 しかしまあ、これは初体験なんだから仕方がないよねー」


 そして、十分間くらい自分のゲーム内での割り当てスペースであるキッチンで見事に踊りまくって精神的に疲れたので、だだっ広い調理スペースの調理台に縋りながら、大きく肩で息をした。


「いやあ、この阿波踊りがこんなに難しいものだったなんて~。


 動画ファイルで踊っていた人達、今まで見て笑っていて御免よー。


 こりゃあ、トップランカーの戦闘職さえ踊る訳だわ。

 ちょっと休憩ー。


 あ、美紅の奴は今いるかなあ」


 美紅というのは美美の大学の同級生で、葛城美紅(かつらぎみく)の事だ。


 彼女は今東京で就職しているので、Uターン組の自分とはもっぱらこのゲーム内で一緒に遊んでいる。


 フレンド登録画面を引っ張り出したが、見事にいた。


 大概毎日いるので、いるとは思っていたのだが。


 バイトやデートの時にはさすがにいない。


 そして連絡を入れようとした、まさにその時に相手からのコールが入ったのだ。


 美紅の登録名であるミックンのログインを示す、現実そのものの風景の中で小さめに浮かんだリスト内で高輝度に輝く文字が、着信を伝えるために設定してあるオレンジ色に明滅して震えた。


「お、ナイスタイミング。

 今連絡しようと思ったとこなのよー。


 ねえ美紅、聞いてよー」


「阿波踊りの事?」


 いつもの少しファンキーでハイテンションなノリノリの返事とは異なり、少し硬い低めの声がそう言った。


「え? ええ。

 もしかして美紅も踊っちゃった?


 これってシステム不具合なのかなあ。


 笑えるなあ、もしかして現在のゲーム参加者全員が踊ってた訳?


 やっだー」


「お馬鹿美美っ、こんなの笑えないよ!」


「え、どしたん、美紅」


 いつものファンキーな趣とは異なる相棒の様子に驚く美美。


「ゲームから出られない」


「は?」


「どう頑張ってもログアウト出来ないのよ、このゲーム内から。


 今ログインしているゲーマーが全員そうみたいね。


 もう十人以上に聞いたけど。

 みんな、頭を抱えているみたいよ」


 美美は目を丸くして驚いた。

 どうやら美紅は他のゲーマーとも接触して確認したらしい。


「あー、いつものメンツが結構いるね」


 フレンドリストのログイン状態を確認しながら顔を顰めた美美。


「緊急連絡先は?」


「もう試したけど通じない。

 二か所とも」


 IP電話で、同居人その他と通じるように設定してあるのだが、母親を呼んでみたが応えはなかった。


 第二連絡先である弟の番号にも通じなかった。


 弟は現在ログインしていないらしいから、大概の場合は現実世界で連絡がつくはずなのだが。


「うちも駄目だな。

 また後でかけ直してみるつもりだけど」


「うちも、他の人もまったく通じないのよ。


 これ、普通の事態じゃないよ。

 しかも、運営にも通じないんだから」


「緊急セキュリティの番号にも?」

「イエス」


「一体どうなっちゃっているの⁇」


「さあー。

 とにかく今から会おう。

 いつもの場所でね」


「アイサー!」


 不安は隠せないのだが、とりあえず知己と連絡はつくので多少は不安も和らいだ。


 美美は美紅と会う約束をして、フレンドコールを切った。


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