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1-17 死者か生者か

 それからは必死の敗走だった。


 何より、斜面で不安定な凹凸の多い岩場という、足場が最悪のルートだった。


 だが大渓谷を埋め尽くし、流れるように進軍する魔王軍の軍勢から隠れながら行くには、そうするしかなかった。


 魔王軍の進軍速度が非常にゆっくりであるのが不幸中の幸いだ。


 大勢の参加者が遊ぶため、そういう設定になっているのだ。


 だがそれは、今は緩慢な最期をもたらす死の絨毯であるかのようにも思える。


 何故、冒険者が敵方に回っているのか。


 しかも勇者クラスの、つまり運営から人格も含めて、規範となるリーダーとして認められた強者プレイヤーが。


 その衝撃は彼らにとって激しい消耗を強いた。


 ただでさえフィジカルなステータスがメンバー中最も低い魔道士のイルマが、魔法による強力な隠蔽の継続のせいで心身ともに力を消耗し始めている。


 イーグルは、敢えてオカマに背負わせずにミミに支えさせてイルマ本人を歩かせた。


 おんぶされてしまうと、おそらく緊張の糸が切れて魔法の行使が難しくなるだろうとの判断であった。


 今はただ、比較的安全なコースを取って街まで逃走する事だけを考えていた。


「ミミ、体力はまだ持ちそうか」


「平気、街までもサポできると思う。

 何もなければ」



「無理しないのよ、ミミ。


 万が一、敵に回り込まれたら、あんたとイルマが長距離攻撃の要になるんだから。


 魔王軍を相手どらないといけないでしょうからね。


 相手の数があまりにも多いから、白兵戦は絶対に避けたいわ」



「だが、今は安全な体制で逃走する以外に道はない。


 あの一発を弾かれたのが運の尽きだ。


 敵に出くわさないで済む事を祈っていてくれ」



「はは、そいつはまたちょっとばかリ虫が良すぎるんじゃないのか、倉田」



 そこに絶対いるはずのない者。

 それは、いろんな意味で。

 だが、そいつはいた。


「な!」


 慌てて、振り返るもそこには誰もいない。


「イーグル!」


 その美美の視線を追うように振り返った倉田の目には、少々人を小馬鹿にするような感じにニヤニヤした笑いを浮かべて自分の背後に立っていた男がいた。


 歳の頃は二十六歳くらいといったあたりか。


 丁度、倉田も同じ年頃である。


 だが、倉田が発した声は悲痛といってもいいものだった。


「お前、(あくた)……生きていたの……か?

 信じられん……」


「おいおい、久しぶりの再会じゃないか。

 そんな顔をするなよ、倉田副長」


「芥、いやクラン・ブラシカユンキーア元隊長カラシナこと、勇者芥刹那」


「ええっ」

 さすがにミミも驚いた。


 それは、かつてパレードを勇者レッドアントと一緒に回った時に聞いた名だったからだ。


 しかも。


「あなた、確かリアルの世界で死んだはずよね!

 一年前の魔王戦の直前に。

 交通事故で」


 死んだというのは、その冒険者を演じていたプレイヤーの、リアルな現実世界での死を意味していたのだ。


 その話を知らなかったらしく、イルマが衝撃を受けていたようだ。


 そして、もう一人が叫んでいた。


「あんた! カラシナちゃん!

 溜まっているツケを払ってちょうだいな。


 こっちの紫パンダの方と、新宿のお店の方の分と両方よっ!」


 これには狙撃チーム全員が思わずズッコケた。


「もう、爛ママったらこんな時に~」


「あらだって、そいつったらもう適当な奴で、いっつもいっつもツケで飲んでいくんだから。


 まあ飲ませちゃうあたしもあたしなんだけど。

 でも、場の緊張はほぐれたでしょ」



 だが、そいつは体を仰け反らせて爆笑していた。


「あんたは相変わらずだな、爛ママ。


 ああ、懐かしいぜ。

 あんたや赤沢とつるんで、新宿で馬鹿をやっていた時代がなあ。


 そしてゲームの中で倉田なんかと暴れ回っていた。


 そういや、あんたと赤沢をこのゲームに呼んだのは俺だったよな」



 何か昔を夢見るような、遠くを見つめるような、そんな芥の眼を覗き込むのが怖い気がして美美は思わず目を瞑った。


 それは、そこにあるのは、おそらくは死人の目だと理解したからだ。



「芥、お前どうして、いやそれよりも今までどこに……」


 だがそれへの応えを返す前に、虚無を眼に蓄えた芥は豪奢なワンドを持った右手を伸ばし、凄まじい電撃を放った。


「芥っ、何を」


 だが、その問いも後方から響く、あらん限りの咆哮に打ち消された。


「げえっ、魔王!」


 そこに忍び寄っていた者は、なんと紛れもない魔王本人であった。


 半ば骸骨のような姿に、紋章入りの黒きマント。


 おそらくは超強力なレイスのようなアンデッドを模した者。


 それが電撃に怯み、立ち上る紫煙の中で阿波踊りを演じていた。


「間違いないわ。

 そいつはさっき、あたしがスキルによる照準で捉えていた魔王本人よ。


 でも」


 まさしく、イベント画面に姿を描かれていた敵魔王軍の御大将であった。


 だが全員が即座に疑問に思った。


「芥隊長ーっ。

 あんた、魔王軍の手下に成り下がっていたんじゃなかったのか⁉」


「なんで、いきなりここに魔王が。

 他の魔王軍の連中はどうしたの⁇」


 イルマはここまでの疲れすらも吹き飛んだかのように、元気いっぱいに叫んでいた。



「なんで、魔王への狙撃を邪魔したあんたが魔王と戦う訳?


 旧知のあたしらを助けてくれたっていうの?

 でもツケは払ってもらうわよ」


 オカマも叫ぶ。


「それとも、元勇者の魔王様への下克上?

 裏切ったのか表返ったのかもよくわからない!?」


 美美も、もうどうしたらいいのかすらよくわからなくて大混乱している。


 前門の死人勇者、後門のアンデッド魔王。


 先に勇者と戦う?


 でも勇者が相手では一介のガンスリンガーが敵うわけがないし。


 そもそも、こいつとやりあうのなら距離を取らなければ瞬殺されるだけである。


 だが、そのミミの迷いを断ち切るかのように、あるいは滑稽と一笑に付すかのように、まだかなり距離があったはずの芥はその脇を瞬歩にて通り抜けた。


 美美は、まるで幽霊に体を通り抜けられたとでもいうような悪寒が体を走った。


 思わず体をもろに硬直させてしまったが、イルマの悲鳴がそれを解呪した。


 振り返った美美が見た光景は。


 元勇者、芥刹那が一刀の元に魔王を切り伏せた姿であった。


 いや、彼が使ったものは剣ではなくワンド、ただの杖であったのだ。


 その唇の端を大きく吊り上げさせた人非の如しの横顔は、まるで魔王を倒し、彼自身が新たな魔王を襲名するかの(さま)であった。


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