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1-16 狙撃

「来た」


 短い、イーグルのやや緊張した声音に、隣で寝転がっていた美美が彼が開けてくれたスペースへと入れ替わりに素早く俯せの態勢で転がり込み、銃眼というか架台というか、そういういい感じになっている場所へと超大口径ライフルの銃身の先を預けた。


 なんとこの銃は狙撃銃でありながら、二脚で撃つような代物ではないのだ。


 二脚のオプションは射撃テストの時以外に使用した事がない。


 いや不要だから使わないといってもいい。


 あえてこれを『射撃プレーで使いたい人のためだけに』存在するオプションなのだった。


 それがガンスリンガーというジョブなのだ。


 手慣れた上級者のガンスリンガーの手にかかれば、これほどの銃でも手足のように自然に動かして使いこなせる。


 ジョブスキルにより、それは更に神器のように昇華していく。


 ここへ到着以来、何度も繰り返して体に叩き込んできた動作であった。


 いかにもガンスリンガーらしく、反射を防ぐための施策が愛銃に施されている。


 真っ黒な光学吸収塗料が塗られた銃身や機関部は、迂闊な陽光の反射を残らず防ぐ。


 しかも、岩山のくすんだ色合いに馴染むように、丁寧に表面に岩っぽい感じに見えるよう処理する薬剤が塗られている。


 これも光を反射しない性質のものだ。


 いくらかの砂も塗されて自然な感じに目立たなくなっている。


 それらも纏めて反射防止のスキルにより、敵からの視認力を大幅に下げてあるのだ。


 ガンスリンガー本人も、黒系の戦闘防護服を着るのが習わしであり、彼女自身も常からそうしている。


 反射防止のためのスキルは身に着けているものにも適用している。


 特に必要ではないが、気分を出すだけのために凝り性な人はギリースーツまで所持しているし、中でも生産ジョブと兼ねている人などは自作のギリースーツを百個以上所持している変態までいる。


 スコープなどという光物は一切装備していない。


 魔王軍の魔物なども目はいい。


 迂闊に何かを光らせた者など、絶対に見逃してはくれない。


「ねえ、奴ら飛行魔物で敵を警戒しているって可能性はないかな」


 美美は、今はソロ冒険者だけれど元々大規模な冒険者クランのサブマスだったイーグルに訊ねてみた。



「たぶんないよ。


 魔王軍が飛行魔物を出すのは、街に近づいてからの攻撃のためだから。


 イベントにおける奴らの目標は、あくまで街だから対象は動かないしね。


 このイベントは通常なら軍勢同士の戦いなんだ。


 少人数の待ち伏せなんか歯牙にもかけていやしないよ。


 味方の消耗なんかまったく恐れてはいないし」


 それからイルマが安心させるように追加で声をかけてくれる。


「一応、探知されるような魔力を発しない特殊な隠蔽の魔法で、あれこれと誤魔化すようにはしてあるから、あなたは狙撃に集中してちょうだい」


「ラジャー」


 美美も余計な事は言わずに、すぐに射撃体勢に入る。


 そして、狙撃のための一連のスキル・パッケージが行使されていき、発射の瞬間を待つ。


 すでに、魔王軍出現を意味するブラボーと狙撃体勢に入った事を報せるチャーリーの信号までは勇者レッドアントの元へと送られた。


 後はデルタの瞬間を待つだけであった。


 全員、警戒しつつも手に汗を握る瞬間であった。


 その中で一番落ち着いているのは、すでにスキルを使用した狙撃モードに完全に突入し、外界との関係が希薄化した美美であろう。


 そしてスキルが計算を終えて、発射シークエンスのカウントダウンが始まった。


 それをチームの人間にもアナウンスする美美。


「カウントダウン入りました」


 魔王は見事に照準とスキルの連鎖に捕らえられ、その瞬間に美美は短い報せ放った。


 そして落ち着いてテンカウントを1まで呟く美美。


 そして、通常の0の代わりに短く一言。


「撃ちます」


 まるで機械の仕業のように静かに軽く引かれたトリガー。


 発射煙はガンスリンガーが所有するの魔法スキル・ビジョンシールドの効果で覆い隠し、同じくサイレントの魔法スキルで消音され、発射音さえも完璧に打ち消された。


 これが現実世界の実銃であったならば、その凄まじい硝煙により、射手の位置は一発で判明し猛反撃を食らう事になる。


 大口径の対物ライフルのような物が狙撃には向かないと言われる所以だ。


 あれは、あくまで軍用兵器なのだから。


 だが、ここはリアルな世界ではない。

 どれだけリアルに感じようが、ゲームの世界なのだ。


 少なくとも、その設定は。


 視えない死の軌跡は、瞬刻の間に魔王を鬼籍に送ったかに見えた。


 そして本隊へと送られる信号は狙撃執行報告のデルタ。


 だが、その次は。


「駄目。

 何故だかよくわからないけど、あたしの弾丸が弾かれた。


 どうする、イーグル。

 連射してみる?」


 ガンスリンガーには、現実世界のとびきり優れたスナイパーのみが持つような、こうした特殊な能力も備わっている。


「よせ、ミミ。

 もう絶対に撃つな。


 全員撤収。


 くそっ、俺はそんな話は聞いてねえぞ、なんだそりゃあよ」



「どうしたの⁉ 失敗?」


 魔法士のイルマは攻撃発射地点を敵のセンシングから隠蔽し防衛する作業に必死になりながら情報を求めた。


「ああ、だがこいつはミミのせいじゃない。

 ミミはきっちりと仕事をした。


 本来なら何の問題もなく魔王をぶち抜いていただろう。

 ミミはマジでいい腕をしている。


 狙撃は成功した。

 寸分たがわずに魔王のところまで弾丸を届けたんだ。


 だが、弾かれたんだ。

 魔王のガーディアンにな」


「ガーディアン!?」


「そうだ。

 だが、あんな者はいつもいないんだ。


 イレギュラー発生だ。

 作戦は中止する。

 

 もう赤沢のところへアラートは鳴らした。


 ガンガンにフルボリュームで鳴らしっぱなしにしてやったから、本隊は撤収を開始したはずだ。


 俺達も一旦街へ戻るぞ」



 残念ながら、トラトラトラの狙撃成功を意味する暗号が本隊へと発せられる事はなかった。


「な、そんな者がいたの⁉

 あたしには探知できなかったわよ」


 今は魔法による隠蔽で狙撃隊の命運を握っているイルマが、必死に仕事をしつつも困惑を隠せない。


「いたって、おかしくはないのさ。


 だが、あれは魔王軍じゃない。

 冒険者だった。


 しかも」


 イーグルこと倉田は、思わず言い淀んだ。

 それは彼が感じた衝撃の深さを物語っていた。


「ええっ、そんな」



 そして、そんな悲痛なイルマの声を野太い声で上書きしたオカマがいた。


「確かに、あたしもあいつには激しく見覚えがあるわねえ。


 でも、何故あいつがここにいるのよ~。


 馬鹿な、いくらなんでも、そんな馬鹿な事ってあるのかしら」



 彼らのその尋常ではない様子に、美美は不安になって訊いてみた。


「何がどうなっているの?


 あたし、イベが始まる前から凄く不安だったの。


 何かよくわからない事が起きるような気がして、ずっと嫌な汗が止まらなかった」 



「いい勘しているわねえ。

 その通りよ。


 あの魔王への狙撃を邪魔した冒険者は、かつては勇者だった奴なの。


 かつての、あたしらの仲間よ」



 衝撃を隠しきれない美美。


 相手が勇者で、そいつがガードしていたのならば自分の狙撃で魔王を倒せないのも道理。


 相手が赤沢とて同じ結果となるだろう。


 しかし、何故そんな物が魔王を守っているのか。


 完全な不意討ちであったにも関わらず、彼は刹那に死神の使者である弾丸の襲来を察知し攻撃を未然に防いだのだ。



「あれは、あれはね……もうずっと以前に死んだ冒険者なの。


 ソルジャーアントとは別のクランにいた勇者だった男よ」


「死んだ⁇」


 ミミが疑問に思うのも無理はない。


 だって、ゲームの世界の冒険者が死ぬなどという事はまずありえないのだ。


 このゲームには対人格闘のPVPもないし、たとえゲームを止めたとしても死亡扱いにはならない。


 ただ出没しなくなるだけなのだ。


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