1-11 魔王軍侵攻前夜
そして翌日になった。
美美と美紅は、冒険者ギルドの宿泊所にある同じ部屋で休んでいた。
不思議と、ここにいるプレイヤーはリアルそのものの感じであるのにも関わらず、特に食事などを必要とはしないようだった。
本来なら確かにそうだろう。
通常のゲーム内では、嗜好的な意味合いや数値の上昇をもたらす意味での補給は常時行われているのだが。
プレイヤー自身はゲームを中断してリアルで栄養補給をするのだから。
大体、トイレや食事なんかは済ませてから始めるのが普通だ。
パーティプイレーの最中にガタガタとログアウトするのはマナー違反でもある。
特に身内ではない人間の違反は、臨時編成の場合に大変嫌われる。
だがリアルに戻れない今の状況では。情報があまりに不足していた。
ここは何なのか、何が起きているのか。
自分達のリアルボディは無事なのか。
自分達は生きているのか。
ここはダイブしているだけで、ただのゲームの中なのか。
またはゲームの世界が具現化事象化した不思議な世界か何かなのか。
そして、もしこのゲーム内の戦闘で死んだ場合、通常のゲームのように復活は有り得るのか。
皆、口に出して言わないが、ここが現実の死をもたらすようなデスゲームの場である事を何よりも恐れていたのだった。
思わず、そのような突飛な考えであれこれと危惧したくなるほどの異常な事態なのであった。
それが確認できない以上、決して無理は出来ない。
「ねえ、美紅。
日付が変わっちゃったけれど、リアルの方の体は何ともないのかな」
「さあ。
センサーの数値をチェックしてみた加減では、リアルボディの方は心身共に正常だとしか言いようがないよね。
過去ログも問題ないし、システム的な警告も出てないよ」
「あの切実な、おトイレ問題はどうなったのかね」
「さあー」
美美は、手持ちの材料で料理を作成していた。
確かめたい事があったからだ。
そしてついに諦めて、インベントリから出しておいた、プレイヤーの経営する家具店で買ったお洒落な椅子にへたりこんで叫んだ。
「駄目だあ。
今のあたしは料理人のジョブとスキルを持っていないから、料理で冒険者をブーストできるような能がないわ。
それに作成速度がどうしようもなく遅い。
まるで大昔のモデムでネットに繋いでいるようなものよ。
本来のあたしの本業である料理人のジョブなら、特殊な活性食や飲料を一気に百個単位で、スキルを使って凄まじい速度で作れるのに」
「そいつは残念だね。
今みたいな時こそ、美美の本職で大活躍の巻だったかもしれないのに」
「本当よー。
せっかくのカンストスキルが泣いている~。
簡易なポーション代わりに出来るような性能のドリンクだって作れるはずなのよ。
今の面子だと、それを出来る料理人ジョブを持った人がいなそう。
料理人スキルマスターなんて人達は大体そのジョブでログインするから」
「あんたみたいにね。
そうだよね、冒険者用のポーションの生産もまともに出来ない状態なんだもんねー」
「まあ、嗜好品の料理やお菓子なんかは普通に作れるんだけどね。
っつうか、それは単に普通にリアルで作れる料理をここでも普通にやれるっていうだけなんだし」
とりあえず、本職の料理人ジョブとしては限りなく無能だという事なのだ。
何かをやってみても、それはリアルでやれる調理の作業そのままでしかないのだ。
しかもここでは現在、勇者パーティをブーストしてくれる料理人ジョブ持ち以外の、ただのリアルの料理人は取り立てて必要とされていないのだ。
「魔王の侵攻は明日だよね」
「うん、普通にイベ予告のお報せメールが来ていたよね」
「という事は運営のシステムは生きているのかな」
「どうなんだろうね」
それから、しばし宙を睨むようにしていた美美が言った。
「あたしら、今日って会社を無断欠勤している勘定になるのかなあ」
「さあ。
ただ、時間の流れってどうなんだろう。
この手のゲームって脳波の働きで繋いでいるから、思考加速により中の時間の方の流れがリアルよりも圧倒的に速いよね」
それも、こういうMMORPが人気を誇る理由の一つであった。
『もう一つの人生で現実よりも何倍も豊かな人生を。
月々たった2980円のパラダイス』
それが単体ゲームで年商五千億円以上を誇る、オーディナル・エブリデイの謳い文句であったのだ。
ここは他のMMORPGとは異なり、脳内お花畑の日本人専用のゲームで、安心の日本語専用空間なのだった。
この二人はヘビーユーザーなので、あれこれと制限のないプラチナ会員の4980円コースなのであった。
「そういや、そうだった!
という事は、現実にはまだそう時間は経っていないという事かな。
あたし、缶ビール二本飲んでからトイレへ行っていないんだよね。
だんだん心配になってきた」
「こっちも大ジョッキ二杯いって、ラーメンスープも飲み干してから、お冷のお替りまでいっちゃったんだけど」
「あまり気にするのはよそう。
気にすると、余計にトイレへ行きたくなるからさ」
「ああ、あれは確かにそういうもんだよね。
じゃあ、ここからトイレの話題を先に言い出した方が、次回リアルで飲み会した時に奢りのルールね」
「よし、その勝負受けた」
「あらー、二人とも何の御遊びなのー。
あたしも混ぜてくださいな~」
様子を見に来た爛ママも会話に混ざってきたが、リアルじゃ場所が離れているため、それはなかなか難しいだろう。
美紅は帰省の時にでもぶらりと美美に会えるので。
「あ、ごめん。
悪友同士の、いつもの飲み会ネタだから。
それとは別で、また今度あたしが東京へ行けたら、爛ママのリアルなお店へ二人で遊びに行って三人で飲もうよ」
「それは悪くない提案ねえ。
ああ、そうそう。
あんたの護衛チームは、あたしも参加する事になったわよん。
他の人がつくかもとか言われてたんだけど、その人は他の仕事を命じられたみたいで手が空かないらしいわ」
美美と美紅は思わず顔を見合わせた。
ただでさえ少ない戦闘要員の人員を裂いてまで、一体何の仕事があるのかと。
「ま、どの道少ないメンバーでやるしかないんだから、あんまり気にしない事よ。
少なくとも勇者が猛者どもを率いて先頭を切ってくれるわけで、後はどっちにしろ、アンタのライフルで魔王をやる以外に勝つ目はないんだもの。
頼りにしてるわよー」
「うっへ。
全然自信はないけど、まあ飲み会のために頑張るとしますかー」
「そうそう、そんなもんでいいのよー。
美味しいお酒を用意して待っているから。
うちのリアル店舗の方は、おつまみも美味しい店だって有名なのよ~」
美美が自分のキッチンで料理スキルの確認をしていた頃、ソルジャーアントのクランでは貴重な戦闘系の人員を裂いてまで派遣した特命チームがある任務を受けていた。
それは、この日常系のゾーンではない他のゾーンへの斥候だった。
この緩い日常系ゲーム世界では一般のプレイヤーが滞在する街は基本的に一つなのだ。
膨大なデータの海が連なる、サーバー容量やそれにかかるコスト、それに構築に必要な人員とコストの限り、いくらでも増築が可能な街が。
だが、日常プレーだけに拘らず、冒険などをしたい人向けに別でワールドマップが広がっているのだ。
そこが今どうなっているのかを知る事により、こちらの集団も事態の打開を図るというか方向性を探ろうというのが、勇者赤沢の狙いなのであった。
希少な戦力を分けるのは本意ではないのだが、逆に作戦規模に比して元々あまりにも少ない戦力しかいないのだから、可及的速やかに有効な手段の模索をした方がいというのが、クラン・リーダーとしての彼の結論なのであった。
とりあえず何がどうしようが、明日になれば魔王バスターの能力を持つ美美が主役を務める、魔王軍侵攻のイベが始まるのであった。