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1-1 ライトゲーマーの日常

「ふう、最近残業が増えたんで堪えるなー。

 やっぱ寄る年波には勝てないな。


 って、あたしゃまだ二十二歳だよ。

 いやはや新入社員は辛いなあ」


 通称「びみちゃん」こと、OL新入社員の作手美美(つくでみみ)は、ピンク色のタンクトップと真っ白な柔らかでフリル付きのようなホットパンツの組み合わせのお洒落な部屋着で座り込んでいた。


 髪の水分を拭きとった急速吸湿性タオルを、ストレートロングの黒髪の上から首の上にかけたままの格好で缶ビールのプルトップを開けた。


 会社では、それなりの美人として、愛嬌があるのも相まって可愛がられている。


 地方都市で、親と同居の自宅住みだから気楽なものだ。


 四つ年下の弟もいたが、今年から自分と入れ替わりに東京の大学へ進学しているので、両親とだけ一緒に暮らしている。


 実家住みだと、多少は母親の小言なんかは飛んでくるのだが、そんなものはもう今更だ。


「んぐんぐんぐ、っとねえ。

 ぷっはー。

 いやあ、こいつは堪りません」


 美美は、昨日作った残り物のナムルをつまみに、リサイクルショップで気に入って購入した、自室に置かれた昭和風のちゃぶ台の上で風呂上がりの一杯を楽しんでいた。


 それから高性能PCのスイッチを入れて、いつものゲーム画面を立ち上げる。


 一昔前ならば、スーパーコンピューターにも匹敵するような演算性能を持つ代物だ。


 今ではただの高性能ゲームPCレベルの性能なのだが。


 並みのゲームならば、性能の各段に上がったスマホやゴーグルタイプのVR機器を用い、余裕で楽しめる。


 100GBPSの高速回線を通じてクラウド直結ならゴーグルタイプのVR機器でもリアルな映像が凄まじい精細なグラフィックで楽しめるのだ。


 だが、この凄まじくリアルなMMORPGだけは高性能PCなしでは楽しめない。


 何しろ、電脳世界にもう一つのリアルな世界を構築するような物なのだから、今はまだ割り当て領域の決まってしまっているクラウドのレベルでは対応できないのだ。


 そういう訳なので、長時間高負荷でプレーする事が多いゲームのため、美美もノートPCではなく熱ダレを起こしにくいミニタワーモデルを使用している。


 もちろん、超々高性能の別電力で駆動されるビデオカードをオプションで装着してある。


 こいつは最大負荷では、通常モードで動いている最近の省エネPC本体よりも電力を食うような代物なのだ。


 これがないとせっかくの素敵な世界が実に悲惨な事になるのだ。


 プレイヤーによっては、敢えてそれを楽しむために、わざとビデオカードをはずして遊ぶような剛の者までいる。


 もちろん、美美はそのような馬鹿げた遊び方はしない。


 ゲーム内で、せっかく苦心して作った料理が悲惨な事になってしまうので。


 美美は、台所で父親へのお歳暮で届いたカニ缶と冷凍野菜、そして定番の粉末中華調味料を使ったカニチャーハンをさっと作り、ビールタイムの続きを邁進しつつ、ゲーム関連の情報板を覗いてみた。


『オーディナリー・エブリデイ』


 それは文字通り、「普通の日常」を何でもありのゲーム世界で楽しむ物なのだった。


 通常の同等のゲームと大きく異なる特徴は、気楽に日常を楽しむために、「設定のリセット」が気楽に出来るのだ。


 今までの日常をデータとしてクラウドとPCの両方にセーブしておき、翌日にはまったく違うゲーム内の生活を最初から楽しめる。


 その代わり、ゼロからのスタートになるので、そのジョブを極める事は簡単にはできない。


 安直にジョブチェンジが可能なので、気楽にあれこれと色々な遊び方が出来るのが特徴だ。


 何かを極めるなら、他のMORPGで遊べばいいのだ。


 それらは昔ながらのコアな課金ゲームである事が多いのに比べて、オーディナリー・エブリデイだけは、スタートに必要な市販の各種ヘッドセット以外の代金以外は月額固定性の料金になっている。

 そういう面からも気楽にプレーできるため、現在ゲーム人口はMMORPG全体の過半数を占めている。


 そのせいでサービスも充実していた。


「ふんふん。

 へえ、定番の魔王軍襲来イベが始まるのか。


 軍用のステータス上昇糧食の納入イベがあるんだなあ。


 よっしゃ、今日はそっちのクエストの準備でもするかあ。


 ゲーム内通貨を稼ぐチャンスだし。

 新発売の超高性能魔導パン焼き機が欲しいのよね。


 料理を作って納入し終わったら、ガンスリンガーのジョブで再ログインして、ちょろっと戦闘に参加してみても面白いしなあ。


 戦闘参加賞でも、なんかいい賞品が出るといいなあ」


 前回は参加チケットのナンバーが、見事特別賞に当選したのだ。


 ガンスリンガージョブ専用で、分厚い魔物の装甲皮膚も一発で遠距離からぶち抜ける、最強の三十ミリ狙撃ライフルが貰えたのだ。


 凱旋人間神輿で、魔王を倒した勇者と一緒に記念パレードしたものだった。


 その後で、知り合いになったそのトップランカーの勇者も招いて、自分で作った料理で祝勝会をやったのは言うまでもない。


 楽しい思い出に思いを寄せつつ、鼻歌交じりにカニチャーハンと二本目の缶ビールを片付けて洗い物を済ませると、いつものようにPCチェアに腰かけた。


 MMORPGを楽しむ姿勢としては、ベッド派・床にごろ寝派・椅子派と各人いろいろなスタイルがあるのだが、美美は椅子派であった。


 超高精細ゴーグルタイプ・ワイドスクリーンキットと防音式の高性能ヘッドホンとマイク付きのヘッドギアを装着し、すでに起動しておいたゲームへとダイブした。


 ログインはヘッドギアが自動的に承認してくれる。


 追加課金プログラムがないゲームであるため、そのせいでパスワードは設定でログイン時に省略されていてもログイン可能だ。


 ヘッドギアに触れた際に指紋を読み取り、起動スイッチが入る。


 装着した際に網膜パターンを読み取り、脳波接続へと続く。


 ハッキングによるログインによるプレイヤーが受ける危険を回避するために、ここまではオフラインで進行する。脳波接続した際に脳波形を確認してくれるので安心だ。


 脳波接続自体は各種製品化を経て、安全性は十分に確認されており、今のところ事故などは報告されていない。


 ハッキング自体に対しても強力なセキュリティが施されており、経由するPC自体にもこの手のMMORPGへの対応が施されている。


「さあ、いざ行かん。我が居城へと!」


 そしてゲーム内でダイブした先は『キッチン・ミミ』、即ち彼女が契約しているテナントだ。


 美美は、ここをログイン時のデフォの出現場所に設定している。


 1アカウントにつき一つ、一定の広さのこういったスペースが認められているのだ。


 そこは当然のようにキッチンスペースだった。


 抽選で、持ち前の強運を発揮して見事に大通りに面した場所を引き当てたので、やろうと思えばカスタマイズしてテイクアウト専門の店や、歩道使用許可を貰って椅子やテーブルを置いた簡易店舗などをやる事も可能なのだが、今はキッチンを置いてあるだけだ。


 料理イベント入賞で、ぎりぎり順位でゲットしたキッチンカーも持っているので、無理に拠点で店は開いていない。


 他の料理系ゲーマーも実に気楽なものなので、各お店は気ままに開店しているだけだから、そのあたりはタイミング一つの一期一会だ。


 料理ジョブを持つ高位のプレイヤーが他のジョブで遊んでいる事も多いゲームなので、ゲーム内で彼らの料理に当たれるかどうかは、まさにラッキーの一言に尽きる。


「さあ、今日も冒険を、じゃあなかった。

 料理して遊ぶぞー!」


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