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ざわざわと波立ち始める -4-

「知ってる? 伝説のトレジャーハンターのパーティが復活したって話」


 リーズナブルな食事をとりながら、ミューラさんがそんな話題を振ってきた。


「しかも、結成してすぐに未踏ダンジョンを発見して、さらに攻略しちゃったんだって。すごいよねぇ、プロって」

「うん、まぁ……すごい人たちだったよ」


 いろんな意味で。


 あの後間もなく、ティアナさんたちがあの未踏の通路の先で伝説級のトレジャーを発見したというビッグニュースが街を騒がせた。世紀の大発見だったとか。

 そんな人とお見合いしてたんだなぁ、僕。

 まぁ、その未踏ダンジョンの入り口を見つけたのはカサネさんなんだけれどね。


「え、知り合い? ……えっ!? まさか、お見合い相手?」

「うん……まぁ」

「へぇ~、そうなんだぁ……変な人とお見合いするわねぇ」


 あなたも十分変な人でしたよ。


「あ、じゃあじゃあ、これは知ってる? 少し前の話なんだけど、ここの近くで領土争いをしていた猫族と犬族の戦争が終結したんだって」

「猫族が龍族を自軍に引き入れたんだよね」


 ……その後すぐ、利用するだけ利用して離婚しようとしてましたけど。

 一応、現在は係争中ということで、まだアマーシアさんは既婚者だ。


「まさか……その関係者も?」

「お見合いはしてないよ。ちょっと知り合う機会があって……」

「じゃあもしかして、この街の七怪談の一つ、鮮血の幼女ブラッディー・ピクシーも知り合いだったりして?」

「なんなのさ、その禍々しい二つ名は」

「なんでも、結婚式当日に教会の中で新郎を血祭りに上げた六歳くらいの女の子がいたんだって。目撃者の証言では、『アレは、人間のなせる業じゃなかった……肉体的にも精神的にも』って」

「いや、その人は知り合いじゃない!」


 うん。

 きっと違う。

 僕の知っているちょっと思考の危ない見た目は少女のお姉さんキャラは、そんな禍々しい二つ名で呼ばれてはいない。いないはず。たまたま聞いたエピソードが似ていただけ。きっと別人。……別人であってくれたらどんなにいいか。


「街の噂よりも、ミューラさんの話が聞きたいな。どんな人なの?」


 ミューラさんが、浮かれて僕に相談に来てしてしまうような出会いをした。

 それは大変喜ばしいことだ。


 聞けば、お相手はかんざし職人さんだそうで。……それで舞子化してたのか。


「そこにいるベテランの職人さんが、すっごく愛妻家で有名なの。それでね、そこのかんざしを身に着けていると恋が成就するって噂になっててさ」

「ご利益にあずかろうと買いに言ったところ、運命の人に出会ったってわけだね」

「う、運命だなんて……ん、まぁ、そゆことなんだけど」


 ストローを咥えて食後のアイスティーを「ちうちう」と飲むミューラさん。

 顔が真っ赤だ。


「でさ……私、また、あぁなっちゃってたじゃない?」


 あぁなっていたというのは、舞子化のことだろう。

 相手に合わせて自分を演じてしまうという……けど。


「今のそれと、以前のアレは違うでしょ」


 相手に合わせて自分を殺すのは考えものだけど、相手に気に入ってもらいたくて相手に合わせて自分を変えるっていうのはきっと誰しも経験があることだと思う。

 オシャレするのも、その一つだ。


「『あんなことも出来る』ミューラさん、ってことなら問題ないと思うよ。特技みたいなもので」

「特技、かな、あれ?」

「特技でしょ。すごいと思うもん」

「そっか……へへ……特技か」


 じゅぞぞっとアイスハーブティーを飲み干し、すっきりしたような顔をこちらに向ける。


「ありがと。話に来てよかった」


 悩みが解消されたならよかった。

 迷わず突き進んでください。新たな恋の道を。……暴走しない程度に。


 それからしばらく世間話をして、僕たちは店を出た。





「今日はありがとね。付き合ってくれて」

「いえいえ。僕も楽しかったよ」


 ミューラさんは夕方から仕事があるという。僕も工房に戻って修行の再開だ。


「トラキチ君の特技は、自分の身を切ってお見合い相手を幸せにしてあげることだよね」

「え~、やだな、その特技」


 僕、ズタボロになっちゃう。


「君が優しいのは重々分かってるからさ、たまにはその優しさを自分にも向けてあげなよ。誰も怒らないから」


『誰も怒らないから』と言われ、また、少しだけ心がざわっとした。

 そんなこと、考えたこともないのに。


「比較的自由奔放に生きてる方だと思うよ、僕は」

「そう思うんだろうね、君なら」


 どこかもどかしそうに苦笑を漏らし、肩をすくめるミューラさん。


「他人に何を言われてもピンとこないかもしれないけどさ」


 ふわりと、天から舞い降りてくるような軽やかさで、僕の髪に指先が絡む。


「『あれ、なんかおかしいぞ』って思うことがあったら、それはきっと心が発してるブレーキサインだから、ちょっとだけ立ち止まって自分の立っている場所を確認してあげなよ」


 軽く揉むように、ミューラさんの指が僕の頭を撫でる。


「無視されるのって、本当につらいんだから。それは、自分の心であってもきっと一緒。君が耳を傾けてあげなきゃ誰にも見向きもされないんだよ」


 髪を撫でていた手を放し、軽く拳を握って、――トン、っと僕の胸を小突く。

 心の、ど真ん中を。


「そういう可哀想な子を見過ごさないのが、トラキチ君でしょ」


 言い終わると、満足そうに微笑んで「じゃね!」と手を振って去っていく。

 小さくなっていく背中を、僕はしばらく見つめていた。


「トラキチ、さん?」


 背後から声がして、ハッと我に返る。

 同時に、心臓が軋みを上げるくらいにキュッと縮まる。


「カサ、ネ……さん」


 振り返ると、買い物中らしいカサネさんが立っていた。


「今の方は……」


 遠ざかるミューラさんの背中を、カサネさんが視線で追う。


 見られていた?

 僕とミューラさんがお店から出てくるところを?

 立ち話をしていたところを?

 髪を、撫でられていたところを……?


 もしそうなら、カサネさんの目にはどんな風に映っていたのだろうか……


「違うんです!」


 咄嗟に否定の言葉が飛び出した。

 今日はこれで二回目。


 だけど、何が『違う』んだろう。


 なんだか、僕らしくない……ような。




 あれ、なんかおかしいぞ?







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