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百年後のために今すべきこと -5-

「私は、お魚料理嫌いなのー!」



 それは、目の前のテーブルの半分を埋める大きな皿に盛られたメイン料理へのクレームだった。

 半身がなくなったその魚料理は、そのほとんどが僕の胃袋の中に収まっていた。


「山育ちで、お魚なんか見たことなかったから、このギョロッとした目とか、うろことか、頼りなくばらばら崩れていく身とか、とにかく全部が苦手! 見るのも嫌! なのに、トラキチ君は私に食べさせようとしたっ! 何度も何度も! イジワルだと思った!」


 そんなことを思っていたなんて……はは。

 ほんと、掴めない人だな。


「一口食べて、『いいお味』って言ってませんでしたっけ?」

「あれは……食べたフリしてた、だけ」


 は……はは…………


「あはははっ!」

「ど、どうして笑うの!?」

「ミューラさん……」

「な、なに? ……嫌いになった? 自分勝手で、嫌な娘だって、思った?」

「思いません! ミューラさん、面白いです!」

「おも……し、ろい?」


 だって、見るのも嫌な料理を食べたフリして、それで「いいお味ね」とか言って……なるほど、その後の当たり障りのない上っ面だけの感想はそのためか。食べてないから感想の言い様がなかったんだ。

 それからずっと僕に勧めてたのって、自分が食べたくないから僕に全部食べさせようとしてたってことですよね?

 全然気付かなかった。

 すっかり騙された。

 純粋な親切、またはそういうキャラ作りなんだって。


「ミューラさん、せっこい性格してるなぁ~!」

「せっ、せこくないもん! 必死だったんだもん! 食べたら『おぇ』ってなるんだもん!」

「言ってくれればよかったのに」

「言ったら……! ……好き嫌いがある娘が嫌いな人だったら嫌われるし、料理を残す娘が嫌いな人だったら……嫌いだって言われるかもしれないって……味覚が合わないと嫌だって言われるかも、しれないし……」

「言いませんよ、そんなこと」


 好き嫌いは体質や環境によるところが大きいですから、責められるものではない。

 僕だって好き嫌いの一つや二つはある。納豆とか、グリーンピースとか……


「僕だったらこう言いますね。『じゃあ、この次はミューラさんの大好物を食べに行きましょうね』って」

「ほんと!?」


 椅子を倒すような勢いで立ち上がるミューラさん。

 本当に嬉しそうな顔をしている。


「指切りしたっていいですよ」

「嘘吐いたら千尋の谷に百回突き落とすよ?」

「……なんですか、その身の毛もよだつ罰……」


 這い上がっても這い上がっても突き落とされる……心が折れるな、絶対。

 指切りって、異世界でも罰は酷いんだなぁ……


 まぁ、それはともかく。


「友達なら、こうやって本音をぶつけ合っても、次の楽しい約束が出来ますし、ちょっとくらいカッコ悪いところを見せたって嫌われたりしない。むしろ、ダメなところをアドバイスし合って、お互いの恋愛を応援し合ったり出来るんですよ」

「そっか…………」


 泣いて、怒って、笑って、喜んで……ミューラさんは今、とても素直な表情をしている。

 そして、とても素直な笑顔を浮かべてくれた。


「それは、お得な関係だね」


 にへへっと笑って、少し照れくさそうに頭をかいた。

 そして、静かに右手を差し出してくる。


「トラキチ君。私の、初めてのお友達になってください」


 少し恥ずかしそうに差し出されたその手を、僕はしっかりと握りしめた。


「はい。喜んで」


 結婚には届かなかったけれど、きっとこの出会いは僕にとっても、ミューラさんにとっても尊いものとなるだろう。

 僕には、そんな確信があった。


 それに、もしかしたら友達からもっと先へと発展するかもしれない。その可能性はないとは言えないのだから。今はまだ。


「実を言うとね……」


 握手をしたまま、俯き加減のミューラさんが上目遣いでちらりと僕に視線を寄越す。


「私もね……結婚するなら、お姫様抱っこしてくれるような、もっとマッチョな人がいいなぁ~……って思ってたんだ」


 言い終わった後、「言ってやった」的な笑みで真っ赤な舌を覗かせる。

 ……こいつめ。


「一週間で腹筋バッキバキにしようかなぁ~、僕も」

「あっ! そうそう。それも言いたかったの! あぁいう変態チックなこと、言わない方がいいよ。あーゆー本心は心の中にしまっておくべきだと思う」

「いや、あれは、ミューラさんに本音をしゃべらせるための方便で、僕の本心じゃないですから」

「どーだかなぁ~。あの時の目、割とマジっぽかったよ?」

「そんなことないですって」

「しょーがない、じゃあ、そーゆーことにしといてあげるよっ」

「信じてないでしょ、その言い方!?」


 言い合って、目が合った瞬間、同時に噴き出した。

 お腹を抱えて笑って、そこまで面白い話じゃないと理解しながらも込み上げてくる笑いを我慢できずに、僕とミューラさんは数分間笑い続けた。

 そして、お腹と頬の筋肉と気管が痛くなったところでようやく笑いが収まる。


「はー……一生分笑った気分」

「いやいや。まだまだこれからもっと笑えることが起こりますよ」

「そうかもね……トラキチ君がいてくれるならね」


 ともすれば、恋に落ちてしまいそうなほど、僕の心を鷲掴みにしたミューラさんのその言葉と表情は、ほんの少しの寂しさを伴って『友達』の雰囲気に飲み込まれていった。



「どっちが先に結婚できるか、競争だね。トラキチ君」



 もしかしたら、彼女も僕と同じ気持ちでいるのではないか……そんな勝手な想像が胸に渦巻くが、決してそれは言葉にしない。

 しない方が、いいと思うから。


「望むところです」



 そうして、僕の二度目のお見合いはまた失敗に終わった。

 けれどその日の夜、僕はとても清々しい気持ちで眠りに落ち、そしてとてもいい夢を見た。

 どんな内容だったかは思い出せないけれど、それは本当に素晴らしく幸せな夢だったと、僕は確信していた。







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