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百年後のために今すべきこと -1-

「おに~ちゃんっ!」


 個室に戻ってきたミューラさんは、予想通り絵に描いたような妹らしい格好をしていた。

 赤いぼんぼりで二つに分けた尻尾髪。

 清純な白い長袖シャツに、可愛らしい真っ赤なドレススカート。

 フリルの付いた足首丈の靴下と、エナメルの赤い靴。

 背中には、ネコを模したリュックサックを背負っている。


 小学生が目の前にいる。

 ……いけない。イケナイことをしているような罪悪感が…………気のせいかもしれないけれど、カサネさんのいる方向から冷ややかな視線を向けられている気が……いや、ただの気のせいに違いない……確認のためにそっちの方へ視線を向けることは、今ちょっと出来ないけれど。


「おに~ちゃん、だっこ~!」

「あ~、ごめんなさい。僕の思い描いていた妹って、もうちょっと年齢上なんですよね。思春期に入ったくらいの、少女と大人の狭間にいるような、周りの目を気にしてお兄ちゃんにべったりは出来ないけれど、でも本当はお兄ちゃん大好きで甘えたいと思っているような、その微妙なラインがたまらなく好きなんですが……」


 と、僕がしゃべっている間に「ガチャッ、バタン! たったったっ……」とミューラさんが個室を飛び出していった。

 そして数分後。


「……兄貴さ、今……ヒマ?」


 ショートボブが可愛らしい中学生くらいの少女がそこにいた。

 グレーのゆったりしたパーカーにデニムのショートパンツ、太ももを覆うくらいのニーハイソックスが絶妙な絶対領域を生み出している。

 ちょっとオシャレを覚え始めたけれどまだどこかイモっぽい。絶妙な『ウチの妹』ラインだ。


 これなら、ベタベタひっついてきたりはしないだろう。

 ……なのに、カサネさんの方向からの冷ややかな視線が持続されている気がするのは、僕の心にやましいことをしているという自覚があるからだろうか……


 違うんです。

 僕がこれをオーダーしたのは、事実確認と、きちんと話を聞いてもらいたいという思いがあったからであって、本心から僕が妹萌えだということではないんです。信じてください! どちらかというと、僕はクール萌えですから!


 という言い訳など、当然出来るはずもなく、僕はなるべくカサネさんの存在を忘れて事を進めることにする。


「ヒマってわけじゃないですよ」

「ふーん……そう、なんだ」


 と、分かりやすくしゅんとして、少し不機嫌そうな顔をする。

 ……この人の妹クオリティ、無駄に高いな。妹萌え属性を持っていたらヤラれていたかもしれない。


「今は、ミューラさんとお話をするっていう、大切な時間ですからね」


 そう伝えると、ぱっと分かりやすく頬に朱が差した。


「は、はぁ? なにそれ……訳分かんない……けど、まぁ。話がしたいなら……付き合ってあげてもいい、けど」


 そう言って向かいの席へと向かい……椅子を持って僕の隣へと座る。

 なるほど。自分に正直な妹的には、そこがベストポジションなんですね。


「……で、なに? 話って」


 興味なさそうな感じを装ってはいるが、話が聞きたくてたまらないのが隠しきれていない。……これが演技なのだとしたら、ミューラさん天才だな。


 けど、演技は演技だ。


「僕はね、幸せな結婚がしたいんだ」

「…………そう。で?」

「だから、本当に、本っ当~に好きな人と結婚したいんだ」

「…………どんな人? っていうか、妹は?」

「妹は好きだよ。今のミューラさんはものすごく理想に近い」

「ほんとっ!?」


 ……そんなに嬉しそうな顔をしないでください。

 良心が……痛みます。


「でも、近いだけで、完璧じゃない。きっと、今のままじゃいつかダメになってしまう」

「――っ!」


 その時、ミューラさんが見せた悲痛な表情で、僕は確信した。

 ミューラさんの七変化の理由――その原因を。


 だから、壊す。

 壊して、壊して……一度ゼロに戻す。


「……にが……りないって、のよ……」


 掠れるような声が聞き取れず、ミューラさんへと顔を近付ける。

 その行為が気に障ったかのように、今度は怒鳴るような大声を上げた。


「あたしに、何が足りないっていうのかって、聞いてんの!」


 鼓膜がビリビリ震えて、少し痛い。

 でも、そんな素振りは見せずに僕はミューラさんに『仕掛ける』。


「腹筋、かな」

「ふ…………ふっきん?」

「そう!」


 ここで、僕は力強く握り拳を握り熱弁を振るう。

 かつて同じ職場にいた一癖も二癖もある同僚の、ちょっと理解しがたい偏りまくった理想論を拝借して。


「幼い顔をしているのにばっきばきに割れた腹筋! それこそが至高なんですよ! 柔らかそうで実は硬い! でも幼いから肌はもちふわで、指で押すとすべすべの肌と硬い筋肉がまるで求肥で包まれた大福アイスのような触感を生み出す! それこそが神秘なる女体の完成形!」

「だい、ふく……あいす?」

「そして、八つに割れた腹筋を舌先であみだくじして下っていくことこそが、男の欲望の到達点なんですっ! 『俺はそーゆーんじゃないから』とか言う男だって、目の前に理想的な腹筋が現れたら迷うことなく同じ行動を取るでしょう! それが、男という生き物なんですっ!」

「しっ!? ……舌で、腹筋を……あみだくじ…………」


 ミューラさんが青い顔をしてお腹を押さえる。

 うん、引きますよね……僕も、この話聞かされた時にどん引きしましたもん。


「…………一週間」

「へ?」

「いっ、一週間で割ってあげるって言ってんの! 腹筋! バッキバキに!」


 この人……本気でやりそうだ。

 そして、先ほどまで青ざめていた顔が若干紅潮している。……満更でもないご様子?

 いやいやいや。腹筋あみだくじはかなりディープな世界なので踏み込まないことをお勧めしますけども!


 ……くそ。

 ミューラさんはどこまでも健気で献身的過ぎる。どんな無理難題にも果敢に挑戦してしまうことだろう。

 なら、どうしようにもないことを言うしか……


「腹筋だけじゃダメなんです!」


 一週間やそこらじゃどうしようにもないことで、男が好きそうな……そうだ!


「実は僕、大のおっぱいマニアで大きなおっぱいが何よりも大好k……!」


 と、その辺りまで口走ったところで室内の温度が急激に下がった。

 これは錯覚などではなく、確実に。


 あぁ、そうだ。

 お見合い相手の女性に胸の話をするなんていうのはマナー違反を通り越して人間として最低だ。

 だから、きっとそういう理由でカサネさんが怒っているんだ……冷気が、バッシバッシ浴びせかけられている。


「すみません。今のは嘘です。ちょっとふざけてみただけです、本心ではありません、忘れてください、お願いします、この通りです」


 一息で言って深々と頭を下げた。

 今この場にいるすべての女性に、先ほどの非礼をお詫びしたい。


「……あの、さ」


 少し照れたニュアンスを含む声に顔を上げると、ミューラさんが顔を背けながらトレーナーを引っ張っていた。両手で、裾を、下に。


「あたし……けっこー大きいと思う……んだけ、ど?」


 確かに。

 引っ張られたトレーナーの向こうに、はっきりとした存在感のある大きな膨らみが確認できた。

 …………これは盲点。


「い、いや……逆にっ! 僕は小さい方が好きなんです!」

「えっ……!?」


 ミューラさんがショックを受けたような顔でトレーナーを離す。

 ゆったりとした服が胸元の膨らみを有耶無耶にしてしまう。


 ……心なしか、室内の気温が上昇したような気がした。


 性的なことはよくない。

 もっと普遍的な、抗えないような…………そうだ!


「実は僕、高身長の女性が好きで」

「今度は身長!?」

「2メートルくらいある女性って素敵だなぁ、って」

「のっ……伸ばすもん!」

「でも、努力しない自堕落な女性も捨てがたい」

「才能で育ててやるもん! 身長も腹筋も!」

「あと、龍族に勝てるくらいに強いと最高」

「ぶ……武術を習っ…………てるつもりで強くなる!」

「料理上手な味音痴ってアンバランスな感じも面白くて好きかも」

「へ? それは、どういう……?」

「空飛べる女性って素敵ですよね?」

「そら!?」

「口から炎が吐けたら一瞬で惚れちゃいます!」

「口から炎!?」

「目からビームでも可!」

「目から…………ビー………………ぅぇええええん!」


 目を白黒させていたミューラさんが顔を覆い隠して泣き出してしまった。



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