変幻自在するわけ -4-
変幻自在なミューラさんの一連の奇行を目の当たりにして翻弄されるばかりの僕だったけれど、「それが、私の生き甲斐だ」と豪語したミューラさんを見て、ようやく合点がいった。
けれど、なぜそんなことをするのか、それが分からない。
そんな苦しいことを、どうしてわざわざ……
あ。
まただ。
また、僕の悪い癖が……
あ~ぁ。
もし、僕の考えていることが当たっているのだとすれば……もし、本当にそうなのだとしたら……
ミューラさんも、僕の好みのタイプかもしれないのにな。
誰が悪いわけじゃない。
もし、何か一つ原因を挙げなければいけないのだとすれば、僕はこう答える。
『出会い方が悪かった』
ちょっとしたタイミングの違いだ。
本当にその些細な差のせい。それだけだ。
だから僕は――
彼女にお節介を焼きたい。
たとえそれが、ありがた迷惑なのだとしても。
そのためにも、見当違いな伏線はきちんと回収してケリを付けなければ。
カサネさんに目配せをして、そして静かに頭を下げる。
ごめんなさい。
今回も、僕、ダメそうです。
けど、僕が決めたことだから。
すぅ………………よしっ。
DVDを買い集めるほど好きだったお笑い番組を思い出して……アレを参考に……
「へー、毎朝目覚めに一ボケ!? それは楽しみですねぇ!」
「そーだろう、そーだろう!」
「やっぱ朝一ってのがいいですよね! 窓から朝陽が差し込んできて、目が覚めて、こうやってベッドから起き上がってきたところで一ボケ……って、しんどいですよ、さすがに!?」
「…………え?」
う……ノリツッコミ…………の、つもりだったのだけれど。失敗……した?
いや、ここで折れてはダメだ。
ミューラさんが仕上げてきたキャラクターに合わせる感じで、このまま、多少苦しくてもやりきる!
「いくら好きでも、朝一はつらいです!」
「えっと……でも……面白いボケ、なのに?」
「いくら水泳好きだって、朝一でプールに突き落とされたら怒りますよね!? お料理大好きな人の枕元に生肉の塊置いておいたら『ぎゃー!』って言いますよね!?」
「あっ、分かった! じゃあ、寝る前に面白いお話をして、オチだけ『つづく』で終われば……!」
「気になって眠れませんって!? で、朝起きてオチだけ言われても、たぶんきょと~んってしちゃいますから!」
「でも、目覚めるのが楽しみになるような家庭がいいって……」
「ボケによる面白い感じの楽しみは昼から夜にかけて、午後の楽しみ方なんですよ! 朝の楽しみはもっと穏やかな感じです! ホッとするような、温かい感じの!」
「あぁ! アフロ!」
「そうそうそう、このもこもこのアフロがあれば家中があったか……って、そんな物理的な温度の話じゃないんですよ!? 『温かい家庭=アフロ』だったら、幸せな家族は全員ボンバーヘッドじゃないですか!」
「のーのー! ボンバーヘッド、のー! ボンバヘッ!」
「言い方とかどうでもいいんですよ! ご家庭内の暖房にボンバーヘッドは含まれません!」
「でもでもっ、楽しい家庭がいいって……!」
「楽しいにもいろいろ種類があって、ずっと爆笑し続けたら疲れきっちゃいますよ! 家庭には癒しも必要なんです!」
「『癒やし系コント、ひなたぼっこ』! あ~、ここが最近新しくオープンしたひなたぼっこカフェかぁ~」
「一旦止めて! 僕が求めてる癒しって、それじゃないですから!」
「『癒やし系コント・新妻』! お帰りなさい、あなた! 『アフロ』にします? 『ボンバヘッ』にします? そ・れ・と・も、『わ・た・し』?」
「それ全部『アフロ』ですよね、今のミューラさんの髪型含め!? そして、コントの種類がどーとかいう話でもないんですよ! こういう『楽しい』じゃないんです、僕が言ってるのは!」
ミューラさんが用意した切り札――すなわち、『楽しい家庭』の『楽しい』を全否定した。
ミューラさんが考える『楽しい』を、僕は求めていないと。
そうしたら、ミューラさんの動きが止まって、今まで全身に纏っていた『ひょうきん者』オーラが霧散した。
目の前にいるのに、一瞬ミューラさんを見失いそうになった。
けれど、視線を外さず見つめていたおかげできちんと認識できた。
また性格が激変したミューラさんを、ミューラさん本人であると、かろうじて。
「…………じゃあ、どんな人が好き……なの?」
なんの感情も感じられない、平坦な声が聞こえた。
起伏もなく、記憶にも残りそうにない、世界の中に紛れてしまったらもう二度と見つけ出せないような、そんななんの特徴もないような無色透明な声。
正直、少しだけ……ぞっとした。
助けて………………あげなきゃ。
「実は僕……妹のように甘えん坊で、自分に正直で、それでいて僕の話をきちんと聞いてくれるような物分かりのいい女性が大好きなんです!」
「……妹……甘えん坊…………自分に正直……話、聞く……物分かり…………」
ぶつぶつと言葉を反芻して、ミューラさんが何度目かの退室をした。
脇目も振らず個室を飛び出していき、足早に遠ざかっていった。
まるで何かに縋りつくかのように。
「カサネさん」
二人きりになった個室の中で、僕はカサネさんに向かって頭を下げた。
「すみません」
顔を上げると、カサネさんは驚いたような顔をしていたが、やがて唇をへの字に曲げて僕に向かってこんな苦言を呈した。
「ですから、トラキチさんはいささか謝罪が多過ぎます」
そして、これから僕が行おうとしている馬鹿な行動を黙認すると、約束してくれた。