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変幻自在するわけ -3-

 数分後、静かにドアが開かれる。

 が、それは店員さんで、飲み物を持ってきてくれただけだった。

 口の中の油をスッキリさせてくれるドリンクらしく、食事とデザートの間に飲んでくださいとのことだった。けれどまだ食事は残っている。ミューラさんが戻ってきてから飲むことにしよう。


 店員さんが出て行き、ドアが閉まる。

 直後にドアが開き、今度は別の店員さんが入ってくる。

 お店の前掛けを翻し、駆け込んできて、力強く両手でテーブルを叩く。

 何事かと見ていると、店員さんは慌てた様子でこんな言葉を口にした。


「今、店員の格好をしたヤツが入ってこなかった!?」

「え? ……あぁ、はい。入ってきました……けど?」

「ばっかもぉ~ん! そいつは怪盗カメリオーネだ!」


 …………はい?


 …………え~っと。


「……なにやってるんですか、ミューラさん?」


 あとから入ってきた店員さんは、店員の格好をしたミューラさんだった。

 メガネがなくなり、店員さんが着けていた前掛けを掛け、また髪型が変わっている。

 今度は実験に失敗して大爆発を巻き起こした直後の博士みたいなボンバーヘッド、つまりもこもこのアフロヘアになっている。

 どんな毛染めを使ったのか、パープルと緑のグラデーションが目にまぶしい。


「ふははは! よくぞ私の正体を見破ったな、トラキチ少年!」

「……少年って…………」


 この『世界』にも、怪盗と戦う少年探偵の物語なんかがあるのだろうか。

 その怪盗カメリオーネ――たぶん、カメレオンみたいにいろいろな物に擬態する変装の名人か何かなのだろう――っていうのが有名なキャラだったりするのかもしれない。の、だが……なんにしても、分かりにくい。僕、そのお話知らないし。


「何を隠そう、私は店員ではないのだ!」

「えぇ、知ってますけど……」

「私は、お医者様なのだ!」

「え?」


『そうなんですか』という質問を込めてカサネさんに視線を向けるが、カサネさんは黙って首を横に振った。

 お医者様でもないらしい。

 ……何がしたいんだろうか、この人は?


「今に聞こえてくるだろう……『お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか!?』という声が!」

「こんなレストランで!? 必要なら呼びに行けばいいだけなのに?」

「その時こそ、私が颯爽と現れてこう言ってやるのだ! 『いらっしゃいません』とっ!」

「お医者様設定はどこ行ったんですか!? お医者様じゃないならわざわざ出て行かずにおとなしくしててくださいよ!」

「一理ある!」

「一理だけじゃないはずですけども!?」


 なんだ!?

 一体何が起こっているんだ、今、僕の目の前で!?


 もっこもこのアフロを揺らして「わはははっ」と豪快に笑うミューラさん。

 ……情緒が、不安定過ぎる。


「ちなみにだ! このアフロは温かい……ぞっ☆」


『ぞっ☆』と一緒にウィンクをもらった。

 ……どうしよう、手に余る。こんなにも扱いに困るウィンクは初めてだ。


「アフロで温かい家庭を築こうではないかっ!」


 その温かさはどうだろう!?

 なんかもじゃもじゃしてそうですし!


「おやおや、どうした少~年っ! 箸が全然進んでないぜぃ? じゃんじゃん食べろ、この食べ盛り!」


 ものすごくフランクに、僕の肩をばしばし叩きながらミューラさんが笑いをこぼす。いや、こぼすというか撒き散らしている。


「いえ、ミューラさんもいませんでしたし、一人で食べても……と、とにかく座って、一緒に食べましょう」


 極端にスキンシップが増えたミューラさん。

 あまりぐいぐい来られるのは得意ではないので、無難な言葉で距離を取る。……心の。

 とにかく着席してください。近いですから。


 と、そんな拒絶にも近しい発言をしてしまった僕に対し、ミューラさんは……


「少年……私を、待っていてくれたの、か?」


 なんだか、瞳を潤ませていた。

 そして、お腹を押さえて顔を逸らした。


「胸が、きゅっとなったぜぃ☆」

「胸長いっすね!?」


 どこまで下がってんですか!?

 と、割と正統なツッコミをしたのだが……


「なっ!? んな、なななっ、わた、私の胸はここまで垂れてはいないぞ! ふ、不埒だな、少年は!? 脳内桃色タイフーンか!?」


 めっちゃ赤面しながら叱責されてしまった。

 挙げ句に……


「こほんっ」


 と、カサネさんからも咳払いをもらってしまう始末……僕、悪くないよね?

 というか、そんな卑猥な意味合いは持たせていなかったんですが…………いや、ダメだ。弁明すればするほどドツボにハマるヤツだ、コレ。甘んじて受け入れておこう、この不当な制裁を。


「そこはおなかだろー」


 一応、正解らしいツッコミをしておく。

 感情こそ、削ぎ落とされてしまっていますけれど。


 そんな対応に満足したのか、ミューラさんは小鼻を膨らませて弾むような足取りで自分の席へと戻っていった。

 そして背もたれを抱きかかえるような格好で、こちらに背中を向けて着席した。


「ちゃんと前向いて!」


 僕が指摘すると、この上もなく嬉しそうにこちらへと向き直った。

 ……しんどいなぁ。


「ふふふ……楽しいなぁ」


 無防備な笑顔を浮かべてもたらされた言葉は、先ほど一瞬だけ垣間見せた素直な感情のようにすごく自然体で、そこだけを見れば純粋に『素敵な笑顔だなぁ』と思えるほどだった。


「こんなに楽しいのは初めて……だなぁ」


 呟いて、ハッと息をのむ。


「なっ、なぁ~んちゃって! なんちゃってだよ、少年! むははは!」


 そんな感じでわざとらしく笑った後、手前に置かれていたグラスを掴んで一気に飲み干した。


「まずい! もう一杯!」

「……何がしたいんですか」


 戯けてみせるミューラさん。

 けれど、その直前に見せた驚いたような顔が、本当の彼女の表情なんじゃないかと、僕には思えた。


「少年を笑わせたい。それが、私の生き甲斐だ!」


 だから、そんな言葉に引っかかった。

 何かが見えそうで……

 ここまでの違和感の正体の、その尻尾が掴めそうで……


「私と結婚すると、きっと楽しいぞ! 毎日毎日お腹を抱えて笑いっぱなしだ! しかも、今ならキャンペーン中につき、毎朝お目覚めの一ボケが付いてくる! 一生涯保障の超お得版だ! 毎日目を覚ますのが楽しみになること請け合いだぞ! 渾身のボケを用意して待っているからねっ!」


 …………見えた。


 そうか。

 そういうことだったのか。



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