姿の掴めない彼女 ミューラ・エポクイス -4-
「素敵な方、……ですね」
「へ?」
移動するカサネさんを目で追っていると、ミューラさんがぽつりと呟いた。
「……エマーソンさん」
目が合うと視線を落として、補足するように言葉を付け足す。
カサネさんを褒めたようだ。
……もしくは、お見合いの最中に他の女性に目をやっていたことを責められているのかもしれない……いけないな、僕。失礼しっぱなしだ。
とはいえ、ここでカサネさんを下げる意味もないわけで、あくまで相談員として信頼しているのであるということを伝えておかなければ。
「そうですね。職務に忠実で、責任感があって、しっかりしていて、素晴らしい相談員さんだと思います」
「……こほん」
なんとか取り繕おうと言葉を重ねていると、カサネさんが咳払いをした。
……どうやら、僕は間違ったようだ。アレは静かな指摘だ。「そんな話はするな」という。きっとそうだ。
「え~っと……ぼ、僕、少し抜けているところがあるので、しっかり者の人にリードしてもらえると助かるなぁ~、なんて………………あはは」
フォロー、失敗……だよね、これは。
ミューラさんが完全に俯いてしまった。
お見合いに来て、相談員とはいえ他の女性を褒めてばかりいる男なんて、そんなの論外だろう。
これは……向こうからお断りされるパターンかもしれないな。
「……しっかり者…………リード………………」
俯いたまま、ミューラさんがぽそぽそと何かを呟いている。
何をしゃべっているのか聞き取ろうと少し腰を浮かせたところで、ミューラさんがガバッと立ち上がった。
思わず身を引き、身構えてしまった。
僕とカサネさんが見守る中、ミューラさんは拳を握り、勇気を振り絞るような雰囲気を纏いながら宣言した。
「……お手洗いに、行ってきます」
ぺこりと頭を下げて、静かに個室を出て行くミューラさん。
ドアが閉まった後も、僕はしばらくそのドアを見つめ続けてしまった。
あんなに意気込んで…………そんなに我慢していたのだろうか?
「トラキチさん」
ドアを見つめていると、カサネさんに声をかけられた。
視線を向けると、カサネさんが困ったような顔をしていた。
「もう少し、先方の方にご配慮を」
「あぅ……すみません」
怒られてしまった。
すいっと視線を逸らされ、カサネさんはまた何かをノートに書き始める。
呆れられたのかもしれないな……と、カサネさんを見つめていると、体が横に揺れ始めた。小さく、リズミカルに。
あれ……ちょっと、嬉しそう?
いや、まさか。そんなわけ……
「……ふふっ」
笑ったね!?
今、小さいながらも確実に笑いましたよね!?
カサネさん……分からない人だ。
とりあえず座り直し、一度深呼吸をする。
この個室に入ってから、僕はずっとテンパり続けていた。
いい加減落ち着いてきちんとお見合いしなくては。
料理はまだ運ばれてきていない。
ミューラさんもおらず、だからといってカサネさんとおしゃべりをするわけにもいかないので、僕は口を閉じて座っていた。
ふと、昨日の光景が思い浮かんだ。
強烈過ぎるミューラさんのインパクトで忘れかけていたけれど……カサネさんが相談者らしき男性にプロポーズされていた。
なのにカサネさんは一切感情の変化を見せずに、いつも通りの落ち着いた声でそれを断っていた。
もしかしたら、よくあることで対応に慣れているのかもしれない。
『相談員が相談者様と必要以上に親密な関係になることはあり得ません』
はっきりとそう言っていた。
公私をはっきりと分けられるカサネさんは、やっぱりカッコいいと思えた。
本当にプロなんだな、と。
そういうところも、佐藤さんに似ているかもしれない。
だから、僕はカサネさんのためにもお見合いを頑張ろうと思う。
……佐藤さんとはなんの関係もないんだけれど、多大な迷惑をかけてしまった佐藤さんの分も、カサネさんに報いたい……というのは、変な感情なのだろうな。
でも、なるべくなら迷惑はかけたくない。そう思った。
それに、僕としても連敗記録をこれ以上伸ばしたくはない。
結婚をして幸せな家庭を築き上げるという義務を負っていることはもちろん、僕を応援してくれている師匠たちを安心させてあげたいということもあるし、カサネさんに連敗記録を作らせたくないという思いもある。
この『世界』に来て僕の変なこだわりは、いい意味で抜け落ちた気がしている。
だからこそ、妥協するというわけではなく、自分に合った相手を見つけられそうな気がする。身の丈に合ったというか、もっと素直な、フラットな気持ちで相手を選べそうというか、そんな感じがする。
とにかく、今回のお見合いに集中しよう。
第一印象こそ、ちょっとアレだったけれど、今日のミューラさんはとても静かで可憐な印象だ。
何か理由があってあのようなことになっていたのだろう。
本当のミューラさんを見極めて、仲良くなってみよう。
昨日と今日の落差で戸惑ってばかりだったから、落ち着いて、冷静に見つめてみよう。
もし、今日の彼女が本当のミューラさんなのだとしたら、僕は彼女とうまくやっていけそうな気がする。
なんとなく、そんな気がするんだ。
そんな、希望とも取れるような期待を胸に、彼女の帰りを待つ。
程なくして、ドアが静かに開かれる。
椅子に座ったまま体を捻り、入ってくる彼女を出迎える。
「あら。お料理はまだ来ていないのね。仕方ないわね、私が聞いてきてあげるわ。大丈夫、お姉さんに任せておきなさい」
スーツでぱしっとキメたメガネ美女が小粋なウィンクと共に僕の肩をぽんと叩いて、入ってきた時と同様に颯爽と個室を出て行った。
そのメガネ美女は間違いなくミューラさんだった。
「この数分で何があった!?」
僕はまた、盛大に取り乱すことになってしまった。