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降って湧いた縁談 -3-

「それで、トラキチさんのお見合い相手なのですが、何名か条件に合いそうな方をピックアップしてみました」


 そう言って、女性のプロフィール用紙の束をカウンターの上へと乗せます。

 トラキチさんのような方と結婚したいという女性は比較的大勢います。


 ただ……


 この中のどの方がもっともトラキチさんに相応しいお見合い相手なのか……私は正直迷っていました。

 素敵な女性が多いことは確かなのですが――


 前回のお見合いを拝見する限り、トラキチさんは優し過ぎるきらいがあります。

 ご自分のお見合いの席にもかかわらず、お見合い相手の方の心を読み取り、迷いなく、瞬時に相手方にとって最良となる結末へと向かわせる、そんな思い切りの良さと大胆さ、そして、切なくなるほどの優しさが彼にはあるのです。


 お見合いの後、結ばれたお二人のことを笑顔で祝福されていた姿は、今も脳裏に焼きついています。

 果たして、あのような行動を取れる方がどれだけいるでしょうか。

 そして、その行動を一片も悔いない方が、どれだけ……


 ですので、私は少し慎重になっています。


 トラキチさんは、そのあふれ出る優しさと抱擁力で、どのような方であっても受け入れてしまわれるのではないか……と。

 しかし、それは当相談所が目指すご成婚ではありません。


 トラキチさんがおっしゃったように――結婚とは双方が幸せであるべきと、我々も考えているのですから。


「見せていただいてもいいんですか?」

「あ、いえ。こちらからご説明差し上げて、気になる方がいらっしゃれば……といいますか、お見合いをされると決められた方のプロフィールでしたらお見せできます」


 お見合いに発展しないお相手のプロフィールをお見せするわけにはいきません。

 相談員を通して、ご本人様がどのような方なのかをプレゼンすることは許可されていますが、相談員を介さない情報の伝達は禁止されています。

 悪用されては困りますし、何より、プライバシーの侵害になりますので。


 ですので、この山と積まれたプロフィールシートの中から私が『この方こそは』という女性を導き出し、トラキチさんにご説明をするべきなのですが……なんだか、私の一言がトラキチさんの結婚相手を決めてしまうのではないかと、そのような気がして、踏ん切りがつきません。

 私が「いい」と言った方を「いいですね」と、素直に受け取ってしまわれるような気がして……


 結婚相手は、トラキチさんご本人に決めていただきたい。そう切に願います。

 私の意見はあくまで参考。そういう意味を込めて、再度質問を重ねます。


「前回は、人族よりも強い方をご希望されていましたが、新たに追加されたい項目はありますか?」

「そうですね……よく笑う楽しい人がいいですね」



『結婚相手に望む条件

 :強靱な肉体と人族を軽く凌駕する圧倒的生命力

 :よく笑う楽しい人』



 強くてよく笑うというと……以前見た歌劇に登場した悪の秘密結社の総帥を思い出します。

『ふはははは! よく来たな!』『ふははは! 効かぬ、効かぬわぁ! ふぁーっはっははは!』と、よく笑う強い方でした。

 ただ、彼は男性ですのでトラキチさんのお見合い相手には合致しません。


 ……そういえば。


「性別にこだわりはありますか?」

「えっ!? そんなにいないんですか、僕の言う条件に当てはまる女性!?」

「いえ。たくさんおられますが、念のため」

「……その『念』は、必要ないと思いますよ」


 トラキチさんは、異性の方がお好きなようです。

 念のため、書き足しておきます。



『備考:女好き』



 …………おや?

 なんだかトラキチさんには相応しくない雰囲気が……消しましょう。


「では、順番にご説明しますので、気になった方がいらっしゃれば……」


 と、そこまで言った時、ドアを蹴破るような音が室内にこだましました。

 次いで、興奮したような女性の叫び声が。


「オラオラオラ! あたいにあんな男を紹介しやがった相談員、出てきやがれ!」


 トラキチさんが目を丸くして、パーテーションの向こうを覗き込まれました。

 私もカウンターを越えて様子を窺います。

 真っ赤な髪の毛を逆立てた、ど派手なメイクの女性が鎖をじゃらじゃら振り回していました。唇と目の周りが真っ黒です。


 ……何事なのでしょう。


「相手が職人だから、根性があって威勢のいい女がいいっつったのは誰だよ!? テメェだろうが!」


 赤髪黒唇さんが、同僚の相談員(男性)に掴みかかりました。

 同僚の相談員(男性・180センチ120キロ)が涙目です。


「い、いえ、あのっ、ちょっと方向性が違ったと言いますか……!」

「軟派より硬派の方がいいって言ってたろうが、あぁ゛ん!?」

「だ、だって! 最初見た時と全然違……っ!」

「どう落とし前つけんだ、コラァ!」

「誰か、この人の担当代わってぇ!」


 同僚の相談員(男性・180センチ120キロ・泣き虫)が床に蹲って泣き出しました。

 ……感心しませんね。相談者様の前でそのような発言をするのは。


 そう思って同僚(男性・180センチ120キロ・泣き虫・不作法者)を見ていると、赤髪さんと目が合いました。


「なぁに見てやがんだ、おぉ゛ん!?」


 ……凄まれてしまいました。


「なんだよ、こら? 見合いしてキッパリ断られたあたいがそんなにおかしいか? おかしけりゃ笑えばいいだろうが! ほら、笑えよ! 一緒に笑ってやらあ! ぬわっはっはっはっはっ!」


 笑い出しました。

 今、この空間で彼女だけが笑っています。

 誰もがどうしていいのか分からず身動きが取れませんでした。


 そんな中、ただ一人――トラキチさんが動きました。


 朝起きて歯を磨くような、自然な雰囲気で。

 何も感じさせないようなさりげなさで。

 ポケットに入っていたハンカチを取り出して赤髪さんに差し出されました。


「あなたは強い人なんですね。でも、無理して笑っちゃダメですよ。無理を続けると、いつしか、素直な笑い方を忘れてしまいますから」


 そう言って、赤髪さんにハンカチを握らせました。

 その瞬間、赤髪さんの瞳が揺らめきました。

 気のせいかと思うくらいにほんの一瞬。


「…………お前、名前は」

「シオヤ・トラキチです。あ、トラキチが名前です」

「…………そうか、トラか」

「いや、トラキチで……」

「おい、トラ!」


 何かを言いかけていたトラキチさんの言葉を無視して、赤髪さんはトラキチさんの胸倉を掴み、接吻するのではないかというくらいに顔を近付けて、ものすごく鋭い視線で睨みつけました。


「あたいと見合いしやがれ」

「…………へ?」

「向こうの青髪がお前の担当だろ? あたいが話を付けておいてやるからなんも心配すんな」

「いや、心配というか……」

「ガタガタ抜かすな!」


 さらに顔を近付け、唇と唇の間が1センチしかないくらいに接近し、私は少し焦りました。

 相手に無許可でそのような行為に走ることは倫理的にNGです。

 しかし、唇が触れ合うことはなく、赤髪さんはトラキチさんに言い放ちます。


「断ったら……コロス」


『ス』がほとんどブレスでした。消え入りそうなウィスパーボイスでした。

 なのに、この空間にいるすべての者の耳にはっきりと刻み込まれました。

 ……トラキチさんが殺害されるのは困ります。


 とはいえ、このような方法で取り纏められたお見合いなど、トラキチさんは望まれないのではないかと……


「…………はぃ。ょろこんで、お受け、ぃたし、ま……しゅ」


 トラキチさんが受諾されました。

 こちらも語尾がものすごくウィスパーボイスでしたが、私の耳にははっきりと聞こえました。『しゅ』と、可愛らしい語尾が。


 いささか型破りではありますが……トラキチさんが喜んでくださるのであれば、私はそれを尊重したいと思います。

 言われてみれば、人族よりも強そうですし、先ほど大きな声で笑っておられましたし。

 もしかしたら、こういう方がトラキチさんの好みの女性なのかも、しれません。


 強引なところが前回のエリアナ・バートリーさんに似ていますし。

 なるほど。と、私はノートに記述を増やしておきます。



『備考:押しに弱い』



 ――と。







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