普通じゃない日常
初投稿です。頑張ります!
暗闇の中、一人の少女がすすり泣いている。両手で何度も涙を拭いながら嗚咽を繰り返しており、目は赤く腫れ、頬には何度も涙の伝った跡が残っていた。
「ヒドいよ…………お兄ちゃん。どうしてこんな事…………」
ずっと何かを呟いており、その声はかすれていた。
少女は艶やかな銀の髪を肩まで垂らし、時々開かれる紫色の瞳は、全てを飲み込むかのごとく君臨している。
しかし今の少女の弱々しい姿が、瞳の力強さを打ち消している。
少女に淡い光が射す。少女は顔を上げそちらを向く。光を見た少女は、少し安心したような表情を見せる。
「アソコからなら少し出られそう」
少女は少し考え、自分の手に銀色の欠片を集め始めた。
その欠片の光は差し込む光と同じ、暖かな優しい光だった。
「お願いっ。誰か助けて!」
何かを託すかのように欠片を押し上げる。
少女の手を離れた欠片は光の方へ吸い寄せられ漂い、暫くして光りと共に消えていった。
◇
「ったく、なんでこれで世の中回ってんだか」
報告書をまとめながら俺はぼやく。
「んなこと私にほざかれてもねぇ……そんな事より、早くその報告書出しな」
「ハイハイ、言われなくても分かってますよ。あと師匠には言ってません。独り言です」
「アンタも随時生意気になったねぇ。出会った頃は生意気というよりは警戒してたっていう感じだったんだが」
カラカラと笑いながら師匠は言う。
「自分の仕事を全部、人に押し付けるからですよ」
「そうかい」
師匠はそう言ってまた煙草を吸い始めた。
「ハァ……」
俺の名前は間 星空、高校二年生。訳あってこの生活力皆無のサボり魔師匠を手伝っている。この人のサボり癖は今に始まった事じゃないので、もういろいろと諦めている。
師匠の名前は九鬼 舞。刑事部捜査一課所属の刑事だ。一課とはいうものの、仕事面では基本優秀なので幅広く仕事している。しかも強い。とんでもなく強い。一人で犯罪組織に突っ込んでって壊滅させる事が出来る程度には強い。とても人間だとは思えない。
「アンタ今、失礼な事考えてただろう」
「いいえ、別に」
「ふーん」
そして勘も鋭い。今も怪しんで此方をジロジロと見てくる。
俺は手元の書類を眺める。パワハラにセクハラ、過労死や自殺、いじめ、さらには痴漢やストーカーの被害届が山のようにある。
本来は、俺のような高校生が触れていい書類じゃないのだが……何せ師匠がこのサボり魔である。弟子である俺の存在を知った師匠の上司と部下が、そろって俺に頼み込んで来たのだ。
『私の責任は弟子であるお前の責任でもある』
と、理不尽な事を師匠に言われ、今ここにいたる。
普通ならば断るのだろうが、師匠にはいろいろと恩がある為断れないのだ。
「ハァ……いっそのことパワハラで訴えてみようかな…」
「何言ってるんだい、どうせその書類も此処に回ってくるんだよ」
「だから師匠には言ってませんって!」
机を叩きながら席を立つ。
「ハァ……少し休憩します」
俺はソファーにもたれ掛かり、側に置いてある本をひらく。
タイトルは「ブラック企業で過労死したら異世界転生!?獣耳娘と過ごすまったりライフ」だ。
最初この本を持ってきたとき師匠に、
「アンタがファンタジー物を読むなんて珍しいねぇ」
と言われた。
誰のせいでこんなテンプレファンタジーにでも縋りたい気持ちになってるんですかぁ! と叫びたくなったが、それを言うとボコられるので、ギリギリのところで抑えた思い出のある本だ。
ガチャンと音がして男が入ってくる。
「兄貴~九鬼さ~ん昼飯買ってきましたよ~」
「遅い! 五分以内に買って来いと言ったのに十秒オーバーしているじゃないか!」
「ヒイィァ。スンマセン、スンマセン」
でその男、師匠に理不尽な理由で説教を食らっているのが、俺の子分で仕事の手伝いもしてくれている矢追 楓。同じ高校に通う同級生。コイツも訳あり。他にも子分はいるがコイツが最古参。何故か三下感がにじみ出てるが、なかなかの切れ者だ。
「師匠、その位にしといてやって下さい」
「あっ兄貴ぃ~ありがとうごさいますぅ~」
楓が、涙と鼻水でグチャグチャになった顔で何度もお礼を言いながらこちらに向かって来る。
「分ーたから、顔洗ってこい」
「はいぃ」
そう返事をすると、そそくさと部屋を出て行った。
師匠が此方を向く。
「アンタはあいつに優し過ぎるんだよ」
「そうですか。俺は師匠みたいに自分を慕ってくれてる人に、理不尽な事を言わないだけですので」
「おっ、言うようになったじゃないか。また修業したいようだねぇ」
師匠がそう言って茶化す。
「それだけは勘弁して下さい」
俺は手を挙げて降参した。
そんな普通……ではないが平和に暮らしていた俺が、異世界転移に巻き込まれるなんてこの時は考えてもいなかった…。
◇
「眩しっ」
目に光が射し込み俺は瞼を開く。すると、そこには幾つもの幾何学模様が折り混ざった図があった。
「魔法陣……………オウェップ」
吐き気がする。まるでジェットコースターに乗ったかのような内臓のフワッと感が何十倍にも凝縮されたような気持ち悪さだ。
俺は立っていられず思わず座り込むが、人影を見つけふと隣を見る。
「………お前!」
コイツが…コイツが母さんを………
怒りが腹の底からフツフツと湧いてくる。
いや落ち着け俺。まだ状況も分かっていなんいんだ。コイツに構っている暇はない!殺気を抑えろ。心を落ち着かせる方法は知っているだろ俺ぇ。何度も失敗して師匠にボコられたんだからなぁ!
………………………………………。
……………………。
「ふぅー……」
取り敢えず落ち着いた。吐き気もない。コイツの確認は後。まずどういう状況か周りを確認しなければ。
そう思い俺は顔を上げた。
「ヒィ!」
顔をあげた瞬間、目の前の少女に怯えられた。
その少女の第一印象は、金髪の縦ロールだった。
それに合わせるかの様な、全身黄色のドレス。まるで御伽話に出て来る姫のような宝石が散りばめられ、フリルやレースがふんだんにあしらわれていた。
頭には、見たこともないような大きな宝石が付いているティアラがあり、瞳は碧眼だった。
そして少女は咳払いをし、こう言った。
「勇者様。どうかこの国をお救い下さい」
と。
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