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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ビターフレンズ

 失恋をした。相手は部活の先輩だった。いつも楽しそうで、笑顔の明るい先輩だった。なのに、ここぞという時には格好良くて、私たち一年生の女子の中でもかなり人気のある先輩だった。

 これだけ聞くと、彼女くらい、いそうなものだが、彼にはそんな噂は全く立っていなかった。かなり真面目な人間らしく、誰かのことが好きだとかそういう話は聞いたこともない。

 それなのに、突然先輩が一年の女子と付き合っていると言う話を聞いた。ショックを受けるよりも先に驚いた。まさか、彼がと言った感じだった。

 彼は私にもよく優しくしてくれていた。そして、私が何気なく、好きな人っているんですか、と尋ねると、彼は確かにいないと、答えたのだ。

 裏切られたような気持ちがした。私がその件について、大きくショックを受けた部分はそこにあった。

 私は体育館倉庫の中で一人泣いていた。なぜだか、彼の姿を見ると、涙が止まらなくなったのだ。

 既に部活は終了しており、誰も寄り付かなくなっていた体育館倉庫。しかし、扉は開かれた。

 咄嗟に目元を隠そうとした。しかし、その必要はなかったようだ。

 そこから、現れた少女。それが、私の親友、純子だった。


 彼女とはもう長い付き合いになる。親が中学の時からの親友だとかで、幼い時からよく一緒にいた。純子は私とは違って、まっすぐ長く伸ばした髪は奇麗な黒で、いい匂いがして、体型はモデルのようなプロポーションを誇っており、顔も小さく、テレビに出ているような女の人すらも比べ物にならないほど、美しく、私の高校の中でも一際目立つ存在だ。その彼女と幼馴染だというから、私の元には純子に近づこうとする男が絶えなかった。

 純子は、体育館倉庫に一人うずくまっていた私の姿を見て、

「茉莉、どうしたの!? 何があったの」

 と私の肩を掴んで、焦ったように、尋ねた。

「それが……」

「もしかして、先輩のこと?」

「……うん」

「茉莉、そんなに泣かないでよ」

 彼女は私を抱きしめて、泣いた。

「あなたの涙を見てると、私も悲しくなっちゃうの」

 そんな、と思った。けれども、同時に純子がいかに私のことを大事にしているかが分かって、嬉しかった。

「大丈夫だよ。先輩が茉莉のものにならなくたって、私はいつも茉莉と一緒にいる。私なら、茉莉のことなんでもわかるんだから」

「ありがとう」

「わかるよ。先輩のどういうところが好きだったの?」

「優しくて……かっこよくて……」

「そうだね。優しくてかっこいい人だった」

「好きな人いないって言ってたのに……どうして……」

「男なんてそんなもんなんだよ。あれだよ、自分のことは隠して、茉莉のこと、キープしとこうと思ってたんだ」

「そんな……ひどい」

「でしょ? 大丈夫、私は茉莉に隠し事なんてしない。私は茉莉のこと騙したりしない。ねっ」

「本当に?」

「うん、もちろんだよ。あ、そうだ。こういう時こそ、甘いスイーツでしょ。駅の近くにできた新しいスイーツ店、なかなかいいらしいんだ。一緒に行かない?」

「うん」

 彼女は私の涙を指で拭って、笑って見せた。

 純子の包容力は天使のそれと全く同じもののように私には思えた。彼女に抱きしめられて、優しくされるだけで、心の苦しみは一瞬で消え去る。同じ言葉を使ったとしても、こんなことをできるのは世界でただ一人彼女しかいないだろう。


 先輩は、次の日にはもう別れていたようだ。思った以上に屑やろうで、すぐに捨てられたのだとか。結局、相手がだれかだっただなんて、誰も知らないし、先輩も誰かに話すつもりはないようだ。

 その時から、私は誰かに恋することがなくなった。友達もどんどん少なくなった。 

 けれども、少しも悲しくはない。私は純子とずっと二人でいる。

 本当に彼女は私のことをすべて分かってくれている。彼女は心の底から私を大事に思ってくれている。

 その「友情」は私にとっては、他の何にも代えがたいものだった。

 彼女が私以外のなにものも必要としないように、私も彼女以外のなにものも必要としない。

 そのことが私たちの全てだった。

「ずっと、一緒だよ、茉莉。ずっと、ずっと」

 彼女は満足そうに笑った。その笑顔を私が独り占めしている。そのこともなぜだかたまらないほどの幸せに思えた。

 きっと、十年後も二十年後も、彼女は私と一緒にいてくれる。そう確信した。


 ここは誰にも見せられない部屋。私だけの、秘密の空間。

 ここには私と茉莉の思い出の写真が詰まっている。それに、彼女を独り占めするための、計画を考えたのもこの場所だ。

 ああ、愛おしい。私は目の前にある彼女の写真に触れる。

 邪魔者はもういない。彼女の眼にはもう私しか映らないはずだ。

 けれど、私のこの思いはいつになったら伝わるのだろう。そう考え始めた途端に、胸が苦しくなって、パニックに陥りそうになってしまう。

 そうしたとき、私は彼女を抱擁したときの温もりを思い出して、布団に入る。

 きっと、いつかは、いつかは私の思いが彼女に伝わる。そして茉莉も私の思いを受け止めてくれるはずだ。

 君のにおいが、君の体温が、君の瞳が、君の顔が、君の味が、ありとあらゆる、君が私を狂わせたんだ。だから、その責任をきっと、彼女は払ってくれる。

 もうあなたのいない世界なんて考えられないのだから。

 だから、今は伝わらなくても、とにかく、私の元から離さないことだけ考えればいい。

 次はどうしようか。

 私はあらゆる可能性に思いを馳せながら、部屋いっぱいの君に包まれながら、眠りについた。

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