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エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい  作者: 当麻月菜
番外編 初めての……

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初めてのお墓参り③

 バザロフの屋敷は王都の郊外にある。そして広大な敷地である。

 

 屋敷も近衛騎士団長兼宮廷騎士団総括という肩書にふさわしくどでかい。しかも、そこに小さな森までくっついている。


 といっても財を見せびらかす為に、森まで手に入れたわけではい。


 バザロフは団長と総括を兼任しているが、それは25年前の戦争で多大な功績をあげた結果、押し付けられた役職でもある。


 ちなみに彼がどうして多大な功績をあげたのかといえば、それは死にたくなかったから。もっと正直に言うと、生きて戻ってマダムローズに求婚をしたかったから。

 

 つまり何が言いたいかというと、元々バザロフは、富にも地位にもあまり興味が無い人間なのだということ。


 そんな彼がなぜ森まで自身の敷地にしたかといえば、終戦後、職を失った傭兵たちの第二の職場を与えるため。

 敷地が広ければ広い程、たくさんの人間を雇うことができるから。


 そんな訳で、元傭兵たちが管理する森の奥にティアの母親であるメリエムが眠っていたりもする。


 



「おい、ユザーナそっちじゃない。右だ右」

「……」

「おい、ユザーナ上着が木の枝に引っ掛かっているぞ」

「……っ」

「おい、ユザーナここは滑るから気を付けろ。お前の一張羅が台無しになるぞ。がっはっはっはっ」

「……黙れ」


 バザロフのおちょくりに、とうとう我慢の限界を越えたユザーナは、唸るようにそう呟いた。


 けれどそれは幸いなことにバザロフには届いたが、ティアのところまでは届かなかった。


 なぜなら機嫌を悪くしたユザーナが早足になり、それをバザロフが追いかけ、そしてまたユザーナが更に早足になってしまったから。



 というわけで、みるみるうちにマッチ棒のような大きさになってしまった実の父親と義理の父親に若干呆れた表情を浮かべながら、ティアはマイペースにぽてぽてと歩く。


 ここは森の中の小道。いや獣道と呼ぶべきところ。しかも急斜面。


 傭兵たちは森に危険な獣がいないかと毎日目を光らせてはいるが、残念ながら道を舗装することはバザロフから禁じられている。

 なぜかというと、ここは鍛錬場でもあるから。足場が悪ければ悪い程、足腰を鍛えるのに都合が良い。


 長年ここに通うティアはそのことを知っているので、不平不満を覚えることはない。でも、慣れてはいるけれど気を抜くと転びそうになるのも仕方がない。


 なのに隣を歩くイケメン騎士は、ティアを転ばそうとするような発言をかます。


「ティア、足元に気を付け……あ、まどろっこしい。抱えるぞ」

「だっ大丈夫です」


 にゅっと伸ばされた太い腕をティアはひらりとかわす。けれどその腕の持ち主は途端にムッとした表情を浮かべた。


「なにが大丈夫なものか。こんなに足場が悪いというのに。ほら、こっちに来い」


 婚約者はとことん甘やかすをモットーにしているグレンシスは、こんな獣道を歩かせるなど耐えられないことだった。


 けれどティアとてグレンシスに抱き上げられるなんて耐えられない。前方に父親が2人もいるというのに。

 この人は死に急ぎたいのだろうかとすら思ってしまう。でも何より、一番困るのはこれだ。


「グレンさま。私ですね……お母さんに会いに行くんですよ」

「……そういえばそうだった」


 ティアにそう言われてグレンシスも婚約者の母親に挨拶に向かっている最中だったのを思い出した。


 だが、騎士たるもの伸ばした手を引っ込めることなどできるわけもない。 


「なら手をよこせ」


 口調とは裏腹に壊れ物を扱うようにそっとティアの手をとったグレンシスは、そのまま小さな手を包む。そして少し強引に指を広げさせると、自身の指を絡めた。


「……グレンさま、これは……ちょっと……」


 いわゆる恋人つなぎをされたティアは、途端にもじもじとする。頬もほんのりと赤い。


 その姿はイケメン騎士にとったら、たまらないご馳走だった。


「ティア可愛い」


 頭上から耳を疑うような言葉が降ってきて、ティアは慌てて手に持っていた献花で顔を隠す。


 そうすれば「両手に花だな」とわけのわからない言葉が再び降ってくる。


「……っ」

 

 ティアは思わず献花の隙間からグレンシスを睨んだ。


 グレンシスだって片手に母の墓前に供える花を持っているのだ。だからそれはこっちの台詞。


 でも結局、拝みたくなる程に美しい微笑を浮かべたグレンシスは最強で、ティアはその悪態を口にすることはできなかった。





 それから足場が悪いのはかわらないけれど、次第に傾斜が緩やかになり視界が一気に開けた。

 目的地に到着したのだ。


 メリエムの墓は森の奥。バザロフの屋敷の敷地内で一番高い場所にある。


 そしてメリエムが眠る場所は森というより小さな高台の公園のようだった。


 墓標の周りには元傭兵たちの手で造られた花壇があり、一息つくための東屋もある。なにより木々を抜けたそこはとても見晴らしが良い。


「壮観だな」

「はい。私、ここから眺める景色が大好きです」


 ティアとグレンシスは短い言葉を交わしながら、墓標へと歩を進める。


 けれど、あと3歩で到着といったところで、同時にピタリと足を止めた。


「───……お前のそういうところが憎ったらしい」

「ははっ。儂はお前のそういう素直ではないところが気に入ってるぞ」

「……殺すぞ?」

「できるのならな」


 母親の墓標の前に立つバザロフとユザーナの物騒な会話が聞こえてきて、ティアはぎょっとする。


 けれど二人の間にはついさっきまであった殺伐とした空気はない。どちらかと言えば喧嘩の後の気まずさが漂っているだけ。


 けれど会話と空気が一致しないティアは、2人に声を掛けることができず首をかしげてしまう。


 グレンシスも同じように怪訝そうに眉をわずかに寄せた。けれど、すぐにその理由に気付いた。次いで膝を折り、ティアの耳元に唇を寄せる。


「見えるか?ティア。奥の正面の緑色の屋根の大きな屋敷はユザーナさまのご自宅だ」

「……っ?!」


 囁かれた途端、グレンシスの暖かい息まで耳に吹き込まれ、ティアは思わずひっくり返りそうになった。不意打ちにもほどがある。


 けれど尻もちをつく前に、大きな手がティアの腰に回される。


「そこまで驚くことか?まぁ……お前はユザーナさまのお屋敷を知らなかったからそうなるのも仕方がないか」


 グレンシスはよろけたティアを支えながら、的外れなことをのたまって一人納得する。


 ……違う。そっちで驚いたわけじゃない。


 思わずジト目で睨んでしまったティアだったけれど、もう一度、母の墓標の先にある大きなお屋敷を見つめる。


 ───……母はずっと、父の事をこうして見守っていたのだ。


 初めて知ったその事実にティアは、胸が熱くなる。バザロフの気遣いに心から感謝した。


 そして犬猿の仲であるはずのバザロフとユザーナが、いがみ合いながら何度も剣を交わしても、絶対に互いの急所を狙わない理由がわかったような気がした。

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