初めてのお昼寝②
ティアは驚愕していた。
うたた寝をしてしまい目を覚ました途端、なぜかわからないけれど、イケメンのドアップが視界に飛び込んできて。
「……うう」
ティアは小さく呻き声を上げた。
ロハン邸にお世話に……いや、はっきり言うとグレンシスの婚約者となって早一ヶ月。毎日この美しいご尊顔を目にしている。
が、こんなドアップは久方ぶり。しかも寝顔を見るのは2度目。
イケメン+寝顔+ドアップ=悶絶。
単純な方程式にのっとり、ティアは至極単純に悶絶した。
しかも現在進行形でティアは、このイケメンの腕の中に居る。
あと、枕代わり使っていたクッションはグレンシスに没収され、その代わりにたくましい腕が枕となっている。まぁつまり、腕枕状態であったりする。
イケメン+寝顔+ドアップ+腕枕=悶絶死。
これまた単純な方程式にのっとり、ティアは臨終しかけている。
それにしても、一体全体、なんでこんなことになったのだろうと、ティアは現実逃避も兼ねて、今日これまでの経緯を思い返してみた。
本日、メゾン・プレザンは月に一度の休館日であった。
普段ならこの休館日は、使用人一同総出で大掃除をするのだけれど、マダムローズの粋な計らいで、ティアはお休みとなった。
しかも、グレンシスも非番。
二人そろってお休みというのは、かなり貴重。というか初めての事。
だから数日前からグレンシスはウキウキして街で買い物に行こうとか、遠乗りをしようとか、嬉しそうに提案をしてくれた。
けれど、根っからの引きこもりのティアは、曖昧に頷くだけで結局、具体的な予定が決められないまま当日を迎えてしまったのだ。
けれど、グレンシスは急な仕事の為、休日出勤。
仕事だから仕方がない。ティアは不満に思うことはなかった。
それに早く帰ってくると言ってくれたので、不貞腐れることもなく見送った。……若干、いや相当グレンシスは不満そうであったけれど。
そして、「あの野郎」と吐き捨てた言葉は誰に向けてのものだったのだろうか。
ティアは気にはなったけれど、知らない方が良いという直感に素直に従い、頭の中から消去した。
さて、独りぼっちの休日を迎えてしまったティアだったけれど、ここでまさかの来客があった。
実の父親であるユザーナがティアを訪ねてきたのである。
そりゃもうティアは仰天した。
なぜなら現在グレンシスはユザーナの護衛を務めている。なのに、ユザーナは単身でロハン邸にやってきたのだ。
それだけではない。グレンシスは急な仕事の為に、休日出勤をしたのだ。……護衛対象である、ユザーナに呼ばれて。
そして苦笑を浮かべながらもユザーナを迎え入れる使用人達を見て、ティアは色々察してしまった。
けれど、賢くもそれを口にすることはしなかった。
それからティアはユザーナとお茶を飲んだ。3杯も飲んだ。
ちなみにその間、二人の会話は天気の話と、最近読んだ本の表紙の色の話と、紅茶のうがいは喉に良いという3点だけ。
ぶっちゃけ世間話にも満たない内容だった。
ただ最後にユザーナは意を決したように、前のめりになり、ティアに質問を投げかけた。『好きな食べ物は、何だ?!』と。
ティアが梨と即答した途端、ユザーナはがっくりと肩を落とした。
そして『旬が終わったばっかりだ』と呟き、よろよろと席を立ち、ロハン邸を後にした。
馬車へと去っていくユザーナの打ちひしがれた姿があまりに痛々しかったので、ティアは慌てて『梨のジャムも好き』だと声を掛けたが……ユザーナの耳に届いたかどうかは定かではない。
それからティアは暇を持て余して、自室で読書をしていた。
お天気が良かったのもあったし、休日というなんとなく特別感もあって、行儀悪く絨毯に寝転んだりして。
そしていつの間にか部屋に入って来たシノノメの背を撫でていたら、ついつい寝入ってしまった。というのが、これまでの経緯。
だけれども、結局、なぜ今、グレンシスに腕枕をされているのかは、てんでわからなかった。
と、つらつらと考えていたティアだったけれど、ひとまず、この腕から抜け出そうという結論に達した。が、
「───……ああ、ティア。起きたのか?」
「はい」
ティアがもぞっと身動ぎをした途端に、目ざとく腕の持ち主が目を開けてしまった。
そしてティアを抱き込む腕に力を込める。
「駄目だ、逃がさない」
「へぇ?」
情けない声を上げたティアの耳を、グレンシスは優しく食んだ。
「!!!!!」
痛みはない。
けれど、ティアは突然のことに声を上げることすら忘れ、硬直する。咄嗟にシノノメに助けを求める。
ただ、ここでなぜかシノノメは、すくっと立ち上がる。
そして、無情にもトコトコと部屋を出て行った。
シノノメは主に忠実で、大変、空気の読める番犬である。だからご主人様の至福の時間を邪魔するなど、忠犬の名が廃るというもの。
でも実際は、”夫婦喧嘩は犬も食わない”という諺をもじって、”恋人のイチャつきなど胸焼け必至”といった感じだったのだろう。
ただティアからすれば、グレンシスと二人っきり。しかも、真昼間に横になったままの密着状態。
想像しただけで、恐ろしい図だ。
しかも、ここでグレンシスはティアに追い打ちをかけるかのように、寝ぼけ眼で、こんなことをのたまった。
「……ティア、頼む。もう少し、このままで……」
「……っ」
なんていうお願い事をしてくれるんだっ。
ティアはみるみるうちに、頬が熱くなる。
しかも寝ぼけたグレンシスは妙に色っぽい。ブルーグレーの瞳は濡れているように潤んでいて、声はどことなく甘い。
もはや凶器である。───……無理だ。断じて無理だ。ティアは早々に結論を下す。
「グ、グレンさま。お洋服が皺になります。だから、」
「構わない」
「でも明日、お仕事が」
「替えはある」
「ここで寝ては背中が痛くなります」
「なら、ベッドに行こう」
「……っ」
ティアは墓穴を掘った。
しかも、息を呑んだ瞬間、更にグレンシスの腕の中に引き込まれ、ぶ厚い胸にティアのほっぺたが密着してしまう。
そして当然のごとくティアの心臓はバックバックと暴れまくる。
もしかして、自分はこのまま永眠してしまうかもしれないという不安すらよぎる。
けれど、世界中で一番居心地の良いグレンシスの腕の中、早鐘を打っていた心臓は次第に規則正しいものに変わる。
「……グ、グレンさま。少しだけですよ」
「ああ。もう少しだけ」
少し寝ぼけたグレンシスの声が耳朶に心地よい。
───……ああ、幸せだなぁ。
そんなことをティアはしみじみと心の中で呟いた。
そして、グレンシスの寝息に重なるように、ティアの瞼がゆっくりと落ちていった。




