初めてのお昼寝①
グレンシスは驚愕していた。
晩秋の木漏れ日が差し込む、ポカポカとした部屋の中、ティアがうたた寝をする姿を目にして。
もちろんグレンシスは、これまで何度もティアの寝顔を見てきた。
けれど今日のティアは、自室の絨毯に直接寝転んで、とても無防備な姿だった。かつ、今までで一番無垢な表情を浮かべていた。
しかも番犬のシノノメがティアの背に寄り添うように寝転んでいる。
そして広げられたままの本や、枕代わりのクッションが良い感じにティアの寝姿に花を添えている。
その破壊的な可愛らしさにグレンシスは目眩を覚えた。
とある世界には、今この瞬間をありのままに画像に納めることができる「スマホ」というのがあるらしい。
もし今、グレンシスがそれを手にしていれば、容量マックスまでこの光景を写しまくるだろう。
そしてフォルダに入れ、またフォルダに入れ、そんでもって念の為またフォルダに入れて厳重に保管するだろう。もちろんパスワード付きで。
その後、毎日毎夜、それを眺め、変態の一歩手前の表情を浮かべることだろう。
そしてきっと、家宝にする。いや、やっぱり誰にも見られたくないから、死ぬときは棺桶に一緒に入れてもらうのだろう。
……とはいえ、現実としてグレンシスはそんな夢のようなアイテムを所持しているわけではない。だから、脳裏に焼き付けるために必死に凝視する。
「くそっ……可愛い」
感情が高ぶって、グレンシスは思わず胸の内から言葉が零れ落ちる。
身体も大変素直だ。気付けばグレンシスは、ティアのすぐ傍に膝を付き、寝顔を覗き込んでいた。
「……触りたい」
今度はグレンシスの本音が、ポロリとその形の良い唇から零れ落ちた。
もちろんこらえ性のないグレンシスが、我慢などするわけがない。
言い終えぬうちに、騎士服のままでいる彼は素早く手袋を外していた。そして、ティアの頬に張り付いている横髪をそっと払う。
「……ん」
砂糖菓子よりもっと甘いティアの寝言が、グレンシスの耳朶を刺す。
瞬間、グレンシスは、空いている方の手で顔を覆って悶絶した。
何だこの生き物は。最高に可愛いと、心の中で叫びながら。
そしてこのティアの寝姿は、自分へのご褒美なのかと考える。
ちなみにグレンシスは、本日は非番であったのに、ユザーナからの急な呼び出しのせいで、午前中は仕事だった。
しかもその呼び出し理由が【ちょっと外出するから、代わりに書類に目を通しておけ】というあり得ないもの。
グレンシスは騎士だ。そして現在ユザーナの護衛を務めている。
護衛の中には、代理で書類をさばく業務は含まれていない。
だから、そんな命令無視して良かった。
けれど、悔しいことにユザーナは愛するティアの父親でもある。
だからグレンシスは舌打ちを26回もしながら、休日出勤をして宰相代理を務め、ちゃちゃっと書類をさばいて帰宅したのであった。
そして着替える間も惜しんでティアの元へ来れば、こんなサプライズ。
───ああ、間違いない。これは休日出勤をした自分へのご褒美だ。
グレンシスはそう思った。
そして、都合よくこんなことも思った。
なら、存分にこの褒美を味わうことにしよう、と。
グレンシスは自分の出した答えに満足そうに大きく頷いて、マントを脱ぎ捨てる。そしてティアを起こさぬようそっと、その横に身体を横たえた。
ただすぐに気配を察したシノノメの耳がピクリと動く。
駄目だ。絶対に動くな。気合で寝ていろ。
グレンシスは少しだけ顔を持ち上げて、そうシノノメに強く念を送った。
「……ぴすっ」
主に忠実な番犬は、微かに鼻を鳴らして、立てた耳を引っ込めると、再び、くぅくぅと寝息を立てだした。
若干、嘘くさい感じはするけれど、グレンシスは、シノノメに及第点を出す。そして目を細めて、ティアに視線を移す。
「ティア……お前は、今、どんな夢を見ているんだ?」
グレンシスは大きな手でティアゴールドピンクの髪を撫でながら、吐息交じりにそんなことを問いかける。
けれど問いかけた相手からの返事はない。どうやら深い眠りに落ちているようだった。
くすっとグレンシスは、小さく笑う。
そして、大好きで大切で、世界で一番愛おしい人の髪に手を滑り込ませながら、自身の瞼もゆっくりと落ちていくのを止められないでいた。




