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エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい  作者: 当麻月菜
第二部 結婚とは……

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2

 内容が内容だけに、グレンシスは目を丸くしながらも、慌てて周りに人気がないかを確認する。


 しかし、勢いづいたティアは、頓着せずに言葉を続けた。


「移し身の術は血で受け継がれます。ご存知の通り、移し身の術を使うものは、その術で自身の傷を癒すことはできません。そして、同じ血を引く人間同士にも、術は通用しないんです」


 ティアの一度堰を切った言葉は、止まることを知らなかった。止め処なく溢れてくる。


 対してグレンシスは、背後からティアを抱きしめたままでいる。


 ティアが小刻みに震えているのがわかっているから。

 そして、これまで誰にも言えなかった思いを、精一杯言葉にしようとしているのがちゃんと伝わっているから。


 だからこそ口を挟むことなく、じっと聞いている。


「怖いんです……生まれてくる子供が病気になったり、怪我をしたりしても、癒すことができないのが。そして、もし仮に子供を産んだとしても、私は自分勝手な気持ちから、子供にあれやこれやと都合のいい理由を見付けて、行動を制限してしまいそうな気がするんです。少しでも怪我をしそうな場所には行かせないと思うし、子供らしく遊ぶことも禁じてしまいそうな気がするんです」


 一生結婚をしないと決めたのは、母親が死んだとき。


 ティアが5歳の時に、母親はこの世を去った。

 ちょうどティアが移し身の術を習得し終えたころだった。それを見届けて自分の使命を果たしたかのように、あっけなく死んでしまった。


 ただ母親が病床に着いてしまった時、ティアは何度も母親に移し身の術を使った。何度も、何度も。


 けれど、救うことができなかった。

 未熟だったせいではない。娼館で流行り病に罹った人間は他にもいた。そしてその人達の命は救えたのだから。


 ティアは母の亡骸に縋りつきながら、こう思った。二度とこんな辛い別れを経験したくない、と。


 だから同じ血を引く───移し身の術を使える人間を授かりたくはない、と。


 そう決めた時、ティアはまだ子供で幼過ぎて、結婚というのが漠然としたものだった。ただただ、結婚をすれば子供をつくらないといけないということだけしか、わかっていなかった。


 メゾン・プレザンの主であるマダムローズは、娼婦たちを生きた宝石として飾り立てることはするけれど、きちんと一人の人間として扱う。


 だから娼館で避けては通れない”望まぬ結実”という名のトラブルは、メゾン・プレザンでは起こらないよう徹底して気を付けている。


 そんな恵まれた環境だからこそ、メゾン・プレザンの娼婦たちは、ふとこんな愚痴を吐いてしまう。


『惚れた男の、子供を宿してみたい』と。


 身受けされたわけでもなく、娼館に身を置いたまま客の子供を孕んでしまえば、その末路はどこの娼館も同じ。


 だけれども、メゾン・プレザンにおいてそういったトラブルはこれまで無い。

 だからティアは、娼婦たちが口にする贅沢な愚痴でもあり、夢物語を真に受けてしまっていたのだ。


 そして、こう思ってしまっているのだ。


 子を()すことは、総じて女性が憧れるものなのだと。

 

 ティアは娼婦ではない。

 マダムローズとバザロフは、ティアが結婚することを強く望んでいることも痛いほど知っている。


 ティアとて結婚自体が嫌なわけではない。その後に続くことが怖いのだ。

 でもこれまで、その気持ちを吐き出せる者はティアの前にはどこにもいなかった。


 だからティアは一人考え、決めた。()()()()()()()()()、と。


 恋などしなくても生きていけるし、置いていかれる恐怖に比べたら、一人で生きていく心細さなど、どうということはないと。


 どうにもならなければ、死ぬだけだ。そうしたら、母に会える。


 そんなふうにティアは思っていた。

 つまり、この若さで人生に見切りを付けていたのだ。


「私、あの時、グレン様に嘘を言いました。メゾン・プレザンで夢を見ていたい訳じゃないんです。私は傷付きたくないんです。失いたくないんです。……誰もが当たり前にできることを……したくないんです」


 ───臆病者と思われただろうか。女としての価値がないと思われただろうか。


 グレンシスは最初は驚いた素振りを見せたけれど、その後はずっとティアの言葉に耳を傾けているだけ。何も言わないし、口を挟まない。相槌すら打たない。

 

 そして後ろから抱きかかえられているティアは、グレンシスの表情がわからない。もちろん、身体を捻ってその表情を伺い見る勇気など毛頭ない。


 ただ自分を抱きしめているその腕は、ぴったりと自分の身体に巻き付いていて、まるで溶接されてしまったのかのように動かない。


 腕を振りほどくことに意識を向けられないほど、呆れているのだろうか。

 それとも、このままでいてくれることが彼の最後の優しさなのだろうか。


 そんなことを考えながら、刑の執行を待つ罪人のような気持ちでティアはじっと息を潜めて待つ。

 グレンシスが自分を断罪する瞬間を。


 二人の間に落ちる沈黙を取り繕うように、秋の乾いた風が吹き抜ける。

 ティアのスカートが、風をはらんでふわりと広がる。


 それをそっとティアが押さえた瞬間、グレンシスはほぅっと息を吐いた。


「───……なるほどなぁ」


 長い間の後、グレンシスは静かにそう言った。


 ただ、その口調は、まるで世間話に相槌を打つような軽いものだった。


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