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国王陛下が、ユザーナとティアにドッキリを仕掛けたかったのは本当の事。
でも、ティアに”お前の術なんか必要ない”と伝えることも、ついでではなかった。
どちらも大切なこと。でも、一回こっきりにしたかったのだろう。
国王陛下は、これで話は終わりと言いたげに手の甲を振って、ティアとユザーナに退出を促した。
「失礼します」
ユザーナは綺麗な所作で片足を一歩後ろに引いて、礼を取る。ティアはぺこりと頭を下げる。
そしてバザロフとグレンシスも騎士の礼を取り、そのまま退出しようとした。けれど───
「バザロフ、待て」
ここでなぜか国王陛下は、厳つい顔をしている近衛騎士団長をぴしゃりと呼び止めた。
「お前は今から会議だ。ユザーナの代わりに顔を出して来い」
「……うるさい儂が顔を出したところで、有意義な会議になるとは思いませんがな」
「有意義な会議などあった試しがあるか。ただお前が行けば、少なくとも悪い内容の会議にはならんだろう。普段はユザーナがやっているんだ。今日くらいはお前が代わりに顔を出してやれ」
息継ぎすることなく一気に言い切った国王陛下は、音もなく玉座から立ち上がり、すたすたと奥の部屋へと消えた。
人はこれを言い捨てと呼ぶが、それをここで口に出せる人間は一人もいない。
だからバザロフは、大仰に溜息を付きながらユザーナに向けてこう言った。
「一つ貸しだぞ」
バザロフと犬猿の仲であるユザーナは、普段ならここで『誰がお前なんかに貸しをつくるか』と噛みつくところ。
でも今日に限っては、丁寧にバザロフに向かって頭を下げた。
ユザーナを先頭に、ティアは再び中庭に向けて、ぽてぽてと歩く。
不思議なことに歩調を早める必要はない。
ユザーナは、一度も振り替えることなく歩いているはずなのに、ちゃんとティアの歩幅に合わせて歩いてくれているのだ。
すごい特技だとティアは純粋に思う。
そしてそんなことをぼんやりと考えながら、視線だけを動かして辺りを伺う。
国王陛下と謁見する前、ティアは中庭に立ち寄った。
そしてその時、ユザーナは中庭での会話が執務室まで聞こえてきたと言って、大変、不機嫌な表情を浮かべていた。
中庭まではもうすぐだ。
けれど執務室と思わしき部屋はどこにもない。
つまり、あの時言ったユザーナの言葉は嘘だったのだろう。次いで、ティアはこう思う。
もしかして立ち聞きしていたのだろうか、と。───もしそうなら、何のために?
芋づる式に湧いた疑問に、ティアは賢くもそっと胸に納めた。答えを知る必要はないと判断したから。
でも後ろを歩くグレンシスに、こっそり聞いてみたりはした。
「わざと中庭に寄ったんですか?」
首を捻って寄り添うように付いてきてくれるイケメン騎士に問いかけたけれど、返事はない。
でもグレンシスは、イケメン騎士という名に恥じない綺麗な笑みを浮かべ、ティアの頭をあやすように軽く叩いた。
アーチ状の扉を抜けた先にある中庭は、国王陛下の言う通り、すでにお茶会の為のテーブルがセットされており、お仕着せを着た侍女たちがティア達の到着を待っていた。
グレンシスは、突如始まってしまった親子水入らずのお茶会を邪魔しないように少し離れた場所で足を止める。でも、ティアの視界に入るようにいてくれる。
それがとても心強い。
あとユザーナが、早々に侍女たちを下がらせたので、変なもやつきも持たなくて済みそうで、ほっとする。
現金なことだけれど、ほんの少しだけ、ティアはユザーナに好感を持ってしまう。
でもそれは、本当に少しだけ。
気まずさを払拭できるほどの大きさではない。
だから、ティアは促されるままテーブルに着席したけれど、ずっと無言のままユザーナと向き合っている。
「───……元気にしていたか?」
「……はい。おかげさまで」
長い長い沈黙の後、ユザーナはとてもありきたりな言葉を口にした。
同じように咄嗟に返した言葉があまりにありきたりなもので、ティアはついつい笑いそうになってしまう。
でも、ここで笑うのは、いらぬ誤解を招くことだと知っているティアは、無理矢理、口元を引き結んで表情を硬くする。
でもユザーナには、別のものに見えたようだった。
「私を恨んでいるか?」
「あ、いえ。全然、まったく」
今度は必要以上に否定してしまったような気がして、ティアは内心焦る。
きっと眼前の宰相もとい、父親も同じことを考えているのだろう。ティースプーンを回す速度が半端ない。
そして自分もさっきからお茶を一口飲んでソーサーに戻す。そればかりを繰り返しカチャカチャと耳障りな音が庭園に響く。
……ああ、どうにもこうにもペースがつかめない。
ティアは、年頃の女性のように沈黙に苦痛を覚える類の人間ではない。ただ今回に限っては、さすがにキツイ。
小さく息を吐いたのと同時に、微かにキンモクセイの香りがティアの鼻腔をくすぐった。
どこかにあるのだろうか。
そんなふうにティアが一瞬だけよそに意識を向けた途端、ふと聞いてみたいことを思いつく。
「あの……一つ、良いですか?」
「な、なんでも……聞いてくれ」
慌てた様子でユザーナが前のめりになって頷く。
それに驚き、ティアは少し身を引いてしまった。でも気圧されることなく、ゆっくりと口を開いた。
「アジェーリア様がオルドレイ国に嫁ぐとき、私をその旅の供にとバザロフさまが推薦してくれました。そして、えっと、宰相……さまも」
「ユザーナでいい」
「ユ、ユザーナ様も、賛成してくれたそうですが……どうしてですか?」
あの時はまさか自分が宰相様の娘とは知らなかったので、さらりと聞き流してしまった。
でも今になって、妙に引っかかりを覚えてしまう。
じっとユザーナを見つめること、3拍。
思いの外、短い時間でユザーナはティアの問いに答えた。
「オルドレイ国は隣国ではあるが遠い」
「はい」
「あんな機会でもなければ、君は母親の故郷を見ることができなかっただろう?」
そこでユザーナは微かに笑って、ティアに問いかけた。
対してティアは、瞬きを繰り返すだけ。
てっきりバザロフと同様に移し身の術を使えるからという理由だと思っていた。
けれど貰った答えは、嬉しい意味でティアの予想を裏切ってくれた。
そこでやっとティアは自分がガチガチに緊張していたことに気付く。
無意識に強張っていた肩の力を抜く。
そうすれば視界の端に映るグレンシスがほっとした表情を浮かべた。
恐ろしいまでに過保護だと内心苦笑する。でもやっぱり心強い。
そしてティアはしっかりと前を向いてユザーナを見る。不器用ながらも笑みを浮かべて。
「オルドレイ国は……といっても、私は関所までしか行ってませんが、渓谷の水が澄んでいて、とても綺麗なところでした。そして関所にいた皆さんは、国籍など関係なく肩を組んだり、楽しそうに会話をしてました。……私、ちょっとだけこの国の未来を見れたような気がして、とっても嬉しかったです」
「そうか」
ユザーナは嬉しそうに目を細める。それからティアから視線を離して、目を細める。
まるでその先に、ティアには見えないユザーナだけの光景があるかのように。
「サチェ渓谷よりもう少しオルドレイ国に入ったところに、ケヤキの木があるんだ。とても大きな。樹齢何百年という木が、今でもあるはずだ」
「はい」
頷きながら、やたらと木にこだわるなとティアは思う。もちろん口には出さない。
ただ次のユザーナの言葉には、ティアは無表情のままではいられなかった。
「そこで私は、君のお母さん……メリエムと出会った」
「……っ」
さらりと紡がれたユザーナの言葉に、ティアは軽く息を呑む。
ユザーナと自分の母親が男女の出会いをして、自分が生まれたのはわかっていた。
でも、母の名を紡ぐユザーナの声音が、あまりに切ない響きを持っていて。ユザーナがまだ母のことを想っていることが痛いほど伝わってきたから。
「ティア、聞きたくもないかもしれないが、良かったら、私とメリエムの話を聞いてくれないか?」
まるでティアが嫌と言ったら死んでしまいそうな切実な表情を浮かべ、ユザーナは問いかける。
「聞きたいです。お願いします」
考えるより先に、ティアは口を開いていた。
そして、ティアが頷いたのをきっかけにユザーナは静かに語り出す。
───二人が出会い、恋に落ち、そして別れなければならなかった経緯を。




