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 3年前に命を救った騎士は、本人はその自覚は無いがティアにとって初恋の男でもあった。


 ただ3年後に再会した騎士は、悲しい程にいけ好かない男になっていた。


 時間とはとても残酷だ。現実は物語のようにうまくいかない。

 ちなみに移し身の術は、性格の悪さまでは癒すことができない。


 天は二物を与えずとはまさにこのことだと、ティアは心の中で溜息をつく。


 でも悔しいことに、どんなにいけ好かない男だろうとも顔だけは良い。

 しかも、恐ろしいことに、3年前よりその美貌に磨きがかかっていた。

 

 だからどんなに鼻の奥がつんとしようとも、惨めな気持ちになってしまっても、やっぱり救った事に後悔はしていない。


 いや、むしろ、あの時の自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだ。


 それに、よくよく考えたら、ティアの髪色はこの3年でブラウンローズから、ゴールドピンクに変わってしまった。

 それに瀕死の状態で、傷を癒した人間の顔を覚えることなどできるわけがない。


 だからイケメン騎士がティアのことを覚えていないのは仕方がないことなのだ。


 けれどやっぱり、忘れられていたというか、気付いてもらえなかった事実は、ティアにとっては辛いことだった。


 こんなふうな気持ちになるから、真実なんて知りたくなかったのだ。

 自分には、遠くからイケメン騎士の健勝を祈るくらいが身分相応だったのだ。

 

 ティアは、ぐるぐると同じことばかりを考える。 

 ──手を伸ばせば届きそうなほど、近くにいる当の本人を見つめながら。





 イケメン騎士は、むっつりした表情を隠すこともせず、ただ腕を組んで一人掛けのソファに腰かけている。


 ティアが座れば、つま先がやっと床に届くか届かないかというものなのに、騎士は優雅に足を組んでいても、片足はきちんと床に届いている。


 ふんぞり返っているようにも見えるその姿は、大変、カッコいい。


 娼館にお抱えの絵師がいたら、間違いなくデッサンを初めてしまうだろう。

 

 ちなみに騎士のマントはポールハンガーに掛けてあるけれど、上着は着たままだし、剣は未だに腰にある。


 そしてすぐ傍で直立不動でいるティアには、騎士の身体から発するピリピリとした緊張感が刺さるように伝わってくる。


 でも警戒心剥き出しのその姿も、非の打ち所がないほどにカッコいい。

 つまりティアは悪態をつきながらも、騎士に見とれていた。


 けれど、すぐにバザロフから言いつけられたことを思い出し、騎士に向かって声を掛ける。

 無意識に、こっそり手櫛で髪を整えてから。


「騎士様、なにかお召し上がりになりますか?」


「結構だ」


 にべもない。ついでにギロリと睨まれてしまった。


 とはいえ、バザロフからきちんとおもてなしをしなさいという命令を受けているティアは、あらそうですかと頷くこともできない。


 でも、ティアは娼館生まれの娼館育ちだけれど、娼婦ではない。

 だから客を持つことはしないし、接待のやりかたも教えてもらっていない。


 どうしていいのかわからずティアは、ほとほと困り果ててしまう。


 

 さて、なぜこんな状況になったかというと、実のところ、ティアも良くわかっていない。


 ただ、先日来たばかりのバザロフが10日も経たずに、再びここ、娼館へと来てくれた。なぜかわからないけれど、このイケメン騎士を伴って。


 そして、古傷が痛むのかと心配するティアをよそに、バザロフはマダムローズに話があると言って部屋を出て行ってしまったのだ。


 イケメン騎士を部屋に残して。



 

 ティアがいる部屋は、いつもの二間続きの部屋ではない。

 中堅クラスの客をもてなす部屋だ。


 だから部屋はそこそこ広いけれど、どどんとベッドが我が物顔でいる。


 シーツの交換や清掃で何度もこの部屋には足を踏み入れているけれど、異性と……しかもイケメン騎士と二人っきりでいるのはどうにもこうにも落ち着かない。


 ただ唯一の救いは、この部屋の照明が、妖艶な雰囲気を演出するキャンドルではなく、オイルを使うルームランプだということ。


 食事がとれるほど明るい部屋の中で、ティアは従者のようにイケメン騎士の傍に突っ立っている。


 そして、目線だけを動かして、不機嫌とはこうだというお手本のような表情を浮かべている騎士をちらりと見た。


 グレンシス・ロハン。御年26。

 王宮騎士であり、近衛隊第四王女付伝令役。

 簡単に説明すると超が付くほどのエリート騎士様である。


 これは、バザロフからついさっき聞いた。 

 世間知らずのティアは、きちんと理解できず小さく頷くことしかできなかったが。

 

 ただ、少しは理解できた。

 

 この騎士様は3年前の傷の後遺症に苦しんではおらず、ちゃんを剣を握ることができていること。

 ティアの願い通り、ちゃんとイケメンのまま、この世界に存在していること。


 見抜くことができなかった性格の悪さは置いといて、純粋にティアは嬉しかった。


 次いで、結婚しているのかとか、恋人はいるのかという下世話な疑問がむくりと湧き上がる。


 けれどすぐに、ティアはそれを振り払う。

 知ったところでどうする。詮無いことだ。


 首を小さく横に振ったティアは気持ちを切り替えると、再び騎士への接待にトライする。 


「食事がいらないということでしたら、お酒をお持ちしましょう。お好みの味があれば教えてください」


「勤務中のため、飲酒はできない」


「で、では、お茶をお持ちしましょう」


「結構だ」


「………」


 ティアはここで、盛大に舌打ちをした。もちろん心の中で。


 もしかしたら聞こえてしまったかもと心配する程、大きな舌打ちを。

 顔にこそ出しはしなかったけれど、不快さは空気となって漏れてしまっていた。


 それをしっかりと感じ取ったグレンシスは、ぼそりと呟いた。


「……こんな小娘に接待を受けてたまるものか」


「聞こえております。それとも、わざとですか?」


「……俺の承諾もなしに聞く方が悪いのでは?」


「なっ」


 ああ、いっそ今の言葉をバザロフに聞かせてやって欲しい。

 そうすればこの苦痛でしかない時間から、間違いなく開放されるだろう。


 そんなふうに思うティアだけれど、グレンシスに対して怒りの感情はない。


 ティアは娼婦の姐さま達のおしゃべりをずっと聞いて育ってきた。

 だから、男性というのは、年齢に関係なく少々子供っぽいところがあることを知っている。


 つまり、このイケメン騎士は、言いたいことがあるけれど、それを口に出すことができない、いわゆる天邪鬼なのだろう。


 そして、何を言いたいか。ティアは、すぐにピンときた。


「……ああ、そうですか。そういうことですね」


「何を一人で納得しているんだ?」


 合点がいったとばかりに深く頷くティアだったが、グレンシスは、まったくもって理解できず眉間にしわをよせるだけだった。

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