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自首をした犯罪者のようにあっさりと頷いたティアを見て、国王陛下は微かに目を見張った。
どうやら、こんなに素直な態度を取るとは思っていなかったのだろう。
頭に乗っている王冠の位置すら、微妙にズレたような気がする。
もしかして、すっとぼけるとでも思ったのだろうか。それとも、違いますと見え透いた嘘を言うとでも思ったのだろうか。
まさかとは思うが、前後に敬う言葉を付けて仰々しく返事をしてほしかったとか。
ティアは心の中で、けっと侮蔑の言葉を吐く。国家を治める最高位の人間に向けて。
本来なら、そんなこと思うだけでも、投獄案件である。
だが残念ながら国王陛下は彫りの深い顔立ちで品はあるけれど、決してティアの好みの顔ではない。
だからティアは自分自身の法の下、ポーカーフェイスのまま『それがどうかしましたか?』というオーラを出しながら、国王陛下をじっと見つめるだけ。
けれど視線が合わさった陛下は、たじろぐことなどしない。
面白そうに片方の眉を持ち上げ、再び口を開く。
「なるほど。どんな深い傷もたちまち癒すという不思議な術を持つと言うが……そうだな。試しにここで見せてみよ」
……ああ、やっぱりそうなると思った。
ティアは、やれやれと心の中で溜息を付く。
どうやら望まぬ展開になりそうだ。
でも、最悪の事態を既に予想していたティアは表情を変えず首を横に振る。
「できません」
きっぱりと言い切ったティアに、玉座にいる男は憤ることはなく、ただ不遜げに笑みを浮かべるだけ。
だが、どこぞのエリート騎士よりサマになっているところがちょっとイラッとする。
その笑みは彼の専売特許なのだと、ティアは声を大にして訴えたい衝動に駆られた。
もちろん、そんな的外れなことは口にしない。そして、少々眉間に皺が寄ってしまったことは致し方ない。
けれど国王陛下は、ティアの表情の変化をしっかりととらえていた。
この機を逃すかといわんばかりに、更にティアを苛立だせる言葉を放つ。
「怪我人がいないからということか。なら、ここで作ればよい」
そう言って国王陛下は懐から短剣を取り出すと、無造作にティアに向かって放り投げた。
しまった。眉を下げ、少しくらいは申し訳ない顔をすべきだったか。
ティアは最低限の作法で腰を落としたまま、内心、舌打ちをする。
けれどそう思っても時すでに遅し。
色とりどりの宝石を埋め込まれた短剣は、くるくると円を描きながら、ティアのドレスの裾にあたり止まった。
ティアは、それに視線を向ける。
随分とお高そうだ。でも、やんごとなき方々にとって、こんなもの、ただの備品の一つとしか思ってないのだろうと、感情を動かすことなく淡々と考える。
そして沸々と湧き上がるやり場のない怒りを散らすために、メゾン・プレザン一、宝石を愛してやまないアリス姐さまが『宝石転がして、何しとんじゃいワレ!』と、王様に回し蹴りをするシーンを想像してみる。
結果として、ティアの怒りは飛散できた。が、笑いのツボは途方に暮れてしまうほど刺激されてしまった。
「誰でも良い。好きなものを切りつけ、すぐに癒してみよ」
必死に笑いを堪えるティアは、傍から見たら、ぼけっと突っ立っているようにしか見えないのだろう。
一向に短剣を取り上げないティアに、陛下は焦れたようにそう言った。
対してティアは、その言葉を聞いた瞬間、今度は笑いツボはどこかに消え失せた。
代わりに浮かぶ感情は、いっそ、目の前のふんぞり返っている王様を切りつけてやろうかというもの。
でもそこでティアは、偶然にも国王陛下と目が合った。驚いて息をのむ。
国王陛下は、メゾンプレザンにいる娼婦と同じ表情を浮かべていた。
メゾンプレザンは、言わずと知れた娼館だ。
そしてそこにいる娼婦は、殿方に一夜限りの夢を与えるのがお仕事。
各殿方が思い描く理想の女性を演じることがお仕事。嘘つきのプロなのだ。
そしてティアは娼館で生まれ、育った。だから、そういう顔をしている娼婦を毎日のように見ている。
したがって、すぐに理解できた。
この短剣を投げつけてきた御仁は、演技をしているということが。言い換えるなら、なんらかの理由があって嘘を付いているのだ。
そしてそのことがわかれば、懸念していた事態にはならないのだという確信をティアは持つ。ほっとした。でも、僅かに落胆した気持ちで息を吐き出す。
ただ、何故こんな茶番を仕掛けるのかはわからない。
そもそもこの国で最たる存在である国王陛下が、わざわざ嘘を付く理由など一体どこにあるのだろうか?
そんな疑問がティアの頭の中に浮かぶ。でもそれ以前に、思い出したことがあった。
忘れていたけれど、眼前のこのお方は腐っても、アジェーリアの父親だったのだ。
なら、一回くらい、茶番に乗ってあげようか。
そしてやれば、おのずと目論見がわかるはず。
国王云々の前に、目上の人の対してどうよ?と言いたくなるような、偉そうなことを思ったティアだけれども、長年培ってきたポーカーフェイスは、未だに壊れることがない。
ただいい加減、中途半端に腰を落としたこの姿勢はキツイ。普段使わない筋肉が今にも悲鳴を上げそうだ。
「わかりました。では、」
ティアはそこまで言って、短剣を手に取る。
すぐには鞘を抜かず、もったいぶって姿勢を真っ直ぐにして腰を叩いてみせる。
国王陛下の太く男らしい眉がピクリと跳ねた。
けれどティアは、それを無視して、ぐるりと謁見の間を見渡す。
これまで玉座にいる人間とのやり取りに気を取られていたけれど、良く見れば玉座の両端にバザロフとユザーナがいる。
そして自分の後ろにはグレンシスが。
そう。このだだっ広い空間には、ティア以外に、たった3名しかいないのだ。
そして残念ながら、この3名の中で、何の躊躇もなく斬り付けることができる人間はいない。
で、国王陛下は誰に嘘をついているのか。
なんだかんだ言って、この全てが全部自分に向けての嘘だったらお笑い草だ。
そんなことをティアは考えながら、ようやっと鞘を抜く。
「王様の命令なら、やるしかないですね。では、こちらの短剣で斬りつけましょう」
小演技をかましてから、切っ先を自身に向ける。
次いで誰からの視線を遮断するように目をぎゅっと瞑り、その喉元を切りつけようとした瞬間───
「やめるんだっ」
切羽詰まった声と共に、腕を強く掴まれた。
ティアの短剣を奪ったのは、グレンシスではなく───宰相のユザーナであった。




