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ぽてぽてと歩くティアのすぐ横には、深紅のマントを翻しながら歩くイケメン騎士がいる。
長い足をゆっくり動かして、ティアを急かさないよう細心の注意を払いながら。
さてここは、トゥレムヴァニエール城の中庭に続く回廊。
グレンシスには勝手知ったる職場であるが、ティアにとったら3回目のまだ見慣れない場所。
微妙な違いを持つ二人だけれど、そんなことはお構いなく、ここは秋の色づく歴史と芸術をすべて集めたような王城の敷地内である。
そして回廊の大理石の廊下は穏やかな日射しを反射して、イケメン騎士をより美しく見せている。本日もしっかり糊付けされた濃紺の騎士服が、素晴らしくお似合いだ。
ティアはそれを横目で見ながら、やっぱりぽてぽてと歩く。
表情も歩く速度も変わらない。
でも実のところ、内心かなり面白くない。
それは勝手気ままに自分を振り回す国王陛下にではなく、イケメン騎士ことグレンシスに対して少々ご不満であるから。
断っておくが、グレンシスは今のところティアの機嫌を損ねるようなことは何もしていない。
してはいないけれど、ティアが不機嫌になっているのも、これまた現実で。
それは、お仕着せを身に着けた年頃のお姉さま方はチラチラとグレンシスに熱い視線を向けるから。
もちろん、お仕着せを着ているのだから、お姉さま方達はお仕事中。でもそんなのは2の次、3の次で流し目を送ってくる。
次いでティアに気付くと、いっそ拍手を送りたくなる速度でそれを切り替え、『お前、何?』的な冷たい視線を向けるのだ。
実のところ、ティアがお姉さま方の視線を受けるのは、今回が初めてではない。
それに、近衛騎士団の中でも飛び抜けて輝いているイケメンが歩いているのだから、お姉さま方の気持ちはわかる。なので、100歩譲って、許す。
けれど、隣にいる男には、ちょっと苛つきを覚えてしまう。
なにせ今は秋。そして本日は晴天だけれど、女心は秋の空のように、ときめいたり苛立ったりと、とても忙しいのだ。
───顔は良いけど、なかなか口は悪いですよ?あと、無自覚短気なお方ですよ?この人は。
などと、ティアは心の中でぶつぶつ呟いてもみる。
つまり、完璧に拗ねていたりもする。
国王陛下の謁見を控え、もしかして自害するかもしれない状況なのに、随分と余裕なことだ……と思うのは仕方がない。
けれど、ティアは既に覚悟を決めている。
そして決めてしまっているから、無駄なところに余裕が生まれてしまうのだ。
例えば、公の場に居る時のグレンシスが、どれほど女性を魅了しているのか、とか。
そして、一切表情を変えず、女性たちの視線を涼しい顔で受け止めているということは、それが日常で、こんなことには慣れているということで。
ティアは自分のスカートの裾を少しつまんでみる。
本日は国王陛下の謁見の為に用意された、品の良い薄紫色のドレスを着ている。そして髪形はドレスと同じリボンで緩く結い上げてある。
これは今朝、ミィナとアネッサが2人がかりで結ってくれたもの。
華やかな服装など無縁の人生を送ってきたティアにとって、理由はともあれ、これまでで一番のドレスアップだったりもする。
だが、どうしたって背の低さも、年齢より幼く見えてしまうのも変わらない。
これまでティアは持ち前の物わかりの良さで、自身のコンプレックスを指摘されたら腹は立つけれど、おおむね仕方がないとある程度は割り切っていた。
でもやっぱり、姿かたちがしっかり成人している女性が、グレンシスにきゃあきゃあ言う様を見せつけられるのは、良い気持ちはしない。
ただ残念ながらグレンシスは、ティアの可愛らしいヤキモチになど気付かない。
「ティア、歩くのが早すぎたか?」
とんちんかんなことを聞いてくるグレンシスに、ティアは子供のように、ぷいと横を向く。
それを見たグレンシスはティアに青筋を立て……るわけもなく、困ったように眉を下げた。
そして結局ティアが不機嫌になった理由がわからないまま、視界の先には中庭が見えてしまった。
アジェーリアと共にオルドレイ国に出立した中庭は、何も変わっていなかった。
そして生垣代わりに植えられたプリペットも、同じく庭を囲むように植えられたオリーブの木も。
ティアは耳の奥にはっきりと覚えている、もうここにはいない隣国へ嫁いだ友の声が聞こえたような気がして、言うに言われぬ寂しさと懐かしさを覚えてしまう。
その表情は、隣にいる騎士からすれば、この先のことに不安を覚えているようにしか見えなかった。
ついでに言うと、不機嫌なのも不安からくるものだと、勘違いをしてしまい……。
「ティア、緊張しているか?大丈夫だ。謁見といえど、立ち会うのは俺を含めた数人だけだ」
「……」
と、覚悟を決めたティアに、不必要に優しい言葉を掛けてしまった。
対してティアは、さすがにそっけないは返答できず、黙りこくってしまう。となると、グレンシスは益々、的外れな言葉を紡いでいく。
「何も心配することはない。万が一、お前の身に何かあるなら、俺が身を呈して守るから」
「……」
「だから安心しろ。俺はすぐ傍にいるから」
「……」
「なぁ、ティア。やっぱり……やめておこう。今すぐ帰るぞ」
「い、」
思ってもみなかったグレンシスの申し出に、ティアは飛び上がらんばかりに驚いて、食い気味に首を横に振ろうとした。
けれど、その途中で、ティアとグレンシスの間に大きな身体が入り込んだ。
「グレン、当日になってまでそんなことを言うでない。まったく、ティアを困らせるな」
呆れきったその声の持ち主は、ティアの人生初めての国王陛下の謁見に立ち会う為にここへ来たバザロフだった。
そしてバザロフは、グレンシスが何か言う前に、言葉を重ねる。
「もう、ここまで来たのだから、今更後戻りはできない。腹を括れ」
そうきっぱりと言い切ったバザロフにグレンシスは、最後の悪足搔きで『ですがっ』と、声を荒げてみた。
けれど、バザロフはそれを黙殺した。グレンシスもそれ以上口を開くことはしない。
なぜなら、ここで見知らぬ男性が姿を現したから。
「何をもたもたしているのだ。陛下はとっくにお待ちだ」
これ以上冷ややかには言えないと思えるほど声音が、整えられた中庭に響き渡る。
そして名も知らない男性は忌ま忌ましげな表情を作ると、顎でとある方向を指し示した。
「ティア、あのお方が宰相殿だ」
「……そうですか」
2人だけにしか聞こえないくらいの小声で呟くグレンシスに、ティアも小さく頷き返す。
会話の中では何度も出てきた宰相とやらは、大変神経質そうな、でも思っていたより大柄な体躯の男性だった。




