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エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい  作者: 当麻月菜
第二部 贅沢な10日間

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5

 ティアの為に用意された部屋は、大慌てで整えたとは思えないほど、細部まで心遣いが表れているものだった。


 ベッドはティアが3……いや、4人寝ても余裕があるほど大きいけれど、その足元には昇降しやすいように、ちゃんと踏み台が用意されている。


 メイドの独断と偏見で用意された、クマの縫いぐるみも、大小共にベッドでお行儀良くして、毎晩、ティアの添い寝を担当している。


 また鏡台もティアの身長に合わせた小ぶりな造りになっているし、ソファには以前使用したオフホワイトのブランケットもある。そして、馬車で愛用していたパッチワークのクッションも。


 壁紙はベージュ地に桃色のマグノリア柄で、ガーリーで優しく落ち着きのある空間を作り出している。けれど、一部の壁一面はクローゼットになっている。


 その中には、グレンシスが選んだティアの為のドレスがぴっちぴちに掛けられているけれど、それはまだ、この部屋の持ち主は知らない。


 メゾン・プレザンにあるティアの自室は、ただ寝るためだけにあった。そのため木目が剥き出しの壁にベッドと、造り付けの机しかなかった。


 だから、こんな豪奢な部屋に放り込まれて、ティアは委縮すると思った。けれど、やっぱりこの部屋にはどことなく使用感がある。

 その温かみのある部屋をティアは、すぐに気に入った。


 けれど現在、ティアは娼館に戻りたいと願っている。それはもう切実に。




 ───チュンチュンと、鳥のさえずりが窓の外から聞こえる。

 朝の清潔な陽の光が、部屋に優しく差し込んでいる。

 

 ロハン邸でお世話になると決めた5日目。ティアは今、ベッドの上で朝食中である。


 これだけなら、ティアが娼館に帰りたくなる要素はどこにもない。

 ただ、ティアがいるベッドのすぐ横で、グレンシスが大変不機嫌なご様子でいらっしゃる。しかも、これが日に何度も。




「なぜ、食事をとらないんだ」


 しかめっ面のグレンシスは、唸り声をあげる。


 ベッドのすぐ横は、グレンシスの固定席となってしまったようで、椅子だけは、ひと回り大きいものに取り換えられた。


 最初はそれに、むず痒い気持ちを覚えたティアだけれど、今は、それが要らぬ気遣いだったと痛感している。


 きっとグレンシスの後ろに控えているメイド2人だってそう思っているだろう。


 ただ、騎士姿のグレンシスもさることながら、普段着の彼も恐ろしくカッコいい。怒った顔も、もちろん。

 

 とはいえ、何事にも限度がある。


 つい先日、横柄で不遜な態度でいるグレンシスの方が好きだと気付いたけれど、至近距離で凄まれてしまうと、やっぱナシ的な感情がどうしたって生まれてしまう。


「ティア、黙ってないで答えろ」


 こらえ性が無いのも標準装備だったことを、ティアは思い出す。


 そして詰問口調になったグレンシスから逃れることができないことも、ティアはちゃんと覚えている。


 だから、ベッドの上の簡易テーブルに並べられた朝食とグレンシスを交互に見つめて口を開いた。


 ちなみに簡易テーブルの上には、ティーカップとほぼ同じ大きさの陶磁器のボウルにスープが半分。そして、子供の握り拳ほどの齧りかけのパンが1個ある。


「ちゃんと食べています……よ?」


 最後は伺うように語尾を上げたティアに、グレンシスの眉がピクリと撥ねた。


「この程度でちゃんと?お前、ふざけているのか?」

「………」


 ふざけてもいないし、多分人並みに食べているはずだ。


 そうティアは言い返したかった。

 けれど、こういう時のグレンシスに何を言っても、無駄だということは過去の経験から学んでいる。


 下手に反論しようものなら、あり得ない理屈をこねまわされるのがオチ。まさにああ言えばこう言う。


 そんな気持ちでティアがぐっと押し黙っているのに、騎士様はまだ怒り足りない様子。


「ったく、呆れたやつだ。こんなもの、鳥の餌にもならん」


 鼻を鳴らして憤慨するグレンシスに、ティアは乾いた笑みが出そうになる。


 それはちょっと言い過ぎだ。犬の餌程度にはなっているだろう。


 と、言い返したいけれど、ティアはぐっとこらえる。 


 とはいえ、スープ半分と二口程度のパンしか食べないティアにグレンシスが怒る気持ちはわからなくはない。

 しかも、それが毎日続けば。そして病み上がりの身ともなれば、心配する気持ちから、ついつい苛立ってしまう。


 もちろんグレンシスだって、最初は威圧的な態度を控え、優しく食べるようにティアに提言していた。


 けれどいつまで経っても、ティアは軽食とも言えないほどの、ちょびっとな量しか食べないのだ。そんなわけで、とうとう今日、我慢の限界を超えてしまったというわけである。


 対してティアには、ティアの言い分がある。


 もともと小食ではあった。けれど、今はそれに加えて、ずっとベッドでの生活を強いられているのだ。


 娼館で元気に走り回っていた時は、ティアはもう少し食事を取る量が多かった。それは、燃料補給という気持ちから。


 だから寝ているだけで、働きもしていないのに、沢山食べろと言われても、それは無茶ぶりでしかない。


 親代わりのマダムローズは、放任主義の部分があり、基本的にティアの生活に口を出さない。

 そしてパパロ……いや、バザロフに至っては、そこまでの頻度でティアと会っている訳ではない。


 だからティアは、きちんと食事を取る大切さを知らなかったし、楽しさも知らなかった。


 とはいえ、つい先日、やっとミリ単位で互いの距離が縮まった二人には、そこまで察する能力はない。険悪な雰囲気はどんどん増すばかり。


 そんな中、グレンシスの後ろでオロオロと動向を見守っていたメイドのミィナが、恐れながらと前置きして口を挟んだ。


「ご主人さま、そうカッカしては、ティアさまも委縮してしまいます。それに、怒られながらでは食は進みません……ので、えっと……」


 おずおずとご主人様に進言してみたけれど後が続かず、ミィナはもう一人のメイドに救いを求めた。


 反対に、いきなり無理難題を振られたもう一人のメイドのアネッサは、げっと小さく呻く。でもすぐに、こんな提案を屋敷のご主人様にした。


「なら、果物を剥いて差し上げたらいかがでしょうか?ちょうど新物の梨が手に入りました。これは、夏の疲れを癒す効果もありますし、のど越しもよろしいです」


 メイドの提案に、グレンシスの表情が一変する。


「なるほどな。それは良いかもしれない。よし、貸してくれ」

「はい」


 アネッサは嬉々として、手にしていた蓋つきの籠から梨と果物ナイフを取り出し、グレンシスに手渡した。


 ちなみにこの籠の中には他にも、桃とブドウ。それからハムとチーズとイチゴのジャム。あと、マドレーヌなんかも入っている。


 小食のティアのリクエストに、いつでも応えることができるように。


 ということは置いといて……──グレンシスは、慣れた様子で梨の皮をむき始める。


「お上手ですね」


 スルスルと円を描きながら一本線に伸びていく梨の皮を見つめて、ティアは思わず感嘆の息を漏らす。


「まあな。遠征に出れば自分の事は自分でしなければならないし、食事当番だってあるからな」

「……そうなんですか」


 てっきりナイフも剣も、同じ刃物だからという理由だと思っていたティアは、目を丸くする。


 驚いた拍子に、肩にかかっていた髪が胸元に滑り落ちる。ちなみに、今日のティアの髪型は二つに分けたみつあみ。これは起き抜けに、ミィナからされたもの。


 まるでアキクサインコが転がるように、それを乱暴に背中に流しながら、再びグレンシスの手元に目を向ければ、頭上から呆れまじりの声が降ってきた。


「なんだ?俺のことを、何でも人にやらせるお貴族様とでも思っていたのか?」

「そこまでは思っていません」

「なら、どこまで?」

「………内緒です」


 しれっと生意気なことを言い返すティアに、グレンシスは苦笑する。

 けれど、気分は悪くない。いや、かなり、嬉しい。


 そして梨は女子力高めに切り分けられ、アネッサからタイミング良く渡された皿に綺麗に並べられた。


「これくらいの大きさなら口に入るか?」

「一度は無理ですが、齧ればいけます……あ」


 なぜか、グレンシスはティアに渡す前に、梨を一切れ自分の口に含んだ。


 シャクっと音を立てて、グレンシスが梨を齧る。


「初物だから甘みが足りないと思ったが、意外にいけるな」


 途端に梨の瑞々しい香りが部屋に広がり、ティアの食欲がそそられる。はしたなくも、こくりと喉が鳴ってしまう。

 

「ほら、お前も食べろ」 


 差し出された皿の上に並んでいる梨は、きちんと楊枝ピックまで刺さっていた。そしてグレンシスが自分の口元に運ぶ様子もない。


 だからティアは安心して一切れ取ると、それを口に含んだ。

 シャクっとグレンシスが食べた時と同じような音と共に、爽やかな甘みが口に広がる。


「………美味しいです」

「そうか。良かった」


 グレンシスは眉を上げて笑った。


「ところでお前は、梨と桃、どちらが好きなんだ?」

「そうですねぇ。見た目は桃の方が好きですが、梨の食感の方が好きかもしれません」

「奇遇だな。俺も一緒だ」

「………そうですか」


 ───シャク、シャク、シャク。


 ティアは無心に梨を頬張る。梨独特の甘みと酸味が絶妙で、大変美味しい。


 けれど、頭の中ではこれを剥いてくれた人のことばかりを考えていた。


 そして、グレンシスも、ハムスターみたいに口いっぱいに頬張るティアを目を細めて見つめていたけれど、頭の中では、新たな発見に胸を躍らせていた。


 食欲が無くても、果物なら食べてくれること。

 そして、桃より梨が好きなこと。

 あと、みつあみがとっても似合うということも。


 短い会話だけれど、互いの事を少しずつ知っていく日々。


 傍にいるメイド達にとったらこの光景はとてもじれったく、もどかしさしかないけれど、ティアとグレンシスにとってこの時間は、かけがえのないものであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎日読む度、ほんと可愛いなぁと溜め息が出ます。 ティアちゃんは勿論、じれじれしながら少しずつ進んでいくお話が。 グレンシスがちょっとまともな方向になって頑張っていますので、ティアちゃんに…
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