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トルシスを始めとした騎士達がティアに優しくするのは、上司のグレンシスの恋を応援したい気持から。
でも、それだけではない。
3年前、グレンシスの命を救ってくれたティアに対して、あまりに酷い態度を取ってしまった埋め合わせをしたかったから。そして、感謝の気持ちを伝えたかったから。
ただその前に、ティアに過去の事をきちんと謝罪すべき。……なのだけれど、彼らはその機会を与えて貰うことができなかったりもする。
それはティアが、移し身の術について話題にされることをひどく拒んでいるから。
少しでも、その話題になる気配を察したら、触れてくれるなと言わんばかりに、ティアは徹底的に話題を逸らし続けている。
しかも、そのやり方がものすごく下手くそで、見ている騎士達をいたたまれない気持ちにさせてしまっていたりもする。
なので、トルシスを始めとした騎士達は、敢えて言葉にするのを諦めた。でも、せめて態度で伝えようと、頑張っていたりもする。
しかし、ティアからすれば、そんなことは考えも及ばないこと。
ただ彼らの急激な態度の変化に付いていけず、目を白黒させてしまうだけ。
そして、毎度、くすぐったい気持ちを抱えながら、お礼の言葉を伝えるのが精一杯だったりもする。
そんなティアだけれど、今日は、お礼の言葉を口にするより前に、ここにいる騎士達に聞きたいことがあった。
「皆さん、暑くないんですか?」
グレンシスを始めとした騎士達は、皆、規制の遠征服を着ている。
なのに、この炎天下の中でも、汗一つかいていない。
それは普段、王宮で着ている騎士服に比べたら、堅苦しさはない。
けれど、長袖の襟の詰まった服装である。しかも手には皮の手袋。足元はごつい編み上げのブーツ。しかも全員、深紅のマントを身に付けている。
ティアは旅服とはいえ、5分丈袖で、襟元だってそこそこ開いている。靴は、捻挫をしているので、行きに履いていたブーツではなく、柔らかい皮の上履き。
それでも暑いというのに、ほどんど肌をみせていない服装でいる騎士達は相当辛いのではないのだろうか。
そんな気持ちで問うてみたけれど、返ってきたものは、随分と斜め上のものだった。
「え?暑い?それは僕たちが言うセリフでは?……あ、いやぁー……僕たちのことはお気になさらず」
「ええ。そうです、そうです。その辺の雑草だと思ってください」
「そうそう。空気だと思ってこちらに構わず、どうぞお好きにしてください」
妙に慌てた様子で騎士達は、あらぬ方向に視線を泳がす。
それは、騎士達からすれば最大級の気遣いなのである。が、ティアはすぐに意味がわからないといった感じで首をかしげてしまう。
だが、その3秒後、騎士達が大いなる勘違いをしていることに気付いた途端、違う違うと激しく首を横に振った。
そして、もしかして浮かれていたことが顔に出てしまったのではないかと不安になってしまう。
そりゃあ、ティアはグレンシスに優しくされるのも、触れられるのも嫌ではない。いや、はっきり言って、好きな人から大切に扱われて、とても嬉しいのだ。
だからこそ困っていたりもする。
けれど反対に、グレンシスはきっと可愛げのない小娘と色恋の関係に……なんて、勘違いされるだけでも、虫唾が走ることに違いない。
だからグレンシスの名誉のためにも、しっかり誤解を解いておきたい。
そう思っている。けれどそれより、ティアにとっては、今の質問の方が重要度は高い。火急といっても良い。
なので、ティアはより丁寧に質問を繰り返すことを選んだ。
「そうじゃなくって……皆さんの服装が暑くはないのかと……」
3人の騎士は同時に『ああ……』と声を上げた。若干、残念そうでもある。
けれど、すぐに、3人同時にからからと笑った。
「そりゃ、暑いですよ。でも、ま、慣れですよ、慣れ」
ここにいる誰よりもお肉というお洋服を多く着ていて、一番暑さを感じているはずのトルシスからそう言われ、ティアは目を丸くする。
「騎士様も?」
「………」
身体をひねってティアがグレンシスに問うてみたけれど、問われた本人は涼しい顔でお茶を飲み始めている。
「あのう、騎士様も暑くないんですか?」
「………」
これまた、無視である。
けれど、ブルーグレーの瞳は、ティアに何やら訴えるものがあった。
そう。グレンシスはただ自身の名前を呼んで欲しいだけ。そして、それを言葉ではなく態度で表している真っ最中。
もちろん名を呼ぶことで他言無用という取引をしたのだから、ティアは約束を守らないといけない。でも、好きな人の名前、しかも愛称を気軽に呼ぶなど、ティアにはハードルが高すぎる。
だから、これがどうでも良い質問なら、あらそうですかと流すところ。
でも、ティアはどうしてもグレンシスから返事を聞きたかったりもする。
「……グ、グレン様は、暑くないんですか?」
「ああ。暑くない」
名を呼ばれたグレンシスは、あっさりとティアの質問に答えた。
「………そう、ですか……」
けれど、爽やかな笑みを浮かべているグレンシスとは対照的に、望まない答えをもらって、ティアはしゅんとしてしまう。
ここでグレンシスから暑いの一言が貰えたら、双方納得してこの状態から逃げることができていたのだけれど、現実は、そう上手くはいかないもの。
ちなみに、グレンシスは今、ケヤキの木にもたれて胡坐を組んでいる。
そして、その足の間にティアがすっぽりと収まっていたりする。
さすがに膝の中にティアを入れるのは、いつもの事ではない。今日が初めて。でも、グレンシスは、ずっとそうしてきたかのように、自然な流れでティアを自身の膝に収納した。
大柄なグレンシスの足の間は当然広いスペースで、ティアがそこに座っていても窮屈さを感じることはない。
そして、ここは日陰。しかも少し高い場所にいるので、涼しい風が吹いていて、ティアもぜんぜん暑くはない。
ただ、ここの場所が……グレンシスの体温を感じるこの場所が、とても居心地良いと思ってしまうのは、とてもとても、いただけない。
「あの………降ろしてください」
「はっ」
ティアが意を決して要望を口にすれば、グレンシスはあろうことか、鼻で笑った。
「くだらないことを言うな。どうせ、また抱き上げるんだ。このまま、お前がここにいる方が都合が良い」
効率重視でそのようなことを言ってくれるが、ティアとしては、あらそうですかと受け入れることなんてできるわけがない。
それにティアとて、わざわざグレンシスを拒むような言葉を何度も口にしたくはない。
何が悲しくて、恋をしている相手に向かって、そんなことを言わなくてはならないのだろうか。
ティアは感情を抑えきれず、グレンシスを軽く睨む。
けれど、騎士様はティアがむっとしたところで、どこ吹く風。軽く眉を上げるだけだった。
───……コノヤロウ。本当に、全力で、勘違いしてやるぞ。どうせ、後で辛い思いをするなら、とことん甘えてやるぞ。
ティアは再び心の中で、グレンシスに悪態を付く。
そして、その言葉のまま本当に、開き直って実行してやれば、グレンシスにとったら、最高に喜ばしい状況になっていただろう。
けれどティアは、残念ながらノリと勢いで感情を委ねることができない人間だった。
だから、今の悪態はひっそりと自身の胸に留めるだけにする。
ただ一縷の望みをかけ、縋るように部下の騎士達に視線を向けた。
けれど、彼らは一同にそこら辺の草木になりきって、ティアとは絶対に目を合わせようとはしなかった。




