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エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい  作者: 当麻月菜
別れと餞別

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3

 ウィリスタリア国とオルドレイ国は大陸続きなので、多少の訛りはあるけれど、ほぼ同じ言語を使う。けれど、身につけるものは全く違う。


 もともとオルドレイ国は騎馬民族の集落が発展して、国と呼ばれるようになった歴史を持つ。

 だからその民族衣装は、騎乗することを前提として作られたものであった。


 丈の長い上着は着崩れせぬよう、収縮性のある帯でしっかりと固定し、足元はブーツ。そして性別に関係なく、ズボンを着用し帽子をかぶる。

 

 一見、それだけでは旅人のように見えてしまうけれど、オルドレイ国は独自の刺繡技術を持っている。それは上着にとどまらず、ブーツや帽子に至るまで、無地の布に繊細かつ大胆な模様を入れることができるのだ。


 そして、今、ティアの目の前にいるアジェーリアも、オルドレイ国の趣向を凝らした民族衣装を身に付けていた。


 隙間なく銀糸で刺繍された真珠色のとろりとした光沢のある上着に、水色の帯。そして頭に被る帽子には薄いヴェールが付いており、アジェーリアの髪を柔らかく覆っている。

 

 アジェーリアがそれを着こなしているのは、本来の美しさもある。けれど、長年乗馬の腕を磨いてきたからでもあるのだろう。


 ……などという分析はどうでも良い。とにかく、アジェーリアは美しかった。


 それは初めて会った時のような幻の花のような美しさではなく、力強くこの地に生きる覚悟を持った気高い鳥のような美しさであった。


 寄り添うディモルトも、これまた非の打ち所がない美男子。そして美男美女が並べば、それは相乗効果となり眩暈を覚えるほどの美しさだった。


 きっとどんな凄腕の絵師だって、この花嫁と花婿の姿を完璧にキャンバスに写すことはできないだろう。 


 そんなことを考えながら、呆けたようにその姿を見続けるティアを、グレンシスはそっと床に降ろす。


 そうすれば、アジェーリアは少し上着の裾を持ち上げながら、ティアに向かって口を開いた。


「ティアに一番に見せたかったのじゃ。どうじゃ?似合うか?」


 そう聞かれたティアは、壊れた玩具のように何度もこくこくと頷きながら、素直な感想を口にする。


「はい。とっても」

「よろしい」


 アジェーリアは、ティアの飾らない言葉に満足げに頷いた。


 そして、ディモルトから離れ、ティアと対峙する。

 

 グレンシスは騎士の立場を弁えて、身を引く。けれど、ティアがよろけたらいつでも支えることができるような距離を保つ。


 自然とそうするグレンシスに随分過保護なことだとアジェーリアは思った。からかいたくもなった。


 けれど、それらを口に出すことはしないで、すぐに、本題に入ることにする。


「ティア、そなたとはここでお別れじゃ。だから、最後にコレを贈ろうと思ってな」


 アジェーリアはそう言って、片側の耳から耳飾りを外した。

 それは透明度は低いけれど、澄み渡った空色の宝石。オルドレイ国の特産品でもあった。


 ──……値段にしておいくら?


 無造作に差し出されたそれを見て、ティアは、本気でたじろいでしまう。


 そんなティアを引き留めるかのように、アジェーリアは口元に笑みを湛えながらこう問いかけた。


「オルドレイ国では、友情の証に対なるものを贈るそうだ。ティア、貰ってくれるか?」

「でも、この衣装は、お輿入れの為のもの。そんな大切なものを頂くわけにはいきませんし……それに、私はアジェーリア様に差し上げるものがなくて……その……」


 ごにょごにょと、ティアは受け取れない言い訳を並べ立てる。

 けれど、本心はアジェーリアからの贈り物を受け取りたかった。


 ティアは、生まれてこのかた友と呼べる絆を築いたことがなかった。 

 

 娼館に身を置くものは、どちらかというと家族のような関係で、それ以外の人間に対しては常に深く関わらないように気を付けてきた。例外と呼ぶのはバザロフくらいで。


 けれど、この一ヶ月、ティアはアジェーリアと共に過ごして楽しかった。

 そして自分の事を忘れて欲しくなかった。アジェーリアのことを、王女ではなく一人の人間として、心から幸せを願いたい存在になっていた。


 何より人生初めての恋バナをした仲なのだ。これを友情と呼ばずになんと呼ぼう。


 というティアの気持ちは、アジェーリアには手に取るようにわかった。


「かまわん。それに、わらわの美しさは、耳飾り一つないぐらいで霞むものではないじゃろ?」


 おどけた口調でそう言うアジェーリアは、これをどうしても受け取って欲しいという切実さがあった。


 そして、そこまで言われてしまえば、ティアは断る理由が見つからなかった。


「ありがたく頂きます」


 うやうやしくそれを受け取ったティアを見て、アジェーリアは満足げに笑った。


 ティアは、アジェーリアがどんな思いでこれを贈ったかは知らない。

 けれど、贈った側のアジェーリアは、伝えるつもりはなかった。


 ただ受け取ってくれればそれで良かった。───ディモルトの目の前で。もっと言うならば、オルドレイ国の王族の目の前で。


 これは、ティアとグレンシスに向けて、アジェーリアからの餞別だった。

 

 アジェーリアは王族である。そして、オルドレイ国に嫁ぐ女性でもある。

 だから、オルドレイ国の歴史について徹底的に講義を受けてきた。もちろん、25年前の戦争についても、その年齢に似合わず、知識量はかなりのもの。


 そして王宮は、たくさんの情報や噂が飛び交う場所でもある。


 そこで、生まれ育ったアジェーリアは、自身の知識や興味心で記憶したことを繋ぎ合わせ、ティアの存在がどういうものなのか、気付いてしまったのだ。


 オルドレイ国には手をかざすだけで傷を癒すことができる一族がいる。

 御伽噺(おとぎはなし)のようではあるけれど、実在する。


 ちなみに25年前の戦争は、その一族が明暗を分けたのだ。


 けれど、それはあくまで極秘のお話。ティアはもちろん、グレンシスですら知らないこと。


 そして、アジェーリアは、これからもずっと知らなくて良いことにしたのだ。


 その為に、わざわざオルドレイ国の民族衣装に身を包み、そしてオルドレイ国の習慣を使って、ティアを自分の友とだと宣言したのだ。


 ティアが両国にとって都合の良い存在とならないために。

 そして、ティアが一介の騎士でも手の届く存在で居続けるために。


 アジェーリアはそれを言葉にしない代わりに、耳飾りを握るティアの手にそっと自分の手を重ねた。そして───


「あとティア、わらわよりウェストを太くする命令は続行するぞ。決してこの約束、忘れるでない」

 

 そう言うが早いがアジェーリアは、ティアの細腰を両手でつかんだ。


 もちろん、予期せぬアジェーリアの行動にティアが驚くのは当然で……そして、驚き過ぎてよろめいたティアをグレンシスが支えるのも、これまた当然のことだった。


 そして、どうやらアジェーリアは、()()が目当てのようだった。


 至近距離に来たグレンシスに、アジェーリアの形の良い唇が動いた。ただ、それは声として発することはなかったけれど、グレンシスはちゃんと読み取った。


『せいぜい頑張れ。後はお前次第じゃ』

 と、アジェーリアはティアに気付かれぬようグレンシスに発破をかけたのだ。


 すかさず、グレンシスも唇を動かした。

 けれど、それも声に出すことはしなかった。アジェーリアに伝えた言葉は、『お任せください』だったのか、それとも『望むところです』だったのか。


 それはどちらも同じ意味なので、追求することではないだろう。


 そんな女性2人の戯れる様子を、ディモルトは静かに見つめていた。

 ただ、その視線はアジェーリアではなく、ティアの方に向いていた。

 

 オルドレイ国の人間の髪と瞳は、色素の薄いものが主流ではあるけれど、それでもゴールドピンク色は珍しい。


 そしてその髪色を持つものは、総じて特殊な能力を持っていることを知っている。


 けれど、ディモルトは、妻の友情に対してとやかく口を出すような狭小な人間だと思われたくはなかった。

 だから苦笑を浮かべて、その全てを飲み込んだ。


 そのディモルトの姿は、背を向けているアジェーリアは見えない。……見えないはずだったけれど、雰囲気できちんと受け取った。


 そしてひとしきりティアを弄んだ後、アジェーリアは、すっきりとした表情でディモルトに振り返る。


「さて、参るか。ディモルト殿」

「そうですね。皆あなたを待っています」


 ディモルトは、緩やかな笑みを浮かべアジェーリアに手を差し伸べた。


 そしてアジェーリアは今度こそティアに別れを告げ、ディモルトのエスコートでオルドレイ国の王都へと向かった。


 対してティア達一行もまた、サチェ渓谷を後にした。



 


◇◆◇◆◇◆一部完結◇◆◇◆◇◆


閑話を挟んで、すぐに2部のお話を更新させていただきますm(_ _"m)

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