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エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい  作者: 当麻月菜
別れと餞別

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41/99

1

 翌日、ティアたち輿入れの一行は、ロハンネ卿の屋敷から出立した。

 そして無事、定刻とされていた夕方にサチェ渓谷にある関所に到着した。


 サチェ渓谷は国境でもある。

 そしてこの渓谷には、ウィリスタリア国とオルドレイ国を跨ぐ大きな橋が建てられている。


 かつて、この2国は戦争をした。

 オルドレイ国は資源豊かなウィリスタリア国の領土を求めて。

 ウィリスタリア国は資源に乏しくとも、それを補うさまざまな技術を持つオルドレイ国の人材を求めて。


 その結果、多くの犠牲者を産んだ。

 けれど、両国とも何も得るものはなかった。ただ激しい後悔と、言葉にできない喪失感と悲しみを産んだだけであった。

 

 この橋は”始まりの橋”とも呼ばれている。


 それは、互いの国の境目であることもそうだけれど、もう一つ理由がある。

 戦後、両国が新しい関係を築くために建てられたものでもあったから。


 ちなみに橋を設計したのは、オルドレイ国。

 その資材を提供したのがウィリスタリア国。

 

 そして、互いを信頼しなければ成立しなかったそこに、両国の関所が併設されていたりもする。

 

 そんな両国を結ぶ関所の前には、沢山の人が王女の到着を待っていた。


 関所はウィリスタリア国の優雅な曲線をメインとした建物であるけれど、窓枠や入口の大きな門扉にはオルドレイ国の色鮮やかなタイルが埋め込まれ、国の境目らしい趣のあるものになっている。


 そこに正装した両国の関所の責任者達を始め、これからアジェーリアの護衛となるオルドレイ国の騎士たち。それから───しっかり、ちゃっかり、ディモルトの姿もあった。


 なんとなく、ディモルトの隣にいる側近のキバルが苦い顔をしているようにも見える。それは多分、今回もディモルトは珍客という立ち位置にいるからなのだろうか。


 でも、今日は王子らしくきちんと正装をしている。


 花嫁を迎えに来た花婿らしく、金糸と銀糸で細かい刺繍がされた水色の丈の長い上着を羽織っている。


 そして、頭にはオルドレイ国の民族衣装の円筒型の帽子をかぶって、白銀の髪は緩く宝石の付いた髪留めでまとめられている。

 帽子についている鮮やかな青色の羽飾りは、アジェーリアの瞳の色を意識しての事なのだろう。

 

 という、王子の枠からはみ出していないせいで、側近は渋面を作るに留めているのだろう。きっと内心は叱り飛ばしたいに違いない。遠目からでも、その葛藤が見て取れる。


 そして、それはアジェーリアにも伝わっているようだ。


「──……まったくこらえ性のない御仁だ」


 窓から目を離してティアに苦笑を浮かべるアジェーリアは、青紫色のドレスを纏い、輝くように美しい。


 それは昨日、さんざん悩んで決めた衣装をちゃんと身に付けているのもあるけれど、やはり、オルドレイ国の第一王子であるディモルトがいるからなのだろう。


 この衣装は、昨日の騒ぎで全てを放置したままロハンネ卿の屋敷に移動してしまったけれど、後ほどちゃんと届けられたのだ。


 そして今朝、ロハンネ卿の屋敷には女性を美しく飾り立てるその道のプロの使用人がいるのにも拘わらず、アジェーリアは、ティアに身支度を命じてくれた。


 それがティアには、とても嬉しかった。

 そしてティアは、アジェーリアの望み通り、身支度を手伝い髪を結った。


 その後、移動中の馬車の中では、今日で最後という気持ちもあってか、二人は時間を惜しむかのように沢山の話をした。


 その中に、アジェーリアがどうして輿入れを急いだのかを語るときがあった。


 オルドレイ国は領土も狭く、山岳地帯にあるため資源に乏しい。

 そして、冬はウィリスタリア国より遥かに厳しいものになるという。


 冬を越せない民が数多くいるという。

 流行り病が毎年、猛威を振るい、多くの犠牲者を出てしまう。


 しかも、冬はウィリスタリア国に比べ、とても長い。


 この婚姻は、二国間での契約でもある。

 その契約の中に、アジェーリアが嫁いだ後は、物資の支援をするという内容が記されていたのだ。


 だからアジェーリアは、オルドレイ国が冬を迎える前に嫁ぐことに決めたのだ。


 それを聞いた時、ティアはアジェーリアの肩に、とても重いものが乗っていることを改めて知った。 


 でも、アジェーリアは好きな人の元に、望まれて嫁ぐ。

 これも事実であることを、ティアはちゃんと知っている。


「アジェーリアさま、ご結婚おめでとうございます。どうかお幸せに」


 万感の思いを込めてティアが祝福の言葉を送れば、アジェーリアは大輪の花のように笑った。


 ───そして馬車は、静かに停まった。


 ロハンネ卿が用意した馬車は、これまで移動で使っていたものとは比べ物にならない程立派だった。


 ピカピカに磨き上げられた真っ黒な車体には、黄金の葉の彫刻が装飾されている。

 そして、車輪や取っ手などの金属部分は全て金色に塗装されており、夕陽を浴びるそれは、きっと目が痛い程に輝いているだろう。


 そんな馬車の扉は、遠征服ではなく、正装服に身を包んだグレンシスの手によって開かれた。


「足元にお気を付けください」 

「うむ。ご苦労であった」


 短い言葉を交わし、アジェーリアはコケることなく優雅に地面に降り立つ。

 そして、振り返ることなくグレンシスのエスコートによって歩き始めた。

 

 馬車の中からそれを見たティアは鼻の奥が、つんと痛んだ。

 

 娼館は人の出入りが激しいところでもある。

 だからティアは、これまで沢山の別れを経験してきた。けれど、そのどれよりも切なく、寂しいものであった。


 それは、この1ヶ月がティアにとって、思い出に残る日々であった証拠でもある。


 だから涙を流す代わりに、ティアはもう一度、去っていくアジェーリアに向かい祝福の言葉を心の中で贈った。


 


 そして役目を終えたティア達一行は、すぐに帰路に就く……はずであった。


 あったのだけれども、なぜだかすぐには出立することはなかった。



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