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エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい  作者: 当麻月菜
王女と、移し身の乙女の願い

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32/99

4

 グレンシスは、もうなんとなく気付いていた。

 3年前に自分を助けてくれた女性がティアだということに。


 だから、グレンシスはティアが何をしたいかは、ちゃんとわかっていた。

 そして、間近で見たかった。かつて自分の傷を癒してくれた不思議な術を。




 グレンシスは、ティアを負傷者の元にそっと降ろす。

 ただそこには、未だに応急処置をしている騎士達がいた。

 

「私が代わります」


 すぐさまティアは騎士の一人に声を掛け、場所を譲ってもらおうとする。


 けれど、ティアが医療従事者ではないことを知っている騎士は難色を示す。


「え、……いや、それは、ちょっと───」

「いい。やらせてやれ」


 何様?と聞きたくなるような絶対に拒否できない上から目線の言葉が降ってきた。


 ただ、ティアは2拍遅れて気付いた。

 グレンシスが自分の意志を尊重して、兵士に命じてくれたことに。


 ───どういう風の吹き回しか?

 ティアは思わず空を見上げる。雲一つない満天の星空が広がっていた。


 夜空は月と星がタイマン勝負できそうなほど輝いているし、祈祷師をもってしても雨を降らせることは不可能な天候だ。

 

 おかしいと、ティアは首を捻る。


 そんなティアよりもっと納得できない様子でいる騎士を隠すように、グレンシスはティアの傍に膝を付く。


 その気遣いが偶然なのか、意味のあるものなのか。ティアはそこに意識を向ける余裕はなかった。色んな意味で。


 ティアの目の前にいる頭部を負傷して横たわる男は、処置を一刻も早くしなければならないほど重傷だった。


 意識を失っているせいか、その顔はあどけなく、青年と呼ぶにはまだ少し早いかもしれないと思わせる容姿。


 ありあわせの布で止血をしているが、すでにその殆どが血に染まっている。

 かなりの出血だ。しかも意識が無いし、息も弱い。


 ティアはこくりと唾を呑む。

 風邪と擦り傷と古傷の癒しは、これまで嫌という程やってきたけれど、ここまでの重傷を癒すのは3年ぶりだ。


 かなり緊張する。だが、やらなければ、この人は死ぬ。

 そんなことはあってはならない。


 ティアは息を整える。

 そして、目の前の青年を救うことだけに意識を集中し、包帯代わりの布を横にずらして、傷口がある額に手を置いた。


「オイデ オイデ ココニオイデ ツタエ ツタエ ワタシノモトニ イタミモ ツラサモ アワトナリ キラキラトカシテ ミセマショウ メザメルトキニハ ヤスラギヲ アナタニイヤシヲ アタエマショウ」


 移し身の術の呪文を唱えれば、風も無いのにティアの髪が揺れ、翡翠色の瞳が金色に変わった。

 そして、青年の額に当てられているティアの手のひらからは、柔らかい光が溢れている。


 それは、時間にして一分も満たないもの。

 だけれど、ティアが手を離し、その場所を丁寧に拭えば、既に青年の額から傷は消えていた。


「……そうか」


 なにが?


 グレンシスの短い言葉に、ティアはそう問いたかった。けれど、やめた。

  

 なぜなら、ティアだって、その言葉でさすがに気付いたから。

 グレンシスが、3年前の出来事を思い出してくれたことを。


 でも、嫌われている自分から傷を癒されたことに対して、グレンシスがどんな感情を持っているのかまではティアはわからない。


 きっと娼館育ちの小娘なんかにとでも思っているのかもしれない。まかり間違っても、良い感情は持ってくれていないだろう。


 しかも今、自分の瞳は金色だ。

 気持ち悪いなどと言われたら、それこそ号泣ものだ。


 だからティアはグレンシスの顔を見ないようにする。


 片側で痛い程の視線を受けているけれど、絶対にそこに目は向けない。意識も向けない。全て”気のせい”という都合の良い言葉で流す。 

 

 そして幸い(?)にも、この青年のほかに、もう一名いた。しかも近い位置に。


 グレンシスがティアを持ち上げようと手を伸ばすが、それを避け、手当てをしている騎士に視線を向ける。


「あの……私が……」

「どうぞ、お願いします」


 今度はあっさりと場所を譲ってもらえた。


 ティアは騎士にぺこりと頭を下げ、先ほどと同じ手順で傷を癒す。

 足を負傷しているのは、壮年の男性だった。

 

 意識が朦朧としているのだろうか、うめき声を切れ切れにあげている。


 服装から見るに、多分農夫なのだろう。

 これから作物はぐんぐん育つ。熱い日差しの中での畑仕事は、さぞや大変だろう。しかも、思うように足が動かなければなおの事。


 だから、絶対に元通りにしてみせる。

 そう思いながら、壮年の男性から自分の身に傷を移せば、負傷した足は綺麗に元の状態に戻っていた。


 さて、残るは一人。


 元は主犯格である男の目の前の場所を、今度の騎士は快く譲ってくれるだろうか。


 そんなことを考えながら、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら立ち上がろうとすれば、今度こそグレンシスに捕まってしまった。


「……あの……騎士様、お心遣いありがとうございます。でも、自分で歩けますので、降ろしてください」

「馬鹿を言うな」


 なぜ今、自分は馬鹿と言われたのだろうか。

 

 ティアはまったく意味がわからなかった。

 ただ、心の臓だけはバックン、バックンと忙しい。

 

 でも、元主犯格はグレンシスの足で5歩の距離。

 ティアは左胸に手を当てる間もなく、すぐに降ろされた。


 そして、これまた同じ手順で、傷を移そうとすれば、ここでまさかの拒絶の言葉を貰った。


「お嬢さん、悪いが俺はそれはいらねえ」

「え?どうしてですか?」


 まさかここで断られるとは思ってもみなかったティアは、目を丸くする。


 そんなティアに向かって、元主犯格……ではなく、善良な市民は、にかっと歯を見せて笑った。


「これは俺の、一生の宝にしたいもんでな」


 傷を負った部分を、自慢げにティアに見せつける。


 その笑みは、思わぬ贈り物を貰えて、見せびらかす子供のような無邪気なもの。

 そして、これ以上の説明はティアには不要だった。


 ティアは嫌がる人間に移し身の術を施すほど偽善者ではなし、受けた傷が全て痛みになるわけではないことを知っている。


「……わかりました」


 少し考えて、ティアは頷く。


 この傷は出血こそしているけれど、筋も痛めていないし、後遺症に悩まされるほどの深い傷でもない。

 望み通り、良い感じの傷跡になって、この男の腕に居続けてくれるだろう。

 

 ただ、王女はそれで良いのだろうか。

 そんな気持ちで伺うようにアジェーリアを見れば、しっかりと目が合った。


 ティアにちょっと眉を上げてみせるアジェーリアは、おおむね了解、といった感じだった。


 というわけで、役目を終えたティアは、グレンシスの手を借りて立ち上がる。

 次いで、きょろきょろと忙しなく辺りを見渡す。


「ほかに怪我人は………」

「お前だけだ」


 間髪入れずにグレンシスが答えてくれた。ひどく不機嫌な声で。


 ティアの背中から嫌な汗が流れる。


 が、この暴動でたった3名の負傷者で済んだことは、奇跡としか言いようがなかったと、ティアは努めて冷静にそんなことを考える。


 ……そんなことを考えなければ、今すぐ奇声を発してしまいそうになるからだ。

 なにせ、グレンシスは不機嫌なままティアの傍にいる。と、いうかその手はティアの腰にある。

  

 捻挫した自分を支えてくれようとしているのかもしれないけれど、ありがたくはない。今すぐ、即刻、大至急、離れて欲しい。


 そんなことを必死に願うティアだけれど、神様は無情にもティアの願いを無視してくれる。


 そして、再び、辺りはざわざわと騒がしくなった。


 さすがに元反逆者達を、この場で無罪放免にして解放することはできない。

 形だけでも少々お灸をすえる必要がある。


 その為に、一旦、元反逆者達を城塞に移すことにしたのだ。


 もちろん反逆者達はそれに不満の声を上げることはしない。大人しく兵の指示に従って、ぞろぞろと歩き出す。けれど───


「王女様、ありがとうございますっ」

「色々とすんませんでしたっ」

「体に気をつけてくだせぇ」

「お会いできて嬉しかったっすっ」


 城塞に連行されていく元反逆者達は、アジェーリアに向かって声を張り上げる。


 それを受けたアジェーリアは、気品と慈愛に満ちた異国に嫁ぐ王女の表情を浮かべ、手を振り、一人一人に短く言葉を交わす。


 その光景を見て、ティアは嬉しかった。


 ここにきてようやく、民が嫁ぐ王女に向けて(はなむけ)の言葉を向けてくれたことが。


 ただ、その中に【お幸せに】という言葉がなかったのが少し寂しかった。

 でも、安易に言えない気持ちもわかるので、ティアは無言のまま王女の隣で元反逆者達を一緒に見送ることにする。


 それに、王女の幸せを願う言葉は、自分が後から沢山アジェーリアに伝えれば良いとティアは思う。 

 

 そして最後尾にいる元主犯格が元気に手を振るのを見て、ティアが少しだけ口元に笑みを浮かべた途端、捻挫をした方の足に激痛が走った。

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