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王女の覚悟と、国を想う気持ちは痛いほど伝わった。
けれどティアは、そんな王女にかける言葉が見つからなかった。
いや、ティアだけではない。
そこにいた騎士達も戸惑いの表情を浮かべるだけ。
伝えたい思いはあるけれど、適切な言葉が考えても考えても浮かんでこなかった。
そんな中、最初に口を開いたのは、いつの間にかすぐ近くに来たグレンシスだった。
確かグレンシスは、馬車の近くにいたはず。
そして、王女の声はさして大きいものではなかったはず。
この表現は間違っているかもしれないが、騎士様はとても地獄耳のようだ。
そんなことをティアに思わせるグレンシスの表情は硬く、整い過ぎた顔からは、感情を読み取ることは出来なかった。
ただグレンシスが、王女の告白を聞いてここに足を向けたのは間違いない。
さて、この性格がひん曲がった騎士様は何を言うのだろか。
ティアがオドオドと挙動不審になる中でも、アジェーリアは、自身のお目付け役の騎士に対して少し眉を上げるだけ。
そしてグレンシスは、静かに王女の前に膝を付く。
「王女、あなたの気持ちはよくわかりました。だが、褒められたことではありません」
よくもまぁ、決死の思いでカミングアウトした王女に、そんなことが言えるものだ。この冷血漢。
ティアは、グレンシスの言葉を苦い思いで聞く。
多分、眉間にはかなり深い皺ができているだろう。
鏡など見なくてもわかる。だって、めったに使わない表情筋がギシギシときしんでいるのだから。
けれど、グレンシスはティアの視線になど気付いていないかのように、すぐに口を開く。
そして、その表情は一変して、とても穏やかなものだった。
「されど、王女がそれ程まで愛国心を持たれていること、このグレンシス、気付くことができませんでした。それゆえ、心にもない言葉を多々口にしてきたかと存じます。……どうぞお許しください」
「お主からそんな言葉を貰えるとはな。雨が降らないのが不思議でならない」
すかさず片手を天にかざし、肩をすくめるアジェーリアに、少しだけグレンシスの頬が引きつった。
そんなお目付け役の騎士を見て、王女はくすりと笑う。
気付けば天をかざしていた王女の手は、グレンシスの肩に置かれていた。労るように、優しく。
「苦労掛けたな。今までよう付き合ってくれた」
そのアジェーリアの言葉で二人の間の空気が、とても穏やかなものに変わった。
と、同時に、グレンシスの表情も和らぐ。
もっというなら、王女を取り巻いている騎士達の表情も戸惑いから、真摯なものに変わった。
「ありがたきお言葉、恐れ入ります。そして、どうかその寛大なお言葉を、この数年、頭痛薬と胃薬を作り続けた宮廷薬剤師にもお伝えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、ようやったと褒めてやってくれ」
「かしこまりました」
嫌味交じりのその会話には、不快なものは何一つ感じられなかった。
こじれていた関係が解け、より絆が深まるそれは、とても美しいものであった。
けれど、ティアは気付いてしまった。
グレンシスに向けるアジェーリアの笑みが、もうどうすることもできないという諦めに似た感情から生まれたものだということを。
そして、それは娼館に住まう者が時折浮かべる笑みにどことなく似ていた。
娼婦と王族を同一視するなど不敬罪である。
けれど、同じであった。
ティアは娼館で客はとらない。移し身の術を使えるといえども、ただの下働き娘である。
そして、娼婦の身の回りの世話を一手に引き受けている。
だから時折、娼婦が語る自身の生い立ちに、耳を傾けることもある。
借金のカタに売られた者。
身寄りがなくそうせざるを得なかった者。
虐待を受け、娼館のほうがまだマシだと思って、自ら志願した者。
理由はさまざまであっても、仕方がなくという前置きを付けるのには十分なものであった。
もちろんアジェーリアは、仕方がなく嫁ぐ訳ではない。
王族として努めを果たす、たいそうご立派なもの。
けれど、ティアはそんな小難しいことを考えることは、はなから放棄していた。
ただ、目の前にいる縁あって知り合った歳の近い少女を癒やしたいと強く思った。
いっそ目に見える傷であれば、どんなに良いかと思う程に。
「あの……王女様」
「アジェーリアと呼べ」
「……アジェーリアさま」
「なんじゃ」
ティアは自分に凪いだ目を向ける17歳の少女の未来を思い浮かべる。
アジェーリアが嫁ぐ、オルドレイ国は敗戦国でもある。
両国とも多くの犠牲を伴った戦争であったけれど、敗戦国の持つ恨みつらみは戦勝国より強いだろう。
それをアジェーリアは、一身に浴びることになる。
きっと風当たりは優しいとは言えない。
ティアの髪は母親譲りのゴールドピンク。色素の薄いそれはオルドレイ国の特徴でもあった。
そう。ティアの母親は、オルドレイ国の人間であり、先の戦争が原因で親子揃って娼館に身を置くことになった。
ティアはその境遇を不幸だと思ったことは一度もなかった。
そして、両国に対しても特別な感情を持つことはなかった。争いは全て過去のことにすぎないと思っていた。
でも、アジェーリアのことに関してだけは、同じように割り切ることがどうしてもできなかった。
「ここはまだウィリスタリア国です。そして嫁ぐのは、まだ数日先です」
脈絡のないティアの言葉にアジェーリアは、きょとんと眼を丸くした。
17歳という年齢に相応しい、あどけない表情だった。
その飾らない表情が、とある提案をしようとしたティアの心を後押しする。
そして、ティアはその提案を口にする。
「だからそれまでの間、私にワガママを言ってください」
この提案がアジェーリアを癒やす最善の方法だとはティアは思っていない。
けれど、移し身の術を使えない以上、これくらいのことしか思い浮かばなかったのだ。
身一つで嫁ぐアジェーリアの潔く悲しい覚悟を目の当たりにして、ティアは強く思った。
諦めるのは、隣国に到着してからでも遅くない、と。
そして、このウィリスタリア国にいる間は、 いつもの王女のままでいて欲しいと。
そんな気持ちからティアは、王女に申し出る。
そうすれば、アジェーリアは、瞬きをゆっくり2回して、歯を見せて笑った。




