相互理解を阻むもの
必死に息を切らせながらも、何とか他のメンバーについていく事が出来た俺。
休憩地では、『ブライラ』に最初に来たときにラプラプ王の屋敷でキキーモラさんが出してくれたのと同じドライフルーツを、俺達は口にしていた。
「パクムシャッ!」
「モグペロッ!」
「ピ、ピ、ピ~~~ッス♡」
がっついて食べる俺達の様子を見ながら、ラプラプ王が楽しそうに笑う。
「ハハッ!誰が誰か分からないくらいに夢中になるほど気に入ってもらえるとは、実に光栄だな!!だがそれでこそ作った甲斐があるというものだ。……ヨシ、せっかくだし荷物にかさばり過ぎない程度に果物を採取していくとしよう!」
自身で作ったドライフルーツが好評だったのが嬉しかったのか、ラプラプ王はテンション高めにそう答える。
そうして休憩がてら、ラプラプ王が宣言通り果物を採取しに行ったり、俺達の眼前に現れた“アルラウネ”という女性の姿をした植物型の魔物を撃退するために、果敢にアルラウネを連れて茂みに行ったりしたことにより、気が付くと俺とオボロは二人っきりになっていた。
「……あ、あのさ、オボロ……」
「……ん。なによ、リューキ……」
……なんだコレ。
今までだってオボロと二人になる機会はあったはずだし、その時は普通になんてことはない雑談をやっていたはずだ。
なのに何故……今日は、こんなにもオボロを相手にドキドキしてるんだ???
顔を横に向ければ、いつの間にか俺のすぐそばにまで近づき隣にチョコンと座ったオボロがいた。
いつもの騒がしい姿からは一転、しおらしいともいえる様子で瞳を潤ませながらオボロが俺へと語り掛けてくる。
「リューキ……アタシ、どうしちゃったんだろう……アンタのことを見ていたら、なんかアタシ……!!」
「オボロ!……お、俺も……ッ!!」
ゼロ距離で見つめ合う俺達。
あわや、あと数センチで俺達による唇同士のくっつけあいっこが始まるかと思われた――まさにそのときだった。
「大丈夫か!?リューキ、オボロ――!!」
突如、切羽詰まった声が俺達に向けて浴びせられる。
ハッとして現実に引き戻された俺達が慌てて互いに距離を取りながら、声のした方に視線を向けるとそこには、取ってきた果物を地面に落としながらも、慌てて俺達のもとに駆け寄ってくるラプラプ王と途中で合流したらしいヒサヒデの姿があった。
ラプラプ王はすぐさま鞘に収まったままの短剣を振るって、俺達の近くの地面を掃っていく。
すると、そこからニョロニョロと蛇らしき魔物が這い出て、逃げ出そうとする。
それをヒサヒデは素早く、嘴でつまみそのまま丸呑みにしていった。
咄嗟に起きたアクシデントに、俺もオボロもポカンとする中、ラプラプ王がフゥ~……と一息深呼吸を行う。
「危なかったな、二人とも。『ブライラ』にはこれまでロクに女性がいなかったため、あの魔物に対しての警戒心が大分薄れてしまっていたようだ。……だが、間に合う事が出来て本当に良かった……!!」
「ラプラプ王、今のアイツって何なの!?あのままだとアタシ、リューキに無理やり唇を奪われるところだったんだけど!?」
……ハァ~ッ!?
お前、さっきまでめがっさノリノリやったやんけ!!
あの蛇型の魔物による影響とはいえ、完全なる合意の上だったにも関わらず、即座に冤罪をかぶせてくるオボロの言い分に憤慨すると同時に、その豹変ぶりに戦慄してしまったあまり咄嗟に言葉が出てこずパクパク動かす事しか出来ないぼく、リューキ。
そんな俺の内心の動揺を理解してくれたのか、ラプラプ王はウンウン頷きながらも俺達の疑問に答えるようにあの蛇の魔物の事を説明してくれた。
「あの蛇は“叡智の蛇”と呼ばれる魔物であり、この蛇の近くで男女が一緒にいると、良いムードになって気分が盛り上がってくる性質があるらしい。――あのまま行けば、“プレイヤー”である二人はそういう行為をして、死んでいたところだったぞ!」
「エッ!?“叡智の蛇”だって!?……名前からして、なんてエッチな蛇なんだ……!!」
もしも、あのまま俺がオボロと唇同士のくっつけあいっこじゃ済まない行為に及ぼうとしていたら、一体どうなっていた事か……。
我が身に迫った危機を今更ながら実感して、恐怖に打ち震える俺とオボロ。
そんな俺達を気遣うように、ラプラプ王はこちらに語り掛けてくる。
「今語った“叡智の蛇”だけでなく、この大森林には他にも様々な脅威が潜んでいる。――お前達はまだ若く、そういう危機を共に乗り越えていくうちに、互いに惹かれ合う事もあるかもしれないが……ゲリラ活動において、仲間内でそういうことに及ぶのは命取りとなる。それだけは忘れないでおいてくれ」
ラプラプ王の発言に対して、顔を真っ赤にしながら真っ先に否定したのは当然の如くオボロだった。
オボロはラプラプ王に対して、食って掛かるかのような勢いで反論する。
「な、何言ってんのよラプラプ王!?どんな事があったって、アタシがコイツなんかとそんな関係になるはずないじゃない!!冗談にしても、限度ってのがあるでしょ!」
そう言いながらすぐに、オボロはキッ!と俺の方を睨みつける。
「いいこと、リューキ!さっきはあんな風になったけど、アレは単に魔物のせいであぁなっただけだから!それで勘違いして変に意識したりなんかしたら、絶対に許さないんだからね!――バカ!変態!……子種汁っ!!」
な、なんて奴だ……!!
妖怪とはいえ、仮にも女の子がそんな罵倒の仕方するとか、いくら何でもヤバ過ぎるだろ!?
俺が何か反論するよりも先に、オボロがフン!と鼻息荒くズンズン、とその場から去っていく。
まぁ、これもいつもの事かな……と、ため息をついていた、まさにそのときだった。
俺の右肩にポンと腕が乗せられているのを見ると、ラプラプ王が満面の笑みを向けて左手でサムズアップしていたが――その目は全く笑っていなかった。
……なんだ?俺が何かラプラプ王を怒らせるような事をしただろうか?
そんな俺にラプラプ王が力強く告げる。
「リューキよ。我が故郷では例え分からない事があっても、むやみにそれを認めずに“知ったかぶり”をしてでも、男の面子というモノは是が非でも守られねばならないものなのだ。……ゆえに、お前はオボロのあのような『人前での罵倒』という行為を断じて許してはならない!!」
……おや?今までマトモな人だと思っていたけど、俺達は何かラプラプ王の地雷を踏みぬいてしまったかな?
若干、ラプラプ王に怯えとも警戒ともつかぬ感情を抱いた俺に対して、ラプラプ王がにこやかながら真剣な眼差しのまま言葉を続ける。
「さりとて、女性と言うのは大事に扱わねばならない存在であるのも事実であり、あの場でオボロを面罵する事はそんな“マクタン男児の心意気”にも反する行為だ。――ゆえに我は、王としての相応しい振る舞いと、リューキと同じ男としての面子、そして、女性を大事に扱わねばならない、というこれらの要素を全て守ったうえで自分に何が出来るのか?という事について二秒ほど苦悩した」
――マズイ。
あの理知的なラプラプ王が、勢いだけで喋ってやがる……ッ!!
これは間違いなく危険な兆候だ。
何か変なギアを踏み抜いていやがる!!
すぐさま俺はひきつらせた笑みを浮かべながら、じりじり……と逃げ出そうとするが、再びラプラプ王に右肩を力強く握られた事によって、この場からの離脱は困難なものとなった。
涙目になりそうな俺に、ラプラプ王が告げる。
「リューキよ、『ブライラ』にいる同胞の“プレイヤー”達曰く、日本には男の面子を安易に潰してしまうような娘に対して、男側が“ワカラセ”という境地に至ることで、相手を傷つけることなく、それどころか幸福な気持ちにさせて相互理解を図る風習があるそうだな?……ならば、リューキよ。我等の特訓によって、お前を真の“ワカラセ”の境地へと導いてみせよう!」
……フィリピンが誇る英雄相手に、
な に お し え て ん だ
プレイヤー共……!!
んでもって、ラプラプ王は今我等って言ったけど、まさか……?
そう呟くよりも先に、左肩にもポンと腕が乗せられる。
そっちの方を恐る恐る振り返ると、そこにはラプラプ王同様に満面の笑みを浮かべたヒサヒデがサムズアップしていた。
ヒサヒデに対して、頷きを返しながらラプラプ王が宣言する。
「という訳でリューキよ。この作戦中は空いている時間を最大限に使い、我とヒサヒデの指導のもと、お前の男としての実力を底上げする特訓を行うこととする!!――それによって、お前は公でオボロを傷つけることなく、一対一の場で彼女に過ちを気づかせ、改心させることが出来るのだ!!巻き起こせ、“ワカラセ”のムーブメントッ!!」
意 味 分 か っ て 言 っ て ん の か ! ?
本当に“ワカラセ”という言葉の意味をこの人が理解しているのか、不安になってくる。
……え?
ていうか、今って俺達だけじゃなくて、捕らわれた仲間の命がかかっている作戦を展開している状況のはずだろ?
それほどまでに、フィリピンの人達にとって面子って言うのは大事なのかよ……!!
『日本では、罵倒も僕ら界隈ではご褒美であります♡……っていう、文化があるんスよ!』などと、おちゃらける事すら許されそうにもなく、こうして俺はこの作戦中にラプラプ王とヒサヒデの指導のもと、”ワカラセ”に至るための特訓をする事となった。
まだ何も始まっていない段階ながらも、俺は早くも『ラプラプ王だけは、絶対に怒らせちゃいけない』という事を“ワカラセ”られていた……。




